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【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ わたしの故郷は、『飛鳥井村』という この街から遠く、それこそ県を幾つも跨いだ先の、 とある山奥に嘗て存在した小さな村。 今はもうないその村に、わたしたち渡守の一族は ひっそりと隠れるようにして暮らしていた。 厳密に言えば、渡守の一族のなかでも特に結界術と 戦う術に長けていた一部の者たちが、だけど。 『本家』と呼ばれる人たちがいることは わたしも知っているけれど、彼等に会ったことは これまで一度もない。 …たぶん、だけど。 これからも、彼らと会う機会はないんじゃないかな。 本家の人たちは、彼を…あの子のことを忌み嫌ってると そう、先生から聞いているから。 ] (D1) 2022/09/20(Tue) 16:15:17 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ ―――あの村で、わたしたちの一族が何をしていたのか まだ小さかったわたしには、よくわからなかった。 わたしの記憶の中の飛鳥井村の景色は、 それこそ他の人が思い浮かべるような、 穏やかな田園風景そのもの。 ―――四方を、山に囲まれていた。 夏には深く緑を茂らせる山に囲まれていた。 ―――田んぼや畑があった。 春には道端に蓮華の花、夏には向日葵や蒼い緑の田圃の景色。 秋は黄金色の野原のよう、冬は薄墨の空から降る牡丹雪。 ―――家々は、古い家ばかりではなかったと思う。 紺や朱色の屋根をした古くて大きな母屋や、 庭に建てられた蔵の白い壁。 庭に植えられた樹々や草花の彩。 思い出そうと思えば、今も鮮やかに浮かぶその記憶は ―――今はもう、この世界の何処にも存在しない景色。 ] (D2) 2022/09/20(Tue) 16:17:24 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ 小さい頃、父や母や祖父母、周りの大人たちが わたしを見る目は、決して善いモノではなかった。 わたしには兄が三人いたけれど、皆それぞれに優秀で 退魔の術に長けていた。 よく、父や母が周りの大人たちに、 「本家の連中に引けを取らない」「自慢の息子たち」と 話していたのを覚えてる。 …同時に、わたしのことは「絞りカス」だと話していた。 どれだけしごいてもまともに退魔の術を身につけられない、 優秀な兄たちの後に生まれてきた出涸らしで搾りカスだって。 …傷つかないわけじゃないけど、でも 術師としてのわたしが出来の悪い子だっていうのは それはどうしようもない事実だったから。 ―――仕方ないって、諦めていたんだ。あの頃は。 ] (D3) 2022/09/20(Tue) 16:19:08 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ せめて、それ以外のことはできるようになろうって 勉強も、運動もがんばった。…そのつもり。 でも、それでも兄さんたちには敵わなくて。 父母やあの村の大人たちにとっても、 同じように術師の家系に生まれた同年代の子供たちにとっても。 ――どこまでいっても、どれだけがんばったとしても。 わたしは皆の中でどうしようもなく落ちこぼれだった。 ] (D4) 2022/09/20(Tue) 16:21:34 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ あれは、ちょうど夏の終わり。 日に日に涼しくなり、秋の色合いへと移り変わってきた頃。 …切欠は、なんてことのないちょっとした喧嘩だった。 わたしが鈍臭いと怒りだした兄の一人が、 近くにあった湯呑を手に わたしの顔へ投げつけてきた。 幸い、中身は入っていなかったし、 直接湯呑が顔にあたることはなかったけれど。 ガチャン!と、近くにあった棚に当たって砕けて。 その破片が、額を掠めた。 最初に感じたのは、痛みより熱さだった。 それが急に冷えたと思った途端。 つぅ、と 赤色 が額から鼻先へと伝った。] (D5) 2022/09/20(Tue) 16:25:53 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ その赤を見た途端急に痛みを感じて、 泣き出しそうになったわたしに、 物音を聞いて駆け付けた母は言った。] 「何をやってるの! 本当にどうしようもない子ね、お前が間抜けなせいで 兄さんが怪我をしたらどうするのよ!」 「……ああもう! お前を見てると本当にいらいらするわ。 さっさと片付けなさい。 怪我を増やしたり、床を汚したら承知しませんからね」 [ 違うと、そう言いかけたわたしの言葉をぴしゃりと弾いて 母は兄を連れてその場を離れてしまった。 ] (D6) 2022/09/20(Tue) 16:27:04 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ ―――悲しかった。 もう、腹を立てる気もしなかった。 湯呑を投げた兄に対しても、此方の言い分も聞かず 一方的に悪者扱いした母も。 ただただ悲しくて、どうしようもなく胸が苦しくて。 ……そうして気がついたとき、 わたしは割れた湯呑を片付けることもせず、 額から流れる血を拭うことも忘れて、 泣きながら家を飛び出していた。 ] (D7) 2022/09/20(Tue) 16:28:25 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ すでに陽は西に深く傾いていた。 頭上に広がる空は半分以上、濃藍色の闇に染まっている。 反対側、西の向こうに陽の光が薄らと、 茜の残照を残して消えかかっているのが見える、 そんな時間帯。 そんな黄昏時の田舎道を、ただひたすらに駆けていた。 それなりに長く道を走っていたはずだけど、 不思議と村の誰ともすれ違うことはなかった。 どこへ向かおうか、 あてなんてどこにもありはしなかった。 ただ、あの家にいることに小さなわたしは耐えられなかった。 つい数時間前まで通っていた小学校の前を駆け抜けて、 なにかあったとき村の人たちが集まる集会所を通り過ぎて そうして、気がつけばわたしは山のほうへと向かっていた。] (D8) 2022/09/20(Tue) 16:29:38 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ 初詣や夏祭りでいったことのある山の上の神社ではなく、 その裏側の、殆ど人も通らないはずの森の中へ。 どうしてそこへ向かおうと思ったのか、 今でもよくわからない。 いつだったか、 「森の中に小屋があったからそこを秘密基地にした」と 同級生の男子たちが話していたのを なんとなく、思い出していたからかもしれない。 知ったところでどうということはないし、 何より、今となっては確かめようもないことではあるけれど] (D9) 2022/09/20(Tue) 16:33:10 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ やがて道の舗装も街灯も途切れて、 森の中に入ったときは、ほぼほぼ真っ暗だったはずなのに。 不思議と、怖いとか恐ろしいと そういう気持ちにならなかったのは 季節外れの蛍がゆらりゆらりと周囲を舞って あたりを照らしていたからかもしれない。 あるいは、息を整えようと立ち止まったところで 先程切った額の痛みが急に戻って来たからか。>>D5 痛みが戻ってくるのと同時に、 先程の悲しみもまた戻ってきて。 堪らず、その場に蹲ると大きな声を上げて泣いた。 誰もいないと思ったから、 いつもより大きな声で思い切り泣いた。 ] (D10) 2022/09/20(Tue) 16:34:47 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音……っ、……だぁれ? [ しゃくりあげながら、涙にぬれた目元と頬を拭って 聞こえてきた鈴の音へと首を巡らす。 妖や獣の類だとは思わなかった。 だって、この村と山々は村の長老や偉い大人たちが 厳重に結界を張って守っているのだから。 人間にとって危険な獣は勿論、並みの妖だって そうやすやすと、村の領域に入り込むことはできないと 大人たちは村の子供たちにそう何度も話していたのだから。 それになにより――今考えれば不思議なほどに――このとき、 わたしはその鈴の音を怖いとは思わなかった。 遠く森の奥から聞こえてくる鈴の音も、 わたしの優しく照らす蛍たちのことも。 ] (D12) 2022/09/20(Tue) 16:36:59 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音…。 [ ポケットに入れていたハンカチで涙と、 それから額の血を拭ってから、 意を決して森の奥へと歩を進めた。 そうして辿り着いた先にあったのは洞窟だった。 只の洞窟ではなくて、 ものすごく大きな岩を削り出して作ったような其処に 重そうな黒鉄の扉と何重もの注連縄で封された 如何にもな様子の洞窟だった。 ] ―――……。 [ 怖い気持ちが、ないわけじゃなかった。 それでも、意を決して其処へ向かおうと思ったのは。 鈴の音のように聞こえていた其れが、 …どこか、嗚咽に似ていると気づいてしまったから。] (D13) 2022/09/20(Tue) 16:37:49 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音……だれか、いるの? [ 黒鉄の扉の前に近づけば、 鈴のような嗚咽はよりいっそう近くなる。 そうして一言声をかけたところで ―――ぴたりと、それまであたりに聞こえていた音が止む。 同時に、周囲の空気が変わったのも伝わって。 ] だれか、いるんだよね? [ 問いかけに返答はなかった。 それでも、きっとここには誰かがいると そんな確信めいた想いと共に、そっと扉に手をかける。 ギィィ、と。重く、頑丈そうなそれは 此方が拍子抜けするほどあっさりと開かれた。 ] (D14) 2022/09/20(Tue) 16:39:00 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音……。 [ おそるおそる扉の向こう、洞窟の奥を覗きこむ。 ―――そこにはただ、真っ暗な闇があった。 ] …ねえ、だれも [ ―――いないの、と。 そう、言いかけたとき。 覗き込む体勢を崩しかけて、咄嗟に一歩 洞窟の中に足を踏み出した。 それと同時に、固い岩場だったはずのそこは 砂のように脆く崩れて。 悲鳴をあげる間もなく、わたしは洞窟の中へと 転がり落ちていった。] (D15) 2022/09/20(Tue) 16:39:59 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音……あいたた……。 [ 尻餅をついたまま、小さく呻く。 洞窟の中はひんやりとして、ただひたすらに真っ暗で。 まるで月のない夜みたいだ、なんて そんなことを思っていれば ] (D16) 2022/09/20(Tue) 16:40:51 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ ぼそ、と暗闇に声が聞こえるのと同時。 周囲の闇に、 赤 い眼が浮かび上がる。それもひとつふたつではなくて。 ―――… 十 、二十 、五十 、とわたしの四方を取り囲むようにして 無数の 赤 い眼が、爛々と輝いて此方を見つめていた。―――それが、わたしと彼…辰沙との出会いだった。 ] (D18) 2022/09/20(Tue) 16:46:11 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音 (D25) 2022/09/20(Tue) 22:29:16 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音…ほら。難しい顔しない。 今日はこれから楽しい一日にしないと。ね? [ 彼の頬に再度、今度は包み込むように柔らかく触れる。 ] (D26) 2022/09/20(Tue) 22:29:35 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音よーし。それじゃあ最初は映画に行こう。 [ 今からバス停までダッシュすれば、 ちょうど駅前行きのバスに乗れるはずだから。 そこから駅前のシアターに行って、映画をみよう。 ] ほら、辰沙もダッシュ! せっかくだから一緒に競争ね! [ 言い終わるより前に、 勢いよく飛び出してバス停まで駆けていく。 人間のわたしと__の辰沙では 勝負にならないなんてわかりきっているけど、 そんなことはどうでもよくて。 ただ、小さくても色んな思い出を、彼と一緒に作りたいんだ。 ]* (D27) 2022/09/20(Tue) 22:30:19 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ わたしと辰沙の競争の行方はまぁさておき。 駅前行きのバスにはどうにか滑り込みで乗り込むことに成功した。 ついでにこれまた運が良いことに座席に座ることもできたので 二人で座って、これから見る予定の映画について簡単に話す。 それから、お昼ご飯に何を食べようかとか、 その後駅前の大きな書店に行ってみようかとか、 書店併設のカフェの人気メニューがどうだとか、 それとも駅からちょっと歩くけれど、 最近リニューアルしたという水族館にいこうかとか。 そんなことを話していれば、あっという間に バスは駅前のロータリーに。 ] (D28) 2022/09/20(Tue) 23:31:51 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音こっちだよ、辰沙。 [ 彼の手を引いて駅前のシアターへ。 わたしより頭一つかそれ以上に背の高い彼が おとなしく手を引かれる様子はなんだか微笑ましい。 うん、わかる。 この街に来て半年だけれど、わたしだって 実質学校と寮を往復するだけの毎日で、 なんなら夏休みだって返上しないといけなかったのだから。 いやまぁそれはそれで楽しかったけれど。 生まれて初めての海とか。] (D29) 2022/09/20(Tue) 23:32:54 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ 閑話休題。 何が言いたいって、わたしも辰沙も この街の見るもの全てが初めて尽くしで。 とても、楽しい。 その証拠に、わたしに手を引かれながら、 きょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせている。 そんな辰沙がなんだか新鮮で、 ああ、学校を抜け出して正解だったなと思う。 そうして辿り着いたシアターで、チケット二枚と ポップコーンとドリンクをそれぞれ二つずつ購入する。 パンフレットやグッズも気になったけれど、 まずは映画を観てからにしようと意見が一致した。 ] (D30) 2022/09/20(Tue) 23:33:38 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音[ そうして、鑑賞後。 ] ……ぐすっ。 [ さっき辰沙と話した駅前の書店の併設カフェ。 地図アプリで確認したら意外と近かったので 映画が終わったらそこで遅めのランチにしようと、 バス移動の時点で二人で決めていたのだけど。 正直、映画が終わってからも 涙が止まらないというのは予想外だった。 いや、正確にはシアターを出る前に一度止まったけれど そのあとふとしたタイミングで思い出し涙が出てしまう。 ] (D31) 2022/09/20(Tue) 23:34:37 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音……うん。ごめんね。 [ 彼が差し出してくれた水を飲んで>>D32 それから深呼吸してどうにか気持ちを落ち着かせる。 そんなに悲しい映画だったのかと言われれば それは少し違っていて。 この国が誇る有名な監督が製作した、 半世紀もの歴史を持つ大人気特撮ヒーロー映画。 結末自体は、ハッピーエンド…なのかしら? 少なくとも、彼は自分が守りたいものを命を賭して守って そして、彼の仲間たちの許へ帰ってこれたのだから。 それでも、涙が止まらないのは。 ] (D33) 2022/09/20(Tue) 23:40:04 |
【雲】 落ちこぼれ退魔師 渡守 理音あのひとが……映画のなかの主人公が、 辰沙に重なってみえたんだ。 [ 感情表現が下手で、少しどころじゃなく人間離れしていて でも、とても優しくて純粋な、人ではない主人公。 そんな主人公が、物語の終盤。 地球を救うためにその身を賭してラスボスを倒しにいって そして発生したブラックホールに吸い込まれて――… ] (D34) 2022/09/20(Tue) 23:40:54 |
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