［手が早いのは私に似たんだろう。

　中学生の息子を殴って滾々と諭した時、
　ある種のトラウマを植え付けてしまったようだ。

　だが私は、中学卒業の門出に
　この格言をもって送り出したはずだ。


　忘れていないか、惺。］

　──　Gap　──　
　

［このまま運んでって甘えてねだったら、
　案の定全部は伝わらなかったみたいで、
　普通に抱っこで運んでくれた。

　自分でおねだりしといて、
　流石に重くない？って気になったけど、
　体格差あるから大丈夫かな、って黙ってた。
　男一人抱え上げた横顔は、涼しいものだった。

　俺骨格はごつくないけど、筋肉ついてる分
　それなり体重あるんだけどな。
　俺も撮影でやったことあるけど、
　お姫様抱っこでときめく女子の気分が
　ちょっと分かった。

　今後はプライベートでもやろうかな、とか一瞬思ったけど、　　
　今付き合ってるのは男で、
　この先そういう機会があるのかは。
　正直、よく分からない。］

［この仕事始めて以来、家は主に寝に帰る場所になったから、
　俺はこの部屋をさほどカスタマイズしていない。
　部屋によっては床が大理石とか色々あるんだけど、
　似たようなマンションに住む友達が「娘の友達が
　遊びに来た時、床で滑って転んで怪我しちゃって」って
　話聞いたことあったから、それだけは止めておいた。
　骨でも折れたら、アクロバット当分出来ないし。

　だから浴槽も大理石とかじゃないけど、　
　ジャグジーは付いている。
　落ち着いたブラウンでまとめてある他の部屋と違って、
　ライトグレーと薄いアクアブルーが使われてるのが
　リゾートホテルみたいで気に入っている。］

［お姫様抱っこ、してみたかったんだよね、実は。
　でもそれは、もう少し先にとっておくことにした。

　普通の形で悠凛を抱え上げる。
　それまでも、腰を持ち上げたりはしてたから
　重さはだいたい想定通り。
　同じような身長で、一見同じように見えるスタイルでも
　筋肉の重さが加わってるのはわかっていた。
　俺達モデルはきっちり体重管理しなきゃならないからな。


　朝、ここを出る前に借りたバスルーム。
　あの時はあちこち見回す気持ちの余裕もなかったし
　急いでシャワーを浴びただけだったからか
　それとも照明の調節機能のせいなのか
　……何だか、少し明るく見える。

　ライトグレーと薄いアクアブルーが綺麗だ。
　楽園に、ほんの少しだけ近づいた気分。］