81 【身内】三途病院連続殺人事件【R18G】
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「…………」
だれかが、傍にいたような気がした。
以前感じた悪寒はない。根拠もない。
ただ彼のことを思い出していたから
そう思い込んだだけかもしれない。
メイジは、ふいに立ち上がって
干されていた"肉"をかき集めて、その場を後にした。
| 雨風が弱まろうとも、助けがすぐ来る保証もない。 メイジは調理室でなにかを焼いている。 以前、それをやっていたセナハラの代わりをするように。 調理台に並ぶは、一夜干しの肉だった。 「……あ。焦げたかも……」 前に食べた時と同じにおいが漂う。 見様見真似。火加減はよくわからなかった。 (5) 2021/07/09(Fri) 20:53:42 |
ニエカワ
抱き締められても、温もりなど少しも伝わってこない。
そこにあるのは交わしてしまった約束と、
剥き出しの好意だけだ。
何故好かれているのか、男にはちっともわからなかった。
だからこそ、恐ろしい。
「──……はい。約束
、です」
恐る恐る、背中に手を伸ばす。
この約束を手放してしまえば、
自分は永劫許されなくなると思った。
セナハラ
背に回される手には同じように温度はない。
けれど心が温かくなるような感じがした。
約束をしてくれたから、自分は彼を信じていよう。
セナハラさんは“大人”だから、また約束を忘れてしまうかもしれないけれど、その時はまた思い出させてあげればいいだけだ。
「(──やっぱり…、セナハラさんにはお嫁さん……いらなかったね)」
| >>14 【調理室】 メイジは、ぼんやりと火を見つめていた。 また肉を焦がしそうになったところで、 やってきたロクとフジノの二人に顔を上げた。 「他にやるひと、もういないだろうから」 小さく呟いて、首を傾げる。どこか無機質な動き。 皿に焼かれた肉を置いた。 「たべにきたの?」 (15) 2021/07/10(Sat) 14:01:04 |
これは、誰かが遺体を見る少し前の手術室──
メイジは壁際に座り込んだまま動かない男と
結構な時間、寄り添っていた。
悲しみに暮れていたのか、動く気力がなかったからか。
「やっぱ起きないや」
当然だ。己の手で殺したのだから。
やがてそれにも飽きたのか、気だるそうに立ち上がり
ずるずると遺体を手術室の中央まで引きずっていた。
「………重い」
持ち上げて、仰向けに手術台に寝かせた。
だらりと投げ出された手を胸の前で合わせる。
「………………重たいよ」
消え入りそうな、忌々しげな声が
腐敗臭のただよう手術室にむなしく響いた。
| >>16 【調理室】 「そう"ここには"いないよ。 もし会いたいなら、オレ"どこにあるかは知ってる"よ」 その意味をこの場にいる人間なら、察せるはずだ。 ロクがどれだけの事情を把握しているかは知らない。 ただメイジは、隠すことも、嘘をつくこともしないつもりだ。 薄く切られた肉が乗った皿を差し出す。 「どうぞ」 メイジは淡々と自分のぶんの肉を口にし始めた。 ……少し、焦げ臭かった。 (17) 2021/07/10(Sat) 17:14:13 |
| >>19 >>20【調理室】 二人の表情を見て、メイジは一瞬だけ目を伏せた。 それから眉を下げたまま、笑う。 「フジノも、食べるよね。 ごめん……ちょっと焼き加減下手だけど」 彼女にも肉を乗せた皿を差し出した。 先日食べたものとほとんど、同じ形だ。……きっと、味も。 「オレ、案内するよ。みんなで一緒に行こうか」 メイジは、ひたすら肉を噛み、飲み込む。 全部食べるつもりだった。 そうしなければいけないと思っていたからだ。 だってこれは、自分が騙した少年のものだから。 (21) 2021/07/10(Sat) 20:41:17 |
| (a4) 2021/07/10(Sat) 21:40:37 |
メイジは、用事がある時以外は、ずっと手術室にいる。
手術台の上でずっと、突っ伏して
返事も帰ってこない抜け殻に話し続けていた。
少年は死後の世界があるなんて知るはずもない。
……だからこそ、友達にも嘘を吐き続けた。
なにも知らないままでいてほしかった。
「セナさん、雨と風弱まってきたんだ
……もうすぐ帰れるかな。助けなんてくるのかな」
これはどこかの時間。
死んだ男は、手術室で自分の死体と少年を見つめていた。
聞こえないと知りながら、返事をし続ける。
「きみは何も悪くないんですよ」
以前のように頭を撫でようとして、
己がさせたことを思い出せば、手を下ろした。
「いつか、助けがきますから」
どうせわからないのだから、撫でてもいいとわかっている。
しかし、そんな資格は無い。
「……」
いや、自らそれを捨てたのだ。
──貴方は良い子だから。
──自分の我儘に付き合ってくれると、信じていた。
「ありがとう、」
「ごめんなさい」
あのとき伝えたかった二つの言葉を、小さく呟いた。
| >>23 【手術室】 メイジが案内する足取りは、大変重かった。 向かった先は手術室。入った瞬間──部屋に近づくにつれて妙な臭いはしたかもしれないが──腐敗臭が鼻をつく。 食後に──ましてや"肉"を食べた後に 来るものではなかったのかもしれない。 けれどメイジは臭いにはまるで気にせず、奥へ歩む。 手術台の上にその探し人は寝かせられていた。 ──腐敗臭の発生源はこれではないようだ。 ここにたどり着くまで、メイジはずっと押し黙っていた。 そして今も、ただ寂し気に彼を眺めている。 (24) 2021/07/11(Sun) 1:49:25 |
| >>26 【手術室】 「……ふっ」 「……ふふ……あはは、ははははは……」 メイジは、突然笑い出す。 本当は泣いていた。 なぜかこみ上げてきた笑いを押さえきれなかった。 「そうだよ。オレがそうしたいと思ってやったんだ。 死にたくなかったんだよ、ただそれだけ」 傍らの遺体に歩み寄る、目を伏せて、見下ろす。 「他のヤツらを殺してまで、オレは生きたかった」 (27) 2021/07/11(Sun) 12:25:17 |
| >>27 【手術室】 それだけ、断言すると、顔だけをロクへと向ける。 僅かに揺れる大きな瞳が見据える。 「でも知ってたんだ。誰から聞いたの? まさかセナさんが話すとも思えないけど」 メイジは、ロクにだけはなにも話していない。 ここに来る前にやったこと、ここに来てからやったこと。 あなたが手当をしてくれた、この腕の怪我の原因すら。 (28) 2021/07/11(Sun) 12:27:28 |
「セナさんがいなかったら
……誰がオレを助けてくれるの……?」
そうして呟く背中は、ただの小さな子供のようだった。
「……あはは……もうそんな子供みたいなこと
言ってられないよな……。
もうひとりだ、オレ。家族はみんな死んじゃったり
出ていったり、いなくなっちゃったから」
「自分でやったんだ」
実の父親も、──優しい父親がいたらと夢見た人のことも。
「最後、なんて言おうとしたのかな」
ふいに思い出す。考えてもわかるはずもない。
メイジには何も見えない、聞こえない。
だから、ずっと目の前の遺体だけを見つめている。
「死んだら、どこにいくのかな」
「やっぱ地獄かな? 悪いことしたもんね」
「楽になれないかもね」
「オレのこと、実はどっかで見てんのかな
……それはそれで、いやだな」
「オレも死んだらおなじとこ行けるかな
悪いことしたからさ」
思い浮かんだ言葉を脈絡もなくぽつぽつ。
| >>29 【手術室】 「……え」 瞳が瞬いた。驚きと、少しの恐怖を湛えて。 以前に気配、幻覚を見たことを思い出していた。 ……あれは気のせいだと思うことにしたのに。 「死んだ人間と、話をしたってこと? ……そんなこと、あるわけ……」 なら、自分が最後まで嘘を吐き続けた意味がないじゃないか。 そうであってほしくないという理由だけで 否定の言葉が出かかって、逡巡する。メイジは頭を抱えた。 「……じゃあ、オレたちのこと 恨んでたかな? オレの"友達"はさ」 半信半疑で、尋ねた。 (31) 2021/07/11(Sun) 14:01:05 |
あの日、彼を黒猫を抱え見送った。『無事に帰ってきてくださいね』
| >>32 【手術室】 「……、……そう」 ぽつり。消え入りそうな声が零れた。 ロクの話を戯言と思うこともできた。 だけれど、どうしてもそう口にする 友達が容易に想像できてしまうのも事実だった。 「……バカじゃないの」 だから、八つ当たりのような言葉を吐く。 言い表せない感情を拳に込めて握る。 「どこまでイイコぶってるんだ、あいつ」 「じゃあなんだよ……素直に"オレのために食料になれ" って言えばよかってことかよ……」 皮肉なものだ。 自分は最後まで"すごくて、いい友達だった"という 夢を見させたまま、彼を殺そうと決めたのに。 メイジは自分勝手な人間だった。 (34) 2021/07/11(Sun) 18:48:20 |
| >>33 >>34 【手術室】 「どいつも、こいつも──……」 何への怒りなのか、自分でもわからない。 フジノを、傍らに横たわる彼を一瞥して、またロクを見る。 どうせなら恨んで、そして許さないで欲しい。 悪いことをしたのだから。 けれど、ロクの続く言葉を聞いて。 それもひとつの罰なのだろうかと、思った。 「……バカなのはオレだ」 ふらりと少し覚束ない足が動く そのまますとん、と手術台の前の椅子に座った。 「そんなの言われなくたって生きてやるよ。 生きて、背負って、やるよ……死ぬまで」 メイジは、膝を抱えて小さくなった。 (35) 2021/07/11(Sun) 18:53:31 |
ロクと話をしている。結構、かなり、ながく、ずっと。
「頭から焼きついて離れないんだ」
バラバラになっていく手足や、開かれる胸、鮮血
赤黒い内臓、砕かれる骨──頭だけになった、人間の姿が。
人を刺して、肉を切る、感触が──
この手で、脈打っていた鼓動を止める瞬間が。
忘れろ、と言われたことは覚えている。
忘れられる日なんて、来るだろうかと今は思う。
胸が痛い、頭が痛い、とうの昔に治ったはずの傷が疼く
メイジは、よく怪我をする少年だった。
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