【人】 落星 クロウリー[望みは叶えられた。彼に、許されたからだ。 奥底の意図を考えずいられないような優しさの中に 本物の機嫌の良さがあった、のだろうか。 今やその手に縋る以外の選択肢を失った幼い私が、 欲するままに命を続ける為には 悪魔の感情の在り方こそが第一となる予感がこの時既にしていた。 それは父と二人で生活した日々よりも、ずっと重大な意味を持って。] 「……インタリオ様」 [命じられたままに口にし、数度瞬きを早めた。 人の名前としては慣れない響きを持っている。 何もかもから見捨てられた夜闇で、彼と出会ってからの 一生分の人生の動きを激流として受け止めたような時間の中。 己の身体を蝕んでいたもののことも、既に頭にない子供では 悪魔なのだから当然なのかもしれない、と。この時は思うばかりで。] (91) 2022/05/24(Tue) 2:32:07 |
【人】 落星 クロウリー[人類が与えた名の数々に纏る逸話は 何処までが創作で何処までが真実か、はたまた全てが虚空なのか? 考えるだけで壮大な話であった。 彼が我々の歴史にどれ程昔から関わっていたのかも、また。 悪魔が「インタリオ」となる迄の話を聞くことを許されてからも 更に永き時間が経った今すらも、知ってはいないだろう。 人間は同胞の正体すら容易に見失う 私は、大いなる存在を自己の狭小な視野を持って決めつけはしない。 かつては見捨てられぬよう教えられるもの全て理解する為に、 館を出てからは人間達を誘い役目を全うする為に、 そして、多くの魔術を探究する為に。 思考の使い道は他に幾らでもあったのだ。 そうあらなければいけない、でなければ生きられない。] (92) 2022/05/24(Tue) 2:32:30 |
【人】 落星 クロウリー[教会の教えでは神の血と肉とされた日々の糧も、 生きていることを忘れてしまいそうな悪魔の箱庭で与えられては ただただ得体の知れなさを感じるばかり。 その感覚すら大した時間は掛からず忘れていき、 夢中で貪るだけとなった子供の頭に祈りの言葉はもう無かった。 今までの日々を否定する言葉を、唯一の庇護者に教え込まれ いかに人間が操りやすく騙されやすい生き物なのかを知り、 世界の法の外にある術を身に着けていけば、当然だろう。 透明な水が黒く穢されるように 無学な農奴の子供は、容易に悪魔の与える思想に染まっていった。 変わっていく見目を主の寵愛の証であるとし 己の白い肌に恍惚と触れ、感謝して見せたこともある。 名を授かる光栄に悦び忠誠を誓った時には、 跪く動きも手を取り口づける様も かつての少年の面影無く、仕える者のそれとして優雅に。] (93) 2022/05/24(Tue) 2:33:08 |
【人】 落星 クロウリー[私は確かに教え仔として優秀であった筈だ。 彼を真似るように歴史の陰に潜み人々を動かしていた時も、 ある男を誑かして、翠の星の元となった団体を立ち上げさせた時も 主宰となってからだって──沢山の魂を貴方に贈った筈だ。 今だって分かっている。 下僕の目には全知の存在として映る悪魔が、 己の箱庭でこちらを放っておく時には意味があると、覚えている。 食堂へ向かい、貯蔵庫に足を運んで一番奥のワインを、 主が気に入っている美しいワイングラスを。 一刻の無駄も無いよう、両階段は必ず近い左側から。 見えてくるのは、風があれば繊細に揺れそうな大理石の婚礼衣装 首無しの哀れな花嫁を前に曲がり、その書斎へと。 道中──少しの違和に眉を顰めたが 主と改めて対面した時には微笑みを形作り、感情を悟らせない。*] (94) 2022/05/24(Tue) 2:33:50 |