242 『慰存』
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[見ていなければよかったのかもしれない。
今思えば、そう思うのですが、過去は変えられません。]
[私は二度と同じ目に遭いたくなくて
家から離れた中学校に進学することに決めました。
私に問題があったのかもしれないから
中学生になったら体力を付けようと思って
自転車で長い時間かけて通学したり、
休日だって運動を欠かさずにして。
もちろん勉強だって頑張りました。]
「聖奈ってなんかいつも人の顔色伺っててキモい。」
「優等生ぶっててむかつく。」
[上手く、馴染めなかったんです。
何が悪いのかわかりませんでした。
……対象は誰でもよかったのかもしれません。
ただ、私ばかりが損な役回りを引くだけで。]
そっか、私は誰かに好かれることはなくて。
たとえ誰かを好きになっても
想いを伝えることは諦めるしかないんだな。
[いつしかそう思うようになりました。
自分には価値がないからしかたない。
価値がないのだと言い聞かせるように
何度も手首を傷つけていれば、傷だらけになりました。]
そう、私は頑張っても誰にも好かれない。
―――――でも、諦められないから。
[まさか目的の人が隣に住んでいるなんて。
こんなに都合のいいこと、滅多に起こりませんよね?]
***
[隣を伺っていれば、
不在になるタイミングも自然とわかります。
月曜日と金曜日の午後、5時間ほど家を空けること
そして、どうやら家を空けるとき、
窓は開けっ放しになっていることも。
カーテンをしていなければ
部屋の様子くらいは見れると思って
バルコニー伝いに侵入したときに
窓が開きっぱなしなことに気づいた時は
少しびっくりしてしまいました。
いくらここが中層で角部屋とはいえ
無警戒にもほどがあると思って。]
[確かに困窮、というほど生活に困ってはいませんが
所詮は大学生ですから。
別に裕福って程でもありませんし
お隣さんが作家さんだと知っていれば
侵入される可能性がないとは言えないのに。]
[でも、私にとっては好都合。
電源タップに偽装した盗聴器と
いくつかの小型カメラを手に、
好きな人の部屋へ侵入しました。]
[換気をしていても、
煙草の匂いは完全には消せないらしく
ほんのり煙草の匂いが残る室内。
執筆に使っているらしきデスクの横には
私が渡したぬいぐるみが倒れておかれていました。
きっと、風で倒れてしまったのでしょう。
なんの躊躇いもなく手をのばして
ぬいぐるみを起こしてあげると、
本来の目的を達成するために部屋の物色を始めるのです。
コンセントに盗聴器を仕掛けて、
見たい場所……デスク、キッチン、浴室の三か所に
出来るだけ隠すように小型カメラを仕掛ければ
今日はおしまい。あとは見つからないことを願いつつ
葉山さんが帰って来る前に戻るだけ。
何かを落としたりはしなかったはずです。
強いて言えば髪の毛は
落ちた可能性があるかもしれませんが
葉山さんも私も白い髪ですし
そこまで目立たないだろうと気にするのはやめて。]
[カメラを通して見る葉山さんは
当たり前ですけれど知らないことばかりでした。
男性の一人暮らしともなれば
自炊よりは外食の方が多いのかなと
勝手な想像をしていましたがそんなことはなく。
朝ご飯もしっかり摂っているのを見ながら
私も手作りのたまごサンドを作り、
葉山さんが飲んでいる紅茶と同じ物を買ってきて
ミルクティーにして飲むのがルーティンになりました。
朝ごはんをしっかり食べると
頭もよく働きますしいいことばかりですね!]
[ずっとずっと見ていたいのですが
残念なことに学生である以上、通学は避けられず
昼間講義を受けている間は
あまり葉山さんを見ることは出来なくて。
先生があまり厳しくない講義では時折スマホから
カメラ越しに何をしているのか、見ていました。
とはいえ、お忙しいのでしょう。
執筆している姿を見ることが大半でした。
編集者さんとの打ち合わせ以外の外出では
何処に出かけているのでしょうか。
気になってしまえばすることは決まっています。
後をついていけばいいんです。]
[葉山さんの前では着ないようにしている地味なパーカーを
羽織り、こっそりと後をついていき。
近くの居酒屋で飲んでいるらしいと知れば
いいなぁ、私もご一緒できたらいいのに、と
一瞬思いましたが、それは出来ません。
お酒にすごく弱い体質で
チューハイ1缶で酔ってしまうから……なんて
体質的な理由でそもそもお酒を飲むのは苦手ですが
理由はそれではありません。]
[……少しずつ距離を縮めようと頑張ったとして
葉山さんがこっちを見てくれることなんてないからです。
7歳下の異性なんて異性として
見られる気がしませんし、
私が誰かに好かれるわけがない。
幼い頃に植え付けられたものは
消えることなく、私の中に残っていますし
忘れようとしても手首にもそれが刻まれていますから。]
[……とはいえ、未練がましい行動はやめられないもので
朝のゴミ捨てで顔を合わせたときに
軽い世間話を装って、]
私、大学と家の往復ばかりで
この辺のお店とかまだ知らなくて。
葉山さんのおすすめとかいきつけのお店とか
あったりしますか?
[なんて、聞いてみたりはするのでした。
答えなんて知ってるのに
知らないふりをしながら。]*
[優等生だろうと劣等生だろうと、心の中には独善という名前の悪魔が潜んでいる。いくら人の為と口では語ろうとも最後には自分の為に動くもので、下手な言い訳を並べ立てるよりも欲望を誤魔化さない方が余程可愛らしいとさえ思う。
自分の中に潜む狂気を誤魔化すことをやめた者の気持ちは、同じ側に立ったものにしか分からない。
良い子には決して分からない世界だ。]
| そうだね。 >>15 まるで神様に悪戯されたみたいだ。 (19) 2024/01/12(Fri) 13:40:20 |
| [驚いた様子の彼女の反応 >>15当然といえば当然の話だ。まさかこんなことがあるなんて普通なら驚いて当たり前。 しかし葉山が更に驚いたまさかの話はその後。 七海が自分のもうひとつの顔を知っているということが何よりも驚きであった。 >>16幸いまだバレてはいなさそうなのが救いだ。 彼女に限った話ではなく、文章の書き方ひとつで人の見分けがつくような世界で、まだ誰からも同一人物を強く疑われていないのは奇跡としか言いようがない。 それもこれも、血腹に対して葉山裕太郎の名前が売れていないのが大きな理由なのだろう。] (20) 2024/01/12(Fri) 13:44:44 |
| [とはいえ自分の本来生きたかった世界で無名なおかげで身バレを防いだというのも皮肉な事だと葉山は苦笑いしたくなるのだが、それは心の内に留めておく。 ミステリー作家であることを今悟られたらさすがに困るからだ。] え、そんな偶然、あるんですか? 気になるし後で調べてみようかな… [七海に乗っかりながら白々しく他人の振りをしながら葉山は考える素振りを見せる。 >>17しかしそんな空気を打ち消すかのようにバターサンドを渡されて、これもまた驚きを隠せない。ちょうどお菓子が欲しかったところになんというタイミングだろうか。] (21) 2024/01/12(Fri) 13:50:56 |
|
ありがとう。 ちょうどお茶菓子が欲しかったんです。
実は紅茶が好きで… 今度よかったらお茶でもしましょうね。
(22) 2024/01/12(Fri) 13:52:30 |
| [引越しの挨拶にはあまりに高価な気もしたのでしっかりと礼を伝えて、その日は別れることとなるのだった。
それからしばらく、いただいたクッキーとバターサンドをお供に紅茶を嗜む時間がルーティンに追加されたのはここだけの話。 ちなみにびっくりするほど美味しくてお茶会をする時にはこれ買おうと葉山は決心したのだとか。]**
(23) 2024/01/12(Fri) 13:53:52 |
| ***
[朝、いつも通りごみ捨てに向かう。 ゴミ捨て場は敷地内にあるものの、構造上一度オートロックの外に出て捨てなければならない。 なんでも、ゴミの臭いが廊下まで来たら住人の気分を害するからということらしい。
そしてこのマンションは部屋の鍵とオートロックの鍵が同じ一本で完結していて、差し込み型の鍵に外付けでオートロック用のタッチキーが取り付けされている。
これのおかげでセキュリティも維持できて入居者も楽できて便利という大家さんの心優しい計らいらしいが、実は面倒なこともある。]
うわ、やった、終わった……
[そう、忘れたら一環の終わりなのだ。 しかもいつもなら開けてくれる管理人さんも、毎週このタイミングは警備点検に向かっていて席を外している。 そして探そうにもオートロック扉の向こう側に行けないからどうしようも出来ない。
しばらくここで待ちぼうけになることを覚悟するしかなかった。]
(24) 2024/01/13(Sat) 4:04:02 |
| [そんな時にこれまた偶然、ばったりと七海と出会う。こんな時に生活リズムが合うというのは救いだ。]
七海さん、ごめん、 鍵忘れちゃって…
オートロック開けるから、鍵貸してくれない?
[情けなくもそんなお願いをする時もあり、徐々に忘れっぽい性格であることがバレてしまったかもしれない。
鍵を貸してもらえたのなら、後でお詫びをしに行くことになるだろう。]
(25) 2024/01/13(Sat) 4:04:41 |
| [その時に何気ない世間話としてその時に聞かれたのは行きつけのお店があるかという話。 七海も大学生ということで本分は学業、あまりお店などには明るくないようだ。]
どうだろ、俺もあんまり詳しくないけど… ここは俺がよく行ってる場所だよ。
[そんなに大層なお店では無いので紹介は控えめだが、葉山はスマホの画面でその店の情報を開くと、七海に見せたのだった。]
(26) 2024/01/13(Sat) 4:05:21 |
***
[それから少し経ったある日。
その日は担当編集者との打ち合わせを終えて家へと帰ってくると、時刻が20時をすぎていた。
もう遅いからと担当者と食事だけ済ませてきて、あとはもう風呂に入って寝るだけというところ。
しかし葉山はデスクに向かいノートPCで作業に浸る。
このノートPCは打ち合わせにも使うもので、画面には覗き見がされないようなフィルムが貼られていて、その内容は本人以外には見えないようになっている。
まさか監視されているなんて知りもしないから、人目を気にするようなことはせずだらしのない欠伸をしながら。
調べていたのは、人の過去と歴史だ。
今の時代デジタルタトゥーなんて言葉があるくらいには情報が全てを支配する社会だ。それは誰かのことを調べようと思った時にはパソコン一つで略歴すら作れるほどに便利であり、深刻でもある。]
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