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【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 愚者 フィオレロ「なるほど、そういうこと」 孤児というだけで同情したりはしない。その程度のことで人を不幸だと決めつけたりはしない。人の人生も感情も、そうマニュアル通りには出来ていない。 「幸福な家族はいいものだよね。見ているだけで幸せになる。あの子たちが喜んでいたら、僕も自分のことのように嬉しいよ」 その『家族』にどれほどの意味が含まれているのかはわからないが。 マフィアと言えど、ただ生活をしている時に必要以上に周囲を警戒するのは宜しくない。市井の人間に怪しまれるのも萎縮させるのも避けるべきだ。溶け込める分には違和感なく溶け込むのが当然の最善手。 最もこの男はマフィアとしてある時も自然体を崩さなかったが────それを君が知ることはなかったのだろう。 「もちろん。あの子たちは僕の宝物」 くるり、くるり。手にした花を裏、表。 淡い青の色をまとった花びらが光に透ける。 「ある程度は縁起も、伝承も、花言葉も気にするけれど」 「やっぱり最後は、僕がそれを美しいと思うか。相手が同じように思うか。喜ぶか、似合うか────だね。それに尽きる」 「生まれた子は明るいヘーゼルの瞳をしているんだってさ。ほら、似合うと思わない?」 (-13) 2022/08/25(Thu) 12:23:51 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 金毛の仔猫 ヴェルデ男は何より愛に敏かった。 それだけは誰よりも見出して見せた。 君のその気持ちだって、きっと届いていたのだろう。 ただ受け取る側に甘んじることはなかった、それだけ。 君の言葉に、男は少しその目を見開いた。アメジストの瞳、すみれの色、夕闇の一つ手前の空。それに少しだけ大きく、君が映って。 男はいつも笑んでいた。こんな顔をするのは、君の前でくらいのものだ。 それから軽く息を吐いて、唇に笑みを灯すのだ。それはため息や窘めというよりは、どこか満足気なものだった。 「……これは一本取られたな」 「なら、お言葉に甘えて、王子様。辛いのは好きかい?」 (-14) 2022/08/25(Thu) 12:40:52 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド「一般人が呑気なのはいいことだよ。僕たちは何も圧政を敷きたいわけじゃない」 男は特別家族を愛したけれど、家族以外に排他的で冷徹なわけではなかった。そこらにいる人々ともよく話したし、君の勤め先のチョコラテリアでも従業員と親しんでいた。今だってすれ違う者がいれば声をかけていたんだろう。Notte d'oro!だとか言って。 「ふうん。静かなところだ」 「探してくれたの? いいんだよ、どんなに綺麗なところだって、君がいるだけで霞むんだし────」 周囲を軽く見回し、吹きさらしの地面を確かめるようにその場で踏む。もう祭りの声も届かない。ここにあるのは二人の男と、肌を撫でる風だけだ。ぬるい風は優しくもないし、何かを攫ってもくれない。 今宵に限っては、それで。 君の顔を見た男は、やっぱり笑うのだ。なんて顔を、と言わなかったのは、そこに安堵を見て取ったからだろうか。 「優しいね、ドニ」 「いいとも。それなら長く、君の顔を見ていられそうだ」 (-15) 2022/08/25(Thu) 14:19:14 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → ザ・フォーホースメン マキアート少なくとも男にとって、君はいつだって可愛い家族だ。心配こそすれ疑うことなんて何もない。もしかしたら騙されていたって気にしなかったのかもしれない────それは少し、顧問として頂けない態度ではあるけれど。 でも今だって、瞳の色をころころ変える様子は素直そのもので。 だからこそ言うのだ、偉いね、と。素直な君にその仕事は負担ではないかと。信じていないわけではないけれど、心配になるのは親心。 「そう。そうか」 「温かみ、ね。それはいい。非情が悪いとは言い切れないけど、そうじゃない方が喜びは多いもの」 (-30) 2022/08/25(Thu) 23:49:05 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド男はよく君を褒めた。 例えば仕事を終えた時。例えば一緒に飲む際の夜食を作った時。例えば店で依頼通りのチョコラータを見繕った時。男は必ずさすがだとかすごいだとか言って、それからありがとうと笑うのだ。 それだってある種の期待ではあったのだろう。のしかかる重い期待ではなく、信頼する人間を自然と信じる程度の期待。それを男は君にかけていた。 「冗談だなんて。信じてくれないの? 悲しいなあ」 軽く揶揄う言葉を吐く。本心だよ、なんて蛇足を付け足したりはしない。君がどう思おうと、自分がそう感じていることに変わりはないのだ。だから大抵の事は、それでよかった。 首を撫ぜれば、擽ったいのか喉が震えたのがわかる。実際男はそのまま、くすぐったいと小さく声にして笑った。君が触れやすいように顎をあげれば、やや見下すような目付きになってしまうのは仕方がないことだろう。 「どうだろう」 「考えたことなかったな……」 落ち着いた声は酷く能天気だ。 「君にこうされてるっていうのは不思議な気分だね。そう、今から死ぬのか」 「なんとなく自分はずっと死なないような気がしてたんだけど、そうもいかないみたいだ」 「家族に二度と会えないのは寂しいけれど……」 「君がどうしてもって言うなら、仕方ない」 (-34) 2022/08/26(Fri) 4:48:43 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 愚者 フィオレロ「相手に求めた場合?」 続く言葉に笑んだまま片眉をあげる。 「面白いことを言うね。何か悩み事があるみたいだ」 男は、家族の以外に対して排他的に接するようなタイプの人間ではなかった。それは敵組織に対しても。 それでも、ノッテの人間と二人きりで会うことは血の掟を破ることになる。であれば彼はそれを避けようとするだろう。つまるところ、会話が成立するかどうかは君が男を知っているかどうかではなく、男が君を知っているかどうかにかかっていた。 男が立ち去らないのは、君がノッテに所属してそう長くないことも幸いしたのかもしれない。 「そりゃあ、そうだろう。愛しているからより欲しくなるし、触れたくなるし、近づきたくなる」 「簡単な事さ。誰かの笑顔を見たいと思った時、その相手が誰でもいいなら君は芸術家かコメディアンだ。でも思い浮かぶ人がいるなら────それが家族でもだれでも────君はその子を愛しているよ」 たかだか花屋の店先で出会っただけの君に、男はそんなことを説いてみせる。どうも愛の話になると饒舌になるようだった。しかしその語気に押し付けるような響きはなく、あくまで語りかけるようで。 「もちろん、いつかね」 「君だってすぐに分かるさ。すれ違っただけで振り向かずにはいられない。ひと目でわかるよ、ああ、これがあの人の言ってた家族か、って」 肩を竦めて冗談を零すその姿にも、やっぱり家族へのあたたかな愛が溢れているのだ。 「おや。気が合うね、親切な人。もしかして僕の背中を押すために現れた妖精だったりして」 「お褒めに預かり光栄だよ、妖精さん。君のお墨付きがあれば、僕も胸が張れるというものだ」 (-42) 2022/08/26(Fri) 19:53:57 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 金毛の仔猫 ヴェルデうっかり落としてしまわないよう、二人で慎重に交換。口をつけたものでもお互いに気にはならないだろう、特に今は、相手が相手なのだから。 「辛いもの、苦手なんだった。滅多に食べないから忘れてたよ」 そう言った浮かべた笑顔はいつもの柔和なそれではなく、なんとなくはにかむようなものだった。 最早無表情と形容していいくらいに笑顔のみを浮かべる男は、何故だか君の前では、こうして血の通った表情をすることが多かった。寂しがる時や悲しがる時でさえ薄ら笑んでいるような男だったのに、君には驚きも、決まり悪さも晒した。 それはきっと無意識だったのだろう。男が家族と向き合う時に、自分を繕ったことはない。 「ん、おいしい。ちょっと冷めていい感じだ」 「ヴェルデも無理はしなくていいからね。辛かったらスープに入れてしまおう。行儀は少し悪いけど、こんなところじゃ誰も咎めない」 あの子がいれば注意されちゃうかもしれないな、と、言葉の裏が語っている。君の脳裏にも浮かぶだろうか、軽く顔を顰める彼女の姿が。 「昼ごはんはちゃんと食べたよって、それだけ言うんだよ」 (-55) 2022/08/27(Sat) 0:42:20 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 愚者 フィオレロ「ふうん。不幸せに?」 言葉を切るのは触れるなのサインだろうか。そうなのかもしれない。けれど、それ以前に零れてしまうということこそが、きっと抱えきれないというサインだった。 サルヴァトーレは、目の前に差し出された救難信号を、見て見ぬふりはしない男だった。 それがちらつくということは、少なくともそこに何か拭いされぬものがあるということだ。どんなに些細なことでも。 それを見逃しているようでは、顧問は務まらないし。「変な話なもんか。大切な話だろ? 君にとって重要な話だ」 「あはっ。つまり花のせいで目が眩んでしまって、大切なものを見失ったってわけだ。なるほど、ほら! 大事じゃないか」 別にどう足掻いても聞き出したいというわけではないけれど、そこにあるものには応えたいと思うのが人情というものだろう。どうもこの男はそういう、マフィアには不似合いなお人好しさを持っているらしかった。アルバという組織の特性ゆえだろうか。 「へえ、それは素敵な女性だね」 「いいのかい? そんな美しい人に贈るものを、僕が手伝ってしまうなんて。ああもちろん、僕にとっては幸甚の至りだけれど」 (-60) 2022/08/27(Sat) 3:05:34 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド君の甘えを男は際限なく受け入れた。 君だけではなく誰の甘えもそうだった。それが家族に乞われるものであれば、求められるものであれば、欲しがられるものであれば、どこまでも与えた。注いだ。そこに微塵の躊躇も、遠慮もなかった。 結局は早い者勝ちだった。 笑顔は肯定。いつだって男は笑顔を浮かべて、いつだって君の言葉に肯う。 君の言葉は正しい。 今だって失われる命がある。昨日だって誰かが死んだ。そもそもこの波乱は相手の頭が飛んだことから始まっているし、そうでなくても日々何がしかで人は死ぬ。それら喪われたものを悼む男の姿を見たことはあるだろうし、もしかしたら一緒に花を手向けに行ったこともあるのかもしれない。 だから、やっぱり。 男の言葉は甘い。まるで使い古された陳腐なフィクション、或いはぬるま湯で生きる市井の人々に通ずる無頓着さがあった。 「そうだね」 今、彼は君に命を明け渡す。無防備に無遠慮に差し出してしまう。 性別なりに喉仏の浮いた首元に指を這わせれば、橙の瞳と紫の瞳がかち合った。酷く殺風景で寂しい路地裏のこの空間で、互いの瞳に灯る夕暮れと夜の手前だけが鮮やかだった。 最期の交わりが途切れないように見据える。 男が少し唇を噛んだように見えたのは気の所為かもしれない。 そして。 「どういたしまして」を告げる猶予は果たしてあったのか。 首が絞まる。気道が潰される。空気の供給が絶たれる。息が、詰まった。 (-67) 2022/08/27(Sat) 15:28:19 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド────息が苦しい、 今更になってそんな当たり前のことを思う。 涼し気な顔をしていても、穏やかな物言いをしていても、男はただの人間だった。ロボットでもアンドロイドでもないのだ。息を絶たれれば苦しみを感じる。死に瀕すれば痛みを感じる。緩やかに弧を描いていた唇の形が歪んで、ぱくりと開くまでにそう時間はかからない。強ばった指が震えて衣服を掻いた。 酸素が回らない。 頭が割れそうに痛む。このままでは死んでしまうと訴える。顔が酷く熱いのに身体の内側はやけに冷えていた。足の感覚は既に消えてしまって、自分が今立っているのかも分からない。行き場のない諸々が身体の中で暴れ回るようで、酷く痛くて五月蝿くて、それでも君の声だけは呪詛のように聞こえてくる。いつもの癖で返事をしようとしても咳すら出ない。 ────ああ、 死ぬのだ、と。 不意にはっきりとわかったのは、ようやくその時だった。それで一瞬頭が晴れて、それから限界を迎えたように霧散していく。意識がゆっくりと溶けていく。意思の束がほつれていく。とろとろと思考がほどけていく。 ああ、くるしい。 あたまがいたい。 陽がもう落ちる。夜が来る。 暮れる瞳から生理的な涙が零れ落ちた。 消える直前の火は一際強く輝くという。 いきができない。 とてもくるしい。──── 閉じようとした双眸は最後にもう一度、一際大きく、大きく開かれた。 「──── 、」 ▼ (-69) 2022/08/27(Sat) 19:10:03 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド色を失った唇が微かにうごく。 「Baciami,」 「Baciami, ────mio,」 " Baciami, amore mio. " キスして、僕の愛しい人。 色を失った手が緩慢に伸びる。 男の手は真白の手。君の守った無垢だった。 (-70) 2022/08/27(Sat) 19:18:38 |
サルヴァトーレは、家族を愛している。 (a4) 2022/08/27(Sat) 19:20:15 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → グッドラック マキアート君の言葉に男は目を細めるだろう。 君はいつだって素直で、優しく、そして聡明だった。マフィアという組織はどうしたって暴力的な側面を孕んでいる。法を嘲笑い、倫理に抵触し、時には道徳に砂を掃きかけもする。 そんな中にあって、いつまでも擦れてゆかない君のような人間は貴重だったのだ。もちろん多少要領がよくなったり、隠し事が上手くなったりはしているのだろうけど。 「へえ、それはいいね」 こちらも同じく、楽しみだという表情を。 「その時は何でお祝いしようかな、君はあの子ほどお酒も好きじゃないし……」 「君が何を選んでも、僕は応援するよ。何でも言うといい」 未だない先を想うのは、生者の特権だ。 少なくともこの時二人は、無責任な明るい未来を絵図に描いていた。それくらい、穏やかな夜だった。 (-82) 2022/08/27(Sat) 22:45:43 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド愛した全てが行き過ぎる。面影が去来する。 朧な人の影がいくつも眼裏に現れて消えた。 涙も、見開かれた瞳も、これほどまでに冷えた温度も。 君はきっと初めて知って、それと同時に最後になった。 包むように絞めながら、啄むように口づけて奪うのだ。 男の手から力が抜け落ちる。 長いまつ毛が淡く震えた。 掻き毟る指が動きを止める。 瞳から残光が失せてゆく。 両の足がゆっくりと頽れた。 穏やかに今、幕が下りる。 それで、終い。 それで、終り。 結局男は一度さえ君の行いを否定することなく、 抵抗どころか逃避を試みることさえしなかった。 息絶えたかんばせは酷く穏やかで、 その面差しには幸福が綻んでいた。 きっと聖母の腕ですら、これほどの安寧は得られまい。 (-92) 2022/08/28(Sun) 2:49:53 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 金毛の仔猫 ヴェルデ「滅多に食べないからさ。食べようとも思わないし……」 稀にしかその気にならないから、食べようと思った時に自分の限界を測りかねる。どうやらそういうことらしい。一般的なことかは分からないけれど。 そんな胡乱な説明をしながら、な交換したものに口をつける君をじっと観察する。平気そうなら軽く頭を撫ででもしたのだろう。褒めたいだとか明確な意思があったわけではなく、何となく触れたくなった、程度の柔らかな手つきだった。 そうやって、しばらく歩いて。 「あった、あった」 距離で言えばそう長くはなかったのに、人の多いせいで随分かかってしまった。 流されないように注意深く大通りを逸れて、目当ての屋台へと向かうのだろう。 (-93) 2022/08/28(Sun) 5:47:25 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド殆ど一縷の乱れのないその亡骸にも、 ほんの僅かな苦痛の跡は残っていて。 何度も爪で掻いたスラックスには皺。 きっとその下の肌には赤い傷がある。 それでも。 暴れも逃げもしなかったその身体は、 君が求めた。 抵抗も反抗もしなかった彼の亡骸は、 彼が与えた。 泡を吐くことも血を流すこともなく、 君が奪った。 傷を負うことも身を失うこともなく、 彼が渡した。 他殺体とは思えないほど綺麗だった。 君が護った。 眠っているよう、なんてやっぱり陳腐だ。 擦り切れて満ち足りた空間に、一つのネックレスが落ちている。 遺体のすぐ傍にあるそれは酷く汚れてみすぼらしかった。あまりにこの場に似つかわしいそれはしかし、はじめから此処に打ち捨てられていたものではない。 ▼ (-105) 2022/08/28(Sun) 22:11:41 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレ「うん? ああ────いや、そういうわけでもないんだけど」 「どうしてかな、捨てる気になれなくてね……持ってるんだ。邪魔になるものでもないし」 男はそれをいつも持ち歩いているらしかった。 金具がひしゃげ、チェーンもちぎれたそれは、もう元の装飾品として扱えそうにない。古いものなのか、ところどころ錆びたような色がこびりついてもいた。大切なものなのかと問われれば首を振り、実際大切にしているわけでもないらしく、誰かが興味を持てば簡単に貸して寄こした。 けれどもやっぱり、最後には手を出して返すように促した。それからまた、スラックスのポケットに仕舞ったのだった。 (L13) 2022/08/28(Sun) 22:20:13 公開: 2022/08/28(Sun) 22:20:00 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 陽炎 アベラルド細いチェーンは銀色。 ペンダントトップはデフォルメされた白い花のモチーフ。 その中心には小ぶりのダイヤモンドがはめ込まれている。 それだけの、酷くシンプルなネックレスだった。 ────君が気にする必要はない。 (-106) 2022/08/28(Sun) 22:23:00 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 愚者 フィオレロ紡がれる言葉をあまさず受け取って聞いている。じい、と目線を外さず、表情はあくまで明るく。きっとそれは人の話を聞くにあたって、この上なく正しい態度。 饒舌の語りはすれ、相手の言葉をかき消すことはしない男だった。会話はキャッチボール。それをよく知って、体現する男だった。 「なるほど」 君の言葉を消化するように頷く。少しの間を置いて、また口を開く。 「教科書じゃないからね。僕だって全ての答えを持ってるわけじゃない。……僕には、そういう願望はないし」 「でも、そうだな。もし僕のせいで、相手が不自由になるようなことがあったら」 その時の言葉は、珍しく。 君に語ると言うよりは、自分自身で何かを確かめているように噛み締められながら。 「不自由だと思わないくらい、全部をあげるんじゃないかな」 先程までの練り上げられた答ではなく、大雑把で曖昧な、答えとも言いづらいような答え。 きっとこれ以上に掘り下げられることもないのだろう。だからこそただの一意見として、男は無責任にそんなことを口に出す。 それから君の話をやっぱり機嫌よく聞いて、時にはその容赦のない形容に笑いを漏らしたのだろう。 「正確ね」 「それだけ彼女に詳しいなら、君の方が余程正確に選べそうだけど。……そうだな」 それでも、この光栄な役割を投げ出すような男ではない。 店先に並ぶ花々をじっと見る。それから君の顔をじっと見る。もう一度花々の方を向いて、紅色の一輪を手に取った。 「これなんか、どうだろう」 「ケイトウだよ。僕は好きだし、華やかで情熱的だ」 「なにより、アッシュブロンドによく映える」 (-124) 2022/08/29(Mon) 4:23:49 |
【秘】 家族愛 サルヴァトーレ → 翠眼の少年 ヴェルデ一つを選びかねるなら、「二つにするかい」。 それでもまだ悩むなら、「三つでもいいよ」。 ……なんて、段階を踏みやしないのだ、この男は。 伝える言葉はいつだって、こう。 「どれがいい? ヴェルデ。好きなのを選ぶといい」 「それで足りるの? ほら、これだっておいしそうじゃないか」 うんうんと悩む君の後ろから、男は毎度そんな声をかけた。 それから君が選び終えれば自分の分はさっさと決めてしまって、君の手を制止して二人分の代金を払うのだろう。きっと今だって。 いつだって男は、君に何か与えようとしていて。 いつだって男は、君が何か選ぶのを待っていて。 君が選んだものを否定することは、絶対になかった。 (-125) 2022/08/29(Mon) 4:33:20 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレこれはいくらか昔の話。 そのマフィアにはある女がいた。 大口を開けて笑う豪快な女だった。縮れた赤毛に咥え煙草がトレードマークで、話す言葉には異国の訛りがあった。 彼女は組織の人間とよく付き合った。酒を酌み交わし、よく人と話した。その陽気な様子は、この国のマフィアに相応しかった。 ────カタギに惚れられちゃってさ……。 初めはそんな言葉。 彼女には、休日に図書館に行くという日課があった。幼少期を異国で暮らしたために、この国の絵本なんかが珍しいのだという。そこでよく会う学生に声をかけられたのだと。 ────ガキのくせにね……。 侮るような口調はしかしあたたかい。眉根を寄せながらも口元はにんまりと笑んでいて、つまりはまんざらでもない様子が伺えた。 程なくしてそのガキは彼女の傍に現れるようになる。図書館の外でも彼女に話しかけるようになる。────つまりは、そういうことだ。 社会の厳しさも汚さも微塵も知らないような少年はその無知ゆえに彼女に付きまとった。贈り物と共に甘い言葉を携え、行く先々で慕うように後に続いた。君を守りたいと言った額を女が小突く。少年はいつだって、薔薇色の頬をして女に笑顔を向けていた。 いつしか少年は青年へと成長する。 家族が増えるのだと女はその腹を撫でた。 (L24) 2022/08/29(Mon) 20:10:08 公開: 2022/08/29(Mon) 20:45:00 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレ笑い声が聞こえる。 笑い声が聞こえる。 誰かの声が聞こえる。 銃声が聞こえる。 罵声が聞こえる。 慟哭が聞こえる。 幸福は脆く崩れ去る。 路地裏に倒れる。 何人かが死んだ。 うち一人は女だった。 男はそれを見ていた。 見ていただけだった。 脳漿が滴って落ちる。 (L25) 2022/08/29(Mon) 20:10:36 公開: 2022/08/29(Mon) 20:45:00 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレ ────目を覚ました男がどう振る舞うかはファミリーの中でも注目の話題だったという。 血の掟、その7。妻を尊重しなければならない。 血の掟、その9。ファミリーの仲間、およびその家族の金を横取りしてはならない。 マフィアとて妻の命は大事にする。仲間の家族の命も大事にする。とりわけその男が女を深く愛していたのは誰もが知っていた。最愛を奪われた家族が狂うのは、蛮行に走るのは、復讐に傾倒するのは、何も珍しいことじゃない。 家族を処分するのは当然気分が悪い。 誰もが狂ってくれるなと願っていた。 果たして。 男は、狂いはしなかった。 彼は蛮行に走ることも、復讐に傾倒することもなかった。 恨み言のひとつも吐かず、怒りを見せることもなかった。 ただ笑っていた。 ただ明るかった。 不自然な程に。 彼はいくらかの肉と頭蓋骨の欠片、 それから脳みそ数グラムと一緒に、 記憶の一部も路地裏に落っことしてきたらしかった。 男の記憶にあの女はいない。 ちぎれた鎖は戻らない。 落とした螺は戻らない。 (L26) 2022/08/29(Mon) 20:11:20 公開: 2022/08/29(Mon) 20:45:00 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレ細いチェーンは銀色。 ペンダントトップはデフォルメされた白い花のモチーフ。 その中心には小ぶりのダイヤモンドがはめ込まれている。 それだけの、酷くシンプルなネックレス。 ────それは10年と少し前に流行ったものだ。 それを首に輝かせた女がいたことを、もう誰も覚えていない。 亡くした人は還らない。 幸福な終わりじゃないから、おとぎ話にはなれない。 語る口などどこにもないから、物語にすらならない。 (L27) 2022/08/29(Mon) 20:13:05 公開: 2022/08/29(Mon) 20:45:00 |
サルヴァトーレは、家族を愛している。 (a7) 2022/08/29(Mon) 20:18:33 |
【置】 家族愛 サルヴァトーレサルヴァトーレは、傷の入ったレコードだった。 サルヴァトーレは、四小節のオルゴールだった。 穴の空いた記憶を無理矢理埋めて。 解れた矛盾の糸を無理矢理繋いで。 足りない部分をただ愛で満たして。 不純物がない宝石は硬く透き通る。 男の中には家族への愛だけがある。 最期までただ愛だけが残っていた。 (L28) 2022/08/29(Mon) 20:18:47 公開: 2022/08/29(Mon) 20:45:00 |
サルヴァトーレは、家族を愛している。 (a8) 2022/08/29(Mon) 20:18:57 |
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