［　ボクが彼女の名前を聞いた途端に
　　空気が凍りついたような気がした。>>21

　　ボクの言っていることがおかしいと。
　　信じられないと、そう言いたげな顔で
　　ボクの記憶を否定する。］




［　でも明らかにボクへの意地悪じゃない。
　　本当に、心から信じられないって顔だ。

　　すると決して噛み合わない鎖が
　　先生が繋げてくれた。>>22>>23］

［　何も知らないまま産み落とされた赤子のように
　　右も左も分からないという恐怖心に
　　頭がクラクラと悲鳴をあげてしまう。

　　それでも落ち着いていられたのは
　　ボクと同じくらい真剣な表情で
　　この事態を受け止めている人がいたから。>>24］


　　　あの…先生…

　　　ボクの記憶って…
　　　それに、ボクの父さんと母さんは…


［　ボクの質問に先生が首を横に振る。
　　ボクの記憶が戻る確証はなく、
　　地道に治療を続けていくしかないらしい。
］

　　

***

［　心の整理がつかないことを察してなのか。
　　先生が病室から出ると、彼女と二人きりになって。
　　すると、彼女がさっきのボクの質問に答えてくれる。］


　　　ハツナ、さん…？


［　確かめるように名前を呼んでみて。>>25
　　必死に記憶の中を探ってみても、心当たりがない。


　　でも、ボクの手を握る彼女の言葉に
　　ボクは首を横に振る。>>26

　　予想だにしなくて当然驚いたけど
　　疑うよりも先に、哀しかったんだ。］

［　彼女の微かな望みを断ち切るように
　　ボクはまた、首を横に振る。>>27

］*

　　

［　記憶がない、って聞いた時の君は
　　頭を押さえてて。>>29
　　大丈夫？ってつい、見ちゃった。
　　
　　

　　

［　君の記憶は、戻る確証がないみたい。
　　どうしよう、もし記憶が戻らなかったら。

　　

　　そんな自分本位の心配をしてたら
　　今度は君のご両親の事へと話が移る。
　　私が君に聞けずにいた事。
　　君は私の事だけじゃなくて
　　本当に何も覚えてないんだ、って
　　改めて事実を突きつけられる。



　　

［　席を外してほしいと言われたなら
　　そうするつもりだった。
　　だってどうやら今の君にとって
　　私は他人でしかないみたいだったから。

　　構わないと言い切ってくれた君に


　　

　　　



　　
　　

　　

［　でもそれは私が言う事じゃないから。
　　辛うじて、それだけは飲み込んで。

　　君がショックを受けてないかなって
　　思って君の顔を見ても、
　　君は悲しそうじゃなかった。

　　

　　　　　　　

　　

***

［　先生が病室から出た後
　　私の質問に答えてくれた君は
　　ピンと来てないみたい。　］

　
　　　ううん……、ハツナ、って。
　　　呼び捨てだったよ。

　　　なんて言っても、呼びづらいかな。
　　　呼びづらかったら
　　　君が呼びやすいように呼んで大丈夫だよ。


［　そう言って気にしなくていいよって
　　安心させようと笑ってみせた。
　　

　

［　微かな望みも断ち切られて
　　私は、内心ずっとどうしようって思ってた。
　　でも、君にそれは見せないように。

　　

　　

　　　そっか、謝ることないよ。

　　　あのね、謝るのは私の方なんだ。
　　　君が怪我したのは、突っ込んできた車から
　　　私を守ろうとしたからなんだよ。


　　　

　　

［　そう、君に事故の経緯を説明して。
　　
　　私はただ、泣いてしまわないように
　　必死で笑顔になろうとしてた。
　　今は駄目だ、ないちゃだめ。

　　

　　

［　闇夜に彷徨う君に、>>0:112
　　手を差し伸べる太陽でいなきゃいけないから。　］

　　

［　泣くのを我慢してる私は、君が少しでも
　　記憶を取り戻すための手掛かりを探そうと。

　　そういえば、君は何度も聞いてた歌なんだから
　　歌えば少しは思い出せたりしないかな、なんて
　　そんなことを思って、私はよく歌っていた
　　あの曲を口ずさもうとして―――――。　］

　　

　

　　　




　　

　　

　　　ごめんね、歌ってた歌、
　　　君が聞いたら何か思い出すかなって
　　　そう思ったんだけど……

　　　



　　すぐに困ったように笑って、謝った。　］

　　

　　　えっと……
　　　しばらくは入院することになるのかな。

　　　着替えとか、きっと必要だよね。
　　　私、君の家知ってるから……
　　　私でよければ必要な物、持ってくるよ。

　　　私じゃない方がいいなら……
　　　その時は先生に聞いてみるね。


［　話題をそらすようにそんなことを言って。


　　

　　　え？あ、う、うん…大丈夫だよ。


［　そんなわけがない。誰だって分かるのに。>>36
　　反射的についそう答えてしまうのは
　　ボクが彼女という人を知らなすぎるせいだ。


　　ボクの記憶が戻らないと困るのは
　　どうやら彼女も同じみたいだったけど。>>37

　　太陽が枯れ、死んでいく姿に>>38
　　ボクはひどく冷静な頭で、言葉を被せた。］

［　家族だった人達を信頼出来ずに
　　蔑み続けた結果、自己嫌悪に苛まれる。



　　でも言葉を被せたボクの傍らで
　　キミはボク以上に怒り、哀しんでいたから。>>39
　　ボクは思わず目を丸くしてしまうんだ。］

***

［　ボクは以前彼女のことを名前で呼んでいたらしい。
　　しかも呼び捨てで。なんと仲睦まじいのだろう。
　　自分のこととは到底思えない。

］


　　　うん……ごめんね。


［　気を遣わせてしまったことにも
　　すぐに彼女の期待に応えられないことにも。
　　どこか無理をしているようにも感じる
　　その笑顔にボクは心が痛くなってしまった。>>41］

［　途端、ボクの自己嫌悪を食い止めるように
　　彼女の口から事の顛末を語られる。

　　交通事故があった時のこと。>>43
　　彼女の言うことが本当のことなら
　　ボクも…こんなボクでも、誰かを守れたんだって。

　　少しだけ、安心することが出来たから。
　　ボクは謝る彼女に向かって、小さく微笑み。］