153 『Override Syndrome』
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[投げかけた声は微妙なタイムラグを経て
私の元へと返ってくる。
今日最後の患者さんが応じれば
看護婦の子達が今日の診察受付の終わりを
告げる看板を入口にかけ始めていた。
おぼつかない足取りのまま焦って
あなたが転ばないように見守った私は
あなたが目の前に辿り着くと小さく微笑み。]
はい。こんにちは。
来院は初めてですよね?
緊張しなくても、大丈夫ですよ。
[アイスブレイクをもちかけてみる。
あの頃とは大きく異なる姿のあなたに
微笑みかける私は、あくまで医者の顔。
見た目に触れないのは
ここで触れることが誰の幸せにもならないって
そんな感じがしてならなかったからだ。
]
[診察室の中へとあなたを通せば
どうぞと手のひらで椅子を指し示す。
先程までの穏やかな声色は
今になればその深刻さも伝わってくるもので。
途端に曇っていく姿を、
目を逸らすことなく、私は受け止めようとする。]
[悲鳴にも似た残響、ひび割れた円盤。
壊れたレコードのように繰り返される挨拶が
あなたの脳内での消化不良を物語っていた。
けれど私があなたの異変を感じたのは
楽園を探し求める、その指先。
あなたが向かいそうな行く末が
頭の中に流れ込んでくるような気さえして。]
[瞳を覗き込むようにあなたを見つめながら
私はその頬へと手を伸ばして。
それが叶えば、どうか落ち着くようにと
その頬を優しく撫ぜると。]
気持ちが沈んだ時には
ハーブティーが良いの。
薬に頼らなくても
気持ちを落ち着かせられるから、ね?
[診察室に似つかわしくないティーポッドと
マグカップを取り出すと、診察室中に
爽やかなミントの香りを漂わせて。
あなたが受け取るかどうか
ハーブティーの入ったマグカップを差し出す。]
[どれだけの時間を要したのか。
決して焦らせたりすることはなく。
あなたが椅子へと座ってくれたのなら
私はハーブティーに口を付けて。]
今も…大変そうだね。
W佐々岡くんW
[問診とは名ばかり。
あの日の続きを、私から切り出して。
先程の仕草からOverride Syndromeを疑いながら
慎重にあなたの心の問題に触れるように。
あの日の過去をなぞりながら、微笑ってみせた。]*
| [ 悲しみとは自分に価値がないと思った時に 抱く感情である。
―――スピノザ ] (10) 2022/06/14(Tue) 21:49:05 |
| [ 死とは何か。 テセウスのパラドックス同様、 どういう理屈で考えるかで、 いかようにも答えが変わってくる問題。 私なら、こう回答する。 世界が死者一人分の、物語を喪失すること。 ] (11) 2022/06/14(Tue) 21:49:34 |
| [ 私は一艘の宝船を、 どうしても亡きものにしたくなかった。 ] (12) 2022/06/14(Tue) 21:49:52 |
| [ 今まで恙なく流れていた筈の医者と一人の患者の時間、 診察室にも病魔が影を差したのかしら。 ピリピリした空気の中、 口から出てくる本音は耳を焦がすように熱いのに、 音自体の温度は低い。 >>5 ] やめる素振りなんて私、見せました? そもそも、"船越真結実"ではないとも、 言っていない筈ですが? >>1:84[ 怒っているか、いないかを問われれば……答えはYes。 けれど、怒りよりも強く燃えるのは口惜しさ。 痛い所を突かれて、私の瞳は僅かに生気を取り戻した。 ] (13) 2022/06/14(Tue) 21:51:32 |
| [ 仮に"真結実"を維持できていると、 客観的には言えない状況になったとしても、 そのまま"真結実"として生きていく。 私なりの最善は尽くす。 そのくらいの覚悟はしていたつもり。 嘘をついているのは事実だから、 糾弾されて正すよう強要されれば、 私になす術はなかったかもしれないとは思うけれど。 なんにせよ、"船越真結実"を生かすなら他に手はない。 私は 現実 を殺して、 理想 を生かしたのだ。 ] Alicia Hadaly (14) 2022/06/14(Tue) 21:53:30 |
| [ 一度口を挟んだきり、黙って話を聞いていた。 初めから私が"亜結実"であると気付いていた。 いくら一卵性双生児とはいえ、 指紋や瞳の虹彩など、同じでないものはいくつもある。 両親でさえ気付かなかった何かに、 彼は気付いたのだろう。 それはきっと、愛称だけではなかった筈。 それ以外にも、気付いたことがあるようだ。 >>9 エデンの幸福体験を浴び過ぎた結果、 心神喪失などの状態になり、やがて廃人と化す。 Override Syndorome 現代の日本において、社会問題になっている奇病。 大学の授業でも少しだけ出てきたので、 簡単な概要くらいは把握している。 ] (15) 2022/06/14(Tue) 21:54:45 |
| [ 確かに私はここの所憑りつかれた様に、 エデンの幸福体験に浸かっていた。 バッグから手鏡を取り出して自分を映せば、 "亜結実"だってもっとマシな顔をしていた ……という有様。 ] ……そうですか。 私は、オーバーライドシンドロームに罹っている。 或いは、罹りかけている。 先生はそう判断したという事で合っていますか? オーバーライドシンドロームは、精神疾患。 先生のご専門ではないと思いますけれど、 随分とお詳しいですね。 (16) 2022/06/14(Tue) 21:55:25 |
| 先生の仰る通り、 私は最近エデンの幸福体験をよく聞いていました。 ですが、その話はまだしていない。 私は大分酷い顔をしているし、やつれています。 でもそれだけで、分かってしまうというのは、 流石に出来過ぎていませんか? 私の言っていることは所詮、素人の戯言ですが、 見ただけで判断するなら、 うつ病だったり、ストレスや疲労の蓄積……。 なんて線も考えられると思いますけど。 先生は殆ど断定していましたね。 何か理由があるのではないですか? (17) 2022/06/14(Tue) 21:56:15 |
| [ 勿論、私は診察目的でここにきているのだから、 先生の診察には協力するつもりであるし、 質問には何だって答える。 ……恐らく嘘を吐く必要など、もう何もない。 それでも、純粋に先生に抱いた違和感が 気になってしまった。 ] (18) 2022/06/14(Tue) 21:56:39 |
| [ 診察が落ち着いた辺りだろうか、 そういえばと思いだし、 バッグの中から前に貰ったテーマパークの ペアチケットを取り出す。 ] これ、前に先生がくれたチケット。 貰っちゃったけど、 アタシも一人だけ誘う友達って言うと、 ちょっと微妙でね? それに先生にあげた誰かのこと考えると、 やっぱり申し訳ないし、このチケットは返す。 それとも、一緒に行く人いないなら、 アタシとでも行ってみる?……なんてね。 [ 別れるというジンクスが恋人以外にも 適用されるとしても、相手は一患者。 そう困ることもないだろうと、 冗談めかして封筒を差し出した。 ]** (19) 2022/06/14(Tue) 21:57:33 |
| (a0) 2022/06/14(Tue) 22:03:28 |
[ 目の前の笑みは、低レベルの解像度で
網膜に映る。
頭がいいって、苦痛だ。
忘れない、忘れられない、
忘れてくれない。
記憶。刻まれたメモリ。
艶やかな髪。穏やかな表情。
目を閉じて、開く。
肺の奥まで酸素を吸って、同じだけ吐く。
勧められるままに腰を下ろした。 ]
─── はい、初めてですね。
べつに、緊張していませんが
ずいぶんお若い女医さんで驚いていました。
[ しっかりと合わせているようで、
自分の視線は相手の鼻の位置にある。
逸らされることのない視線を真っ向から
受け止めることがいつからか
こんなにも恐怖と同義になっていたことに気付く。]
自分にとって、「世の中」は
やはり底知れず、おそろしいところでした。
[ 伸びてきた手を避ける動きが遅れた。
ひたりと触れる柔らかな掌が頬を撫でる
咄嗟に腕を曲げて、
たたき落とすように振り払った。 ]
あ、……あぁ、ごめんなさい。
触れられるのは、苦手なので。
その、特に、顔は。
[ どくん、どくんと心臓の拍動が全身を駆けて響く。
驚かせてしまったか傷つけたか、
それともこんなことは日常茶飯事なのか。 ]
[ 呼吸を整えている間に、流れるような手つきで
差し出されたのはマグカップ。
いかにも高級だと分かるような
造形のものだったか、薄く繊細なものだったか
いずれにしても己が心を動かすものではなく。
ただ、受け取った。
部屋の中の空気に妙な匂いが混ざって不快で
酷く眩暈がした。 ]
ハーブティ……ありがとうございます。
[ カップを口に運ぶ動きさえ絵になる、と思った。
あの日、約束したコーヒーではなくて。
解像度が上がる。鮮やかに蘇る。 ]
……でも、結構です。
吐き気がする。
コーヒーのほうが好きなんですよ。
あと、俺は特に大変ではありませんし
今"も" というのは
あまり聞いていていい気持ちはしませんね。
─── ご無沙汰しています、古森さん。
[ カップから湯気が立ち上り、
顔に煙幕に似たヴェールがかかる。
過去をなぞり優しく微笑む医者に
俺が感じたのは、猛烈な嘔吐感。
そしてその嘔吐感に、陶酔する。
ポケットの中で、イヤホンが転がっている。 ]**
***
ごめんなさい。
緊張してるのかとばっかり。
[若い医者は信用ならないという話なのか。
いいえ、きっとそんな簡単な話でもない。
手を振り払われればその手を引っ込めて
それは嫌悪か、拒絶、か、それとも。
距離感が近すぎることを素直に謝罪すると
少しずつ彼から目線を外した。]
[解像が整えば整うほど明らかになる。
あの頃をなぞっているようで、全く違う世界。
ハーブティーとコーヒーが異なるように
私が見ていたあなたと、あなたの知るあなたは
全く別の存在のようで。
花柄のティーカップは
清涼の役割を果たすことも出来なかったみたいだ。]
そう。それは残念。
[どんな形であれ、拒絶は日常的。
この仕事をしていれば慣れたもの。
あなたに拒絶されてしまった
ティーカップの縁を指先でなぞると。]
コーヒーはW心療内科Wには
あんまり似合わないかもね。
[あの日約束したまま終わった事を思い出す。
コーヒーは、心療内科としてじゃなくて
普通の一人間として嗜みたいものだから。
ハーブティーをテーブルの隅に置くと
今度は問診票に目を通して、首を傾ける。]
そう…?ここに来たからには
大変なんだと思ってた。
大学の時の佐々岡くんも
なんだか無理してそうだったから。
[だとしても言ってはくれないだろうか。
それとも本当に自覚がないのだろうか。
より事態が悪化しているとすれば後者の方。
あなたの言葉がどっち側の言葉なのか
私としては気にならずにいられない。]
[私は『OS疑い有、要検診』と書かれた
問診票をテーブルに置き直すと
気を引き締めるようにグッと背筋を伸ばして
それから深呼吸を済ませて。]
ならW心療内科Wのカウンセリングは
やめておきましょうか。
W個人的Wにも
あなたに聞きたいことがあるし。
[形式張った問診の終わりを告げると
ハーブティーを一度片付けて。
棚に仕舞われた病室に似つかわしくない
クッキーやチョコレートの数々を取り出すと
最後にドリップコーヒーを見せて。]
こんな場所でも
W私とあなただけWなら
コーヒーがあった方がいい?
[もしあなたが首を縦に振るなら
その時は二人分のコーヒーを入れて
あの日の続きへと誘うだろう。]**
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