「難しい事かもしれませんが…ゲームと現実は別世界と捉えるといいでしょうね。
あくまで娯楽商品でしかないので。」

さてどう伝えたものか…

「ボードゲームやカードゲームで、相手を打ち負かしたい。けれど盤上の向こうにいる者を実際に打ち負かしては問題になるでしょう？」

ゲームならばそういう事である。
次いで出る疑問も難しくはあるが…これはその子供の問題である。
「現実の中暴力で解決するのはあまり良くないですね。
自分が逆の立場だったら暴力でねじ伏せるかどうか…つまり、やられて嫌だった事を相手にもするのか…。
相手が子供ならば此方はより冷静に現状を把握し、説明しなくてはいけませんよ。」

/*いえいえ、此方は全然大丈夫ですのでお気になさらず！
あまり役職に拘らなくても大丈夫なようですしそちらの楽しめる行動が出来れば何よりですよ。
此方は問題ないように動くので大丈夫です！

「教養のある者だと思われたいじゃないですか」

椅子をこちらに寄越す様子を見て少し困ったように眉を寄せる。
どうしたものかな、なんて言いながらに荷物を膝の上に乗せて、椅子を返した。
ちらりと見えた本の背表紙は、どうやらロマンス小説ののようだ。

「元の生活では一日三時間も休みを貰えればいい方だと言っていたじゃないですか。
　生活習慣が戻らないままここで残りの二十一時間の過ごし方を迷うより、いいでしょう。
　塔の中で倒れでもしたら、おぶって帰ってしまいますよ」

同じ労働であるとはいえ、歩きまわってエネミーを殴ってでは消耗の度合いも違うだろう。
荷物をどかした椅子に座り直すと、気負わせないくらいにはくつろぎ始めた。

「ゆ　ユー……　の、　ところ？　どこか、怪我……　し　した？」

金糸雀はまた、無遠慮に彼と手を繋ごうとしている。
彼からはまた握ってくれないかもしれないから、
手を差し出して、そのまま彼の手を取って、握る。
嫌なら振り払ってくれて構わない。無理な事は、しない。

「うん、　む　　無理　　は、しない。
　で　　でも　　わ……　たし、　楽しみなんだ。
　みんなで、　あ　　あそぶ、の」

｢重くないかな？｣
抱えられてきたならば、シェルタンの体は細身ながらもきちんと男性を模していることぐらいはわかるだろう。

「教養の場合、身なりや仕草が重要視されますね…。」

ファーストコンタクトは何より重要だ。
椅子を返してもらい、荷物置きか椅子がもう一つ必要だと改めて考える。
ロマンス小説は読んだことがないのか反応が鈍い。

「3時間眠れれば十分、というのは事実ですが…。言う程睡眠不足ではないかと…。おぶらせてしまうのは気が引けますが…。」

過剰労働が続いても倒れたことはないが世話を焼かせてしまうのは申し訳ないな…と独り言ちつつ、紅茶を淹れている間に出来立ての焼き菓子や砂糖とミルクを出す。

「スピードは落ちますが経験上では軽い方かと。」
米俵のように担いでしまう事になったので揺れるのは許してほしい。
ひょいひょいとシェルタンを庇いながら走った。

「いえ、怪我ではありません。少し薬を頂くだけですので。」

安心させるよう、なるべく穏やかに言葉を紡いだ。
握られた手は特に拒否もせずそのまま。

「痛みを感じたりしたらすぐ後ろに下がるように…
そして、此処は仮想空間であるという事を忘れないようにしてくださいね？」

「な　　なんの　　お　……薬？」

彼がそうやって気遣ってくれるから、金糸雀も落ち着いていられる。
彼の手を捕まえられたことが嬉しくて、へら、と笑った。
そのまま繋いだ手をゆら、ゆら……

「う　　ん。わかった。
　　す　スオも、　いたかったら、　無理は　だ　だめだよ。
　……　仮想　　空間。　　わすれ　たら、　どうして、だめ？」

「他に良く見られることを求められる、というのは主の好みであるだけではいけませんから。
　まあ、そんな話ではないですけれど。貴方から見て、ですよ」

足を組んで外側に流し、膝に肘を立てて頬杖をついた。
ころ、と斜めに傾いだ顔は、前髪の隙間から目の色を覗くよう。

「私の取り越し苦労で済むのなら、それでいいんです。
　大丈夫、貴方くらいなら軽々いけますよ。抱き上げて踊ってでもみせましょうか？」

グレイの性能は見た目によらない。それを抜きにしても貴方よりは体つきはしっかりしていそうだ。
見目もよく作られた指先はひょいと焼き菓子をつまんだ。
さくりとほどけた焼き菓子の食感に満足そうに口元が緩む。

「鎮痛剤を処方して頂くつもりですよ。」

ゆらゆら、子供のような姿に少し癒される。
安定している様子にも、一安心。

「自分の限界は理解しているので、大丈夫ですよ。

あくまで此処は仮想であり、現実とは違う。
それを理解していなければ、現実に戻った時に支障が出る可能性があるからです。」

「エマは普段通りでも他の方から良く見られるかと思いますよ。
俺から見て……？身形も良いですし、硬すぎずかと言って柔らかすぎる事もなくコミュニケーション能力に長けた方…かと。」
エマを見て数度瞬き、そして考える。
自分から見てとは…。

紅茶を淹れ終え、音は立てないよう差し出す。
ミルクと相性が良さそうで香りも良いと思いながら自分も腰かけた。

「元々無理はするつもりもないのでご安心を。
あの、確かにエマの方が身体はしっかりしていますが…男と踊っても楽しくないでしょうに。」

時々突拍子もない事を言うエマに一度目を丸くするが
ダンスは娯楽の一つでもあるし男女で踊った方が楽しいだろうと思った。

「かわすのが上手い人だなあ。これでは愛玩用も形無しです。
　でもそうですね、悪く思われていないというのは少し安心しました。
　愛玩用というだけで色眼鏡で見る方もいるし、誰にも見栄え良いとは限らない。
　私は結局の所、広範に良い印象を与えるモノではないですからね。
　受け入れられるかどうかは、心配事の一つでしたよ」

作られたままのそれを愛されることもあるだろうけれど、金のあるものほどよく金をかける。
見てくれが顕著だ。例えば歌唱型のような多くに好感を持たれるように作られるものではない。

「なら、よかった。みかんの例がありましたからね。
　……抑圧されていたものほど、この塔にとらわれて現実に戻ってこれなくなる。
　そうした雰囲気を、昨日見た限りでは感じたのですよ」

姿勢を軽く正し、ティーカップに手を添える。
ミルクでぼんやりと濁った水面に顔は映らない。
ふんわりと温められて香り立つ匂いをかぎとりながら、そっと口に含む。

「落ち着く味だ」

「…？気の利いた事が言えなかったのなら、すみません。」

しっかりと返答したつもりだったが…かわす…、かわしてしまったか…？もしそうだったのなら申し訳ない事をしてしまった。
何度か首を傾げるがわからない。不足しているのならばとそこは素直に謝罪する。

「みかん…確かに少し違和感は感じます。
ロンドン橋、の歌でしたか。みかんの声音と似ていましたね。
…ここには今まで無茶をしてきた方もいますし‥何か想定外の事がおきていても不思議ではありませんが…。」

己より、周りの環境の方が気がかりではある。
身体の損傷よりも此処ではストレス値の緩和が重要だろう。

「落ち着くのでしたら何より。茶葉の濃さにこだわり等あれば言ってください。」

「みかんは……確かに、初めて顔を合わせたときより、朗らかな人でした。
　あの後塔に入った限りで見た状況は、そうですね。平静のものではなかったかと。
　どうして彼女が一人で第一階層を攻略したのか、その理由も、わかりません」

一度、視線は壁の方へ向いた。その方角に何があるわけでもない。
見つめる先はあの不気味な塔。人の不快を掻き立てるかのようなダンジョン。
あれを攻略することが人の精神にいいものなのか、疑問に思っているのは。
愛玩用だけなのか、それともみな、そう思っているのか。

「……全ては塔に入ったからなのでしょうか。今日の探索は、どうでした？」

「そうですね…メンテナンスで何か施されたならともかく…みかんはメンテナンスを受けておらず一階層攻略をしてからどこかおかしいですし…。」

塔そのものへ入りはしたし、一度外から見上げた事もあるが…
もし塔が原因なら今自分が正常なのはどう説明がつくのだろうか。
紅茶を一口飲み、思考と繰り返す。

「…どう、と言い表せば良いものやら…。
元々人間に対して殺意があったとしてもあまり良い気分はしない、というのが正直な感想ですね。

実戦による高揚感のような…そういうもののせいもあり痛覚も若干麻痺します。
みかんが攻略したのが一階層だったのは良かったのか…と思います。2階層の方が手強かったようなので。」