【人】 軍医 ルーク ―― 医務室 ――[ 叩きつけられた机の上から、 器具が床に落ちてがしゃりと音を立てる。 椅子を巻き込んで転び、身を起こすのに少し時間がかかった。 頬の痣の上、広く貼られた湿布の端に、 刃渡りの広いナイフが突きつけられる。 刃先が白い湿布を無造作にはぎ取れば、 下にある青黒い痣の上に、 滑った刃が薄く傷を重ね、 一筋開いた傷口から、少し間をおいて、 ぷっくりと赤い血が球になって流れた。] 『なあ、状況が分かってんのか? いいか、もう一度聞くぞ、 “あのときあったことを、話せ”』 [ 怒りに我を忘れる寸前といった男の声は、どこか酷く冷えて、 返答によっては何が起こるか分からない。 けれども、まだだ。 ひとはそうそう“思い切れる”わけでもないし、 最後の一線を越えたなら、どのような処分を受けるのかを 考える理性も残っているのだろう。 突きつけられた刃先がぴくりとも揺らがないのは、 やはり兵士だ。] (16) 2020/05/21(Thu) 21:29:58 |
【人】 軍医 ルーク前にも言っただろう? 好きに想像すればいいって。 君にも分かりやすく説明すると、だ、 この基地には機密レベルというものがあり、 皆、それに応じて、 目やら耳やら口やらを 上手いこと動かしているものだ。 君は手が滑りやすいようだから、 耳と目くらいは言うことを聞かせておけ。 [ 間をおかずに返って来たのは、 躊躇なく振るわれ、腹にめり込んだ拳の一撃。 重い衝撃に視界が明滅し、痛みが遅れてやって来る。 床に崩れて身体を折り、けほ、と咳き込む。 腹の底からせりあがる吐き気をこらえきれず、 けれど、また暫く飲み食いを忘れていた胃からは、 何も吐き戻すものがなかった。 身体が痙攣するように震え、起き上がれない。 成程、以前は腹を殴るのを教えてやろうと思ったけれど、 少しは考える頭があったのかどうか――、 思考だけがそんな風に冷静で、身を折って蹲る。] (17) 2020/05/21(Thu) 21:31:30 |
【人】 軍医 ルーク[ 次に衝撃があったのは、頭。 ざり、と固い感触と衝撃。 床に打ち付けられた頭がぐらりと揺れて痛み、 踏みつけられたのだと知る。 視界の片隅、横合いから飛び出してきたぺんぎんが、 必死に男の足にしがみ付こうとする。] 『何だ!? おい、邪魔するなって!』 [ 男は驚いた様子で足を振り、振りほどこうとするが、 頑として離れない。 ぺんぎんを蹴り飛ばすのには躊躇いを覚えるようだった。 自分相手なら兎も角、何もしていないぺんぎんに 暴力をふるうような、そういう性質の人間ではない―― そういうことなのだろう、おそらく。 それでも、逆上した相手が何をするか分からず、 手を伸ばし、ぺんぎんを鷲掴みにして引き剥がし、 戸口の方へ転がす。 声は出せなかったが、 にげろ、と、口の形だけではっきり告げた。] (19) 2020/05/21(Thu) 21:33:20 |
【人】 軍医 ルーク『――ったく、 いいか、これ以上手間を取らせるなら、 こっちにも考えがある。 最後にもう一度だけ聞くぞ、 あのときあったことを、話せ』 [ 突き付けられた刃先が、今度は首筋に傷を作る。 先ほどよりは明確に、意志を持って。 何も答えず、視線だけで男を睨み上げる。 男が刃先に再び力を籠めようとした、そのとき。 遠くから聞こえてきた『足音』に、 男の犬耳がぴくりと動き、 忌々し気な舌打ちの音がした。] (20) 2020/05/21(Thu) 21:34:16 |
【人】 軍医 ルーク『いいか、警告はこれが本当に最後だ。 次はない』 [ 男は足早に、医務室を出てゆく。 戸口のところに、ぺんぎんの姿はなくて。 ああ、ちゃんと逃げられたのかな――と安堵する。 もしかしたら仲間の端末経由で、 何処かに通報しようとでもしたのだろうか。 ぺんぎんはいつも医務室にいるが、 他の連中と没交流ということもなく、 廊下で他の連中とジェスチャーを交わしている様子も、 稀に見ることもある。 足音は、此方に向かってくる。 腕に力を籠め、起き上がろうとするが、 どうしても体に力が入らない。 急患なら対応が必要だが、戦闘があったわけでもなし、 可能性は低いか――と、そのまま力を抜いた。 急を要さない要件なら、驚いて逃げ出すか、 指差して笑って立ち去るかどちらかだろう、多分。]* (22) 2020/05/21(Thu) 21:35:30 |
【人】 軍医 ルーク ―― 着任の日の記憶 ――[ 窓の向こうから聞こえてくる喧騒は、遠く規律正しい。 総司令の後ろ姿に失礼します、と声をかけ、 所属と名を名乗り挨拶をする。 黒豹の耳と黒眼鏡の背の高い男が、ゆるりと振り返る。 人好きのする笑みを浮かべ、 やあ、待っていたよと目を細めた。] 『長旅ご苦労、疲れただろう。 君の経歴は聞いている、 今日から早速医務室と研究班の両方に 配属になってもらうよ。 詳しいことは、 それぞれの部署で聞いてくれたまえ。』 [ 男は木の椅子にかける。 華美なところ等一切ない、機能一辺倒の司令室。 誰が飾ったか、まさか自分で摘んできたのか、 水飲みグラスに、そのあたりで生えていそうな花が一輪、 飾ってあった。] (38) 2020/05/21(Thu) 23:15:23 |
【人】 軍医 ルーク『軍事基地の勤務経験はなし、か。 確かにねえ、一昔前の開拓時代なら兎も角、 この数十年、世界は実に平和なものだった。 此処は最前線にして、唯一の戦場と言える』 [ 表情も変えず、押し黙って司令の話を聞く。 フードを脱いで露にした耳も、ぴくりとも動くことはない。 窓からまた飛び込んでくる遠い喧騒を、耳が捕らえた。 訓練中の兵士たちの声だろう。] 『我々が相手取るのは未知の脅威だ。 けれど、此処の兵士たちの士気は 中々のものだよ。 いや実際、私は“人材に恵まれている”。 出来るなら兵を失うことは極力抑えたい、 そのためにも、君には期待しているよ』 [ 何処か読み切れないその笑みは、 “それだけのものではない”。 この基地で戦う兵士たちを誇りに思い、 失いたくないという言葉通りの感情も、 確かにそこに表れてはいるのだ。] (39) 2020/05/21(Thu) 23:16:46 |
【人】 軍医 ルーク『いやあ、ところで君の武勇伝も中々のものだ。 実際、いい読み物だった。 壁面をよじ登って新種の鳥の巣を観察に行ったり、 開けたら顔面から頭までピンクに染まる染料爆弾を 学問所の教師に仕掛けたり―― ああ、そいつ、 所属学生にしていた陰湿な嫌がらせが発覚して、 今は懲戒処分になったのだっけかなあ。 けれど、君なら引手数多だったろうに、 最前線に勤務することになったというのは―― “色々と言われることもあるかもしれないけれど” 其処は事を荒立てずにいてほしいな』 [ 男は靴音を響かせ、近づいてくる。 黒眼鏡の奥の眼差しが、すっと冷える。] (40) 2020/05/21(Thu) 23:17:57 |
【人】 軍医 ルーク『 まだ、皆に知らせる段階ではない。 あの大穴の向こうに “何” がいるのか。君がいた研究所にいたのが “誰” なのか――…我々を殺そうとしている者たちの、正体を。 物事にはタイミングというものがある。 今はまだ、早い 』 (41) 2020/05/21(Thu) 23:18:59 |
【人】 軍医 ルーク 『けれど、探りたがる手合いも多いだろうから―― そうだなあ、彼らには、 適当な“解答”を用意してやれば、 一先ずは気が済むだろう。 』 [ 荒唐無稽な噂の向こうに、 森に紛れた木のような、もう一つの噂を。 必ずしも事実無根ではない、真実を織り交ぜたものを。 調べれば確かな情報として、分かることだろう。 着任した軍医は、研究所で機獣絡みの極秘任務に携わり、 その研究所で爆発事故が起きた後に、 最前線に送られたのだと。] 『ああ、とはいえ、 困ったことがあったらいつでも相談してほしいなあ。 何せ私も、若い頃は君の父君には世話になった。 これも縁だ』 [ 頷き、すべて受け入れる。 そう、噂の森の向こう、見えるように隠される木は、 そこまで的外れな代物でもないだろう。 もし自分に何かが出来ていたなら、 結末は、変わっていたかもしれないのだから。]* (42) 2020/05/21(Thu) 23:21:13 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a5) 2020/05/21(Thu) 23:29:28 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a6) 2020/05/21(Thu) 23:31:59 |
【人】 軍医 ルーク[ 箱を回収してから数日と経たぬうち、 言い渡された直近の勤務表に眉を顰めた。 残骸の研究に携わる夜の時間が、大幅に増えている。 それ自体は、通信機の回収の一件を考えれば そこまで不自然なことではない。 けれど、その分削られていた箇所は何処かというと、 あのうさぎの『検査』だ。 自分が一人で検査にあたる時間はおろか、 複数人で行う検査に参加する機会すらない。 医療班の班長に何か間違いはないかと聞いてみても、 研究班の方で急な人出が必要になっているらしい、 という答えくらいしか得られない。 それもあながち出任せではないようだったけれど、 どうしても気になることはあった。 生憎歯に着せる衣はもっていない性質だ。 ずばりと、聞いてみた。] (124) 2020/05/22(Fri) 21:41:04 |
【人】 軍医 ルーク 治療の方針が合わないわたしは 外したほうが良いということでしょうか。 あなたも医者なら、 これはおかしいと分かっているはずだ。 [ 問いただされた軍医はたじろぐこともなく、 それもある、と頷いた。 向けられた表情は、形容しづらい複雑なものだった。 聞き分けのない子供に向ける苛立ち、僅かに滲む呵責。 けれど、彼は何も肝心なことは口にせず、 『君の勤務状況も見直しが必要だったからね、 医者の不養生も程々にしておきなさい。 行き届かない自己管理は怠慢と変わらない』 そんな風に、口を噤んだ。 せめて投薬の方針を――と言い募っても、 それは参考にさせて貰うよ、と、 明らかに口先と分かる返答を返されるばかり。] (125) 2020/05/22(Fri) 21:41:53 |
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