94 【身内】青き果実の毒房【R18G】
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廊下
名前を呼ばれ頭に手を置かれれば、びくりと体が震えた。
恐る恐る、赤く腫れた目を見せる。
しかし、視線は合う前に下へ戻ってしまう。
「……」
俯きながら、穏やかな音を耳に入れる。
貴方の言葉は、少年には少し難しかった。
「……うん」
だから、咀嚼したのは最後の一言だけ。
叱られるのは怖いけれど、
このまま許されるのはもっともっと恐ろしい。
少年は膝を抱えたまま、貴方が戻って来るまで待ち続けるだろう。
なおひ〜〜〜〜〜
「え。ふみちゃん痛いの好きなんだ……へぇ……」
知らん言ってるのにするっと信じた。事実無根の風評被害だ。
「だって、ねぇ?皆普通じゃない事を、怖がるんだよ。
『普通』じゃないヒトを遠ざけて隔離して、そうしてようやく安心するの。だからオレ達ここにいるんじゃん。
納得はしてないけれど、オレが『ちょっとだけ』普通じゃないらしいってのはわかってるよぉ。
だから、『普通』ができてると嬉しいの。
『トモダチ』が離れちゃうと、困るからねぇ」
そうしてやはり、いつものようにへらっと笑う。
重ねられる食器を席に着いたまま、ありがとう〜と見送る。
何も言わなければ持ってきてもらった時と同じく、貴方が片付けるのをただ見守るだけだ。
自分の意思で決めたことなど、一体幾つあるというのだろう。
自分はまだ18年しか生きていない。大人からすれば鼻で笑われるような、青くさい少年でしかない。
けれど自分にとってはそれが全てだ。
某日、消灯時間さえも過ぎた頃。
談話室に居座って、端末の明かりだけを頼りにディスプレイの文字を追いかける少年が一人。
風情も何もない白い光に濡れる涼やかな顔は、相も変わらず生真面目さを押し出したかのような仏頂面のままだ。けれどよくよく見ればその眉間には少し皺が刻まれているし、唇は普段よりも固く引き結ばれている。
指先と視線は幾度となく端末の中の文字をなぞり続ける。
その殆どは、"報酬"の欄。
「…………」
おもむろに瞳が緩く細められる。睨むような鋭い眼差しで穴があきそうなほどに端末を注視した。
彼は全てを放り投げてまで隣を選んでくれた。
無実を証明できる機会を、太陽のもとで大手を振って歩く機会を。ありとあらゆる自由の可能性を。
自分は相手に何を返せているだろうか?
自分は相手にどれだけ負担をかけてしまっているだろうか?
尽きない悩みがぽたぽたと心に降り注ぐ。昔は殆ど揺らぐことのなかった水面が波紋を生んではぐらぐらと乱れた。
心情を表すかのように端末を持つ手が小さく震えた。みし、と機器が小さく悲鳴を上げてもお構いなしだ。
「……きっとお前は、気にするなと言ってくれるだろうけれど」
"何処でも、お前が居たら幸せだと思う。 "
鮮やかに甦る声。
声だけじゃない。肌を刺す空気も、その前に口にした甘味の味も、あの時間を形成する何もかもが脳と心に刻まれている。
「…………暁。俺も」
俺も、お前がいてくれたなら、きっと。
「──何処でも、幸せだと思う」
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