260 【身内】Secret
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これでもう、わたしを忘れないよね
これでもう、綺麗な思い出として消えないよね
────なにかある度に痛む傷になって
忘れたくても忘れられないくらい、
痛くて熱い存在になれるよね?
[ 本当にわたしが羊だったら、
本当に貴方が獅子だったら。
食べて貰って貴方の血肉になって
そしたら、好きな人の一部として生きていけて
──なんてろくでもないたられば話。 ]
[ 彼の熱芯をやさしく、柔く包み込む。
これは愛を交わす行為ではなくて、
わたしの一方通行で、彼を苦しめるだけ。
過度な愛撫も快楽も必要無い。
あくまで生理的反応で仕方なかった、って
彼が言い切れるように────なんて
加害者がせめてと与えるものなんか、
害を与えた時点で無意味か。 ]
……お兄さん、目、閉じててね
[ 挿れる、だけなら不都合ないようになるまで
熱を甘く柔く触れて、擦って、刺激を与えれば
わたしは彼の反応も見ずに己の下着をそっとズラした ]
────ッ、
[ ろくに慣らしてもいない中へ熱を入れれば
さすがに痛みが訪い、すこし眉を顰めた。
それでも人体とは不思議なもので
防衛本能で分泌される愛液が刺激を緩和し、
膣肉も広がって、熱を難なく飲み込んでいく。
───これがわたしの、望んだ形。
欲しくて欲しくて仕方なかった熱も
やっと手に入れた彼の傷も。 ]
[ 叶っていくのに。叶っているのに。
どうしてこんなに虚しいばかりなのだろう。
────どうして。
わたしは、 ]
………………っふ、あは、は
お兄さん、……だいすき
……あいしてるんだよ、本当に……
[ 目から流れたものはただの汗で、
きっと目を閉じていれば彼は気付かない。
誤魔化すように笑って、身体を動かした。
中に彼の熱を吐き出させるためだけに、
それだけを目的にした虚しい動きで。** ]
[白雪姫は毒林檎から救ってくれた王子に惚れた。
殺害を命じられても、自らが罰を受けるかもしれないのに
見逃してくれた狩人でもなく、
森の中で出会った自分の何倍も大きな姫に
衣食住を提供してくれた小人たちでもなく。
恋とはそういうものなのだろう。
ルミの人生で、自分と過ごした時間よりも
長く見知った顔もあったかもしれないが
恋をしたのは自分だった。
それ自体には何の罪もないが、
そこから王子は白雪姫の手を取ったのに対し
自分はルミの手を握ったままでいられなかったから
物語は誤った方向に進んでしまったのだ。]
[過去には自分がたくさん呼んでやると言った名前を
この10数年で口にしたことはあっただろうか。
自分の名前程人名として珍しい訳でもないが
親しくした中に同じ名前の女性はいなかった。
別の人間を「ルミ」と呼ぶことを
無意識に忌避していたのかもしれないが、
そんなことは目の前の「ルミ」の気持ちの慰めにも
ならないだろう。]
……っ、
[ああ彼女は痛かったのか。
他に誰も彼女の痛みを手当てする人間はいなかったから
自分にとって「思い出」とカテゴライズされた日々は
彼女にとってはまだ鮮明な「今」なのかもしれない。]
…………………うん
[きっと後にも先にもその呼称を許すのは彼女にだけだ。
甥が喋るようになっても「おじさん」と呼ばせる心算だから。
「お兄さん」が後ろにつくなら名前も平気な気がした。
実際には、ルミにとって初めて触れた「らいおん」が
自分の名前だったから許せただけかもしれないが。]
…………………ルミ
[所有権を否定しなかった理由を、
上手く喋れない所為だと思うだろうか。]
[生理的反応でも嬉しいものなのか。
この手は彼女を抱き締めることはなく
瞳も閉じられたままなのに。]
…………ゃめ、
[そんなことをしなくても、
1人の男と女として知り合っていれば、
今ならば思い出を今に出来たのに。]
[弱弱しい声だけの抵抗も空しく陰茎に圧がかかる。
引き攣れるような圧迫が痛くて歯軋りした。
恋ゆえに繋がりたいなら、何故その裡は愛液で
満たされていないのか。
摩擦で生じる滑りは自分の勃起と同じ生理的反応で、
まるで自らも痛むことを課しているようだ。]
………………な、 ぃて、ンの、か、
[掠れながらも口を動かして声を発する。
力を込めれば手も動かせることに気づいた。
その手を使って虚を突けば、彼女の強姦行為を
辞めさせることが出来るかもしれないが。]
[ルミの言葉はまるで本心を誤魔化すような印象を受けた。
あいしてると言いながら、相手からそう思われないことが
自分でもわかっているかのような。]
なでられ、ンのと、 …一人でっづけ、 ンの、
どっち、
[このまま騎乗位を続けていれば、徐々に感覚を取り戻している
下肢が身体的本能で放熱することは免れない。
それを阻止しようという計算からの問いではない。
ルミ自身が欲しいのは、セックスしたという事実ではないと
ルミが気づいたのではないか。
ただ、泣いている子を撫でたかった。
そしてそれを彼女にも望んでほしかった。
それだけ。**]
[ 恋は万有引力なのだと誰かが言っていた。
ツバキの花が落ちるように音もなく、
りんごの実で堕ちたように先もない。
原初の罪というものがある。
禁断の果実を齧って神に背いた二人の話。
彼らには口にせず共に在り続ける未来があったのに
罪を犯してでも手にしたい何かがあった。
それならば、この恋は。
わたしと貴方、原初の罪の
──その対価は。 ]
[ 初めて食べたアイスの甘さも。
焼き芋の舌を焦がすような熱も。
名前を呼ばれることの嬉しさも。
誰かに花をあげることの情動も。
貴方と同じ名前の生き物がいることも。
痛みも苦しみも愛しさもなにもかも。
貴方が与えて、貴方は消えた。
────忘れようとするたびに、あなたを思い出す。 ]
…………なぁに?
これでもまだ名前で呼んでくれるんだ。
そうすれば逃げられるとでも思ってる?
[ 力も抜けて上手く喋れない状況なら、
いっそわたしに絆された振りをして
隙を突いて逃げる方が現実的かもしれないものね? ]
[ 今更男と女として知り合うなんて出来やしない。
もう一度最初からの幻想は夢のまま。
出会い方が選べないなら、
手離し方は選べるのが人間だよね?
────今度はわたしがそうする番。
一緒に同じ傷を負って。
何を見ても、なにに触れても、どんな日常でも
わたしを思い出して、──死ぬまで傷の中で会おうよ。
制止の言葉は聞いてあげない。
かさぶたを剥がして傷口を抉って貴方を手にする。
夢すら果てる程に焦がれたこの結末が、
──きっと何よりも喜べるはず、だった のに、 ]
…………?
……あぁ
お兄さん、薬切れ始めちゃった……?
[ 先程よりも明確な音になった言葉を耳に入れ、
わたしは問いに答えず小さく呟いた。
視界の端で彼の手がすこしずつ動いている。
身体でも押すか、力に任せて暴れるか。
薬剤の追加投与なんて危うい真似は出来っこない。
ならばと抑えつけるために、彼の肩へ
そっと手を伸ばそうとして── ]
[ 真意が読めなくて、わたしは目を細めて動きを止めた。
滲んだ視界を晴らすように眦を拭ってから、
途切れ途切れに紡がれる言葉へ耳を傾ける。 ]
嘘つき。
そうやって、またわたしから逃げるくせに。
ストーカーにそんなこと言ってまで逃げたいの?
──殺さないって最初から言ってるじゃない。
ああもう、どいつもこいつも、そうやって……!!
[ 唇を噛み締めて、自分の腕に爪を立てた。
傷付いてくれと願った以上大差はないだろうけれど、
物理的に傷を負わせたいなんて思ってはいない。
行き場のない激情を彷徨わせながら、
わたしはもう一度、彼の顔を じ、と見下ろして。 ]
………………………。
…………逃げたら死んでやるから。
[ 目論見通りにはいかないと続けることは出来ただろう。
けれど同時に、彼の幻影を、貴方へ見ていた。
撫でられたかったわけじゃない。
そんな夢はもう小人たちの家に置いてきた。
ただ、もしかすれば、と微かな蜘蛛の糸を手繰ったの。
わたしから逃げないお兄さん。
わたしを、忘れないでいてくれる、お兄さん。 ]
[ 熱を引き抜き、けれど警戒するように跨ったままで
わたしは動向を見守った。
撫でられたかったわけじゃない。
だって、この恋が実らないのと同じで
撫でて貰えるわけがないって理解してるから。
撫でて欲しいなんて望めない。
それだけのことをしてるって、分かってるから。
* ]
[人は忘却の生き物だ。
覚えようとして取り組んだことさえ、1時間後に50%、
24時間後に70%、1か月後には殆どを忘れるという。
自分が忘れていることを詳細に覚えている彼女は、
毎日自分といた日々を思い出して記憶を定着させたのだろうか。
つきあっていた相手だって、毎日自分のことを想ってくれていた
とは限らないのに。
10数年会わない間毎日。
それはどれだけの労力だっただろう。
忘れてしまうことへの恐怖もあったかもしれない。
覚えていなくても咎める人なんていないのに、
「忘れたくない」と思ってくれていたのか。]
[片や、そんな労力も払わず思い出そうとしなかった
自分にも残っている記憶がある。
強く意識しなくても残っていたということは、
それだけ自分にとっても既に深い部分に
根付いていたということだ。
これから彼女が補完してくれれば、
もっと取り戻せる思い出もあるかもしれない。
]
[名前を呼ぶことがどうして逃げることに繋がるのか。
眉毛だけが疑問を浮かべるように動く。
騙して逃げようなんて計算が出来る男ではない。]
………………。
[痛いことに変わりはなくても、
同じ傷にはならないだろう。
だって、相手に離れられたという痛みと、
相手に恋心をぶつけられた痛みは
根本的に違うから。]
[声が震えている。
瞼はまだ重く開きにくいが、手を持ち上げられるということは
やはり薬の効果が切れ始めているのだろう。]
ぅそ、ついて、なぃ。
[本当にならなかったことがあったとしても、
その時の気持ちは絶対に嘘の心算ではなかった。]
……にげるつもり、なら。
もっと動けるよぅになるまで、待ってる。
[こんな少しだけしか動かない状態で
それをルミに明かすメリットなんてない。
動きを見せたのは、言葉と行動通り、撫でようとしただけだ。]
[ルミはどんな表情なのだろう。
目を閉じていると何も見えない。]
……ここまで生きてきたのに。
昔のぉれのことに執着して、
ぃまからのぉれはぁきらめられンだ?
[殺さない、とルミは言った。
その言葉はきっと嘘ではないだろうと今は疑っていない。
逃げたら死んでやる、とは。
罪悪感に苛まれろということか。
自分を加害した相手の自殺で此方の心が痛むと思っているのか。
忘れていたことを詰る癖、自分の中にルミを慈しむ気持ちが
残っていることを期待していないと出ない言葉だと思った。]
……まだないてる?
[摩擦がなくなり、水音を立てて外気に晒された性器が
萎れて落ちる。
二択で選んだのは、自分の望みと合致していると思っているから、
撫でる先を探してもう一度、先程よりもスムーズに
腕を持ち上げた。*]
[ あの時間を忘れて、過去の貴方を記憶に埋めて。
きっとそうするのが一番良い道だったかもしれない。
わたしは貴方を傷付けないし、
貴方も忘れた過去を思い出すこともない。
諦めるのは生きていくだけならとても楽で、
けれど選べたのは無様でも縋りつくいばらの道。
思い出すたびに惨めで痛くて腕を切った。
血を流すたびに生きている実感があって
でも、そこにはいつも、貴方はいない。
]
[ 彼の声は震えながらも、言葉の輪郭を形作る。
持ち上げられた手を見やり、動向を注視しながら
うそではないと紡ぐ声へ目を細めた。 ]
そう思わせて逃げる算段かもしれないじゃない。
[ 理性では彼の言うことが正しいと分かっている。
感情が、一度消えた相手のことを信用できないだけだ。
ちがう。
信用できないという言葉すらも正しくはない。
これ以上、期待して傷付きたくないと
自己防衛に徹しているだけ。 ]
……諦めさせたのはお兄さんなのに、
なんでそんなこと言うの?
わたしから離れて、勝手に消えて、逃げて
新しく女まで作って幸せそうで──
忘れてしまえるような昔の子どもひとりが、
…………ッお兄さんには他にたくさんの人がいても
わたしには、わたしにはずっと、
昔のお兄さんしかいないのに!!
[ どうして勝手に大人になったの。
どうしてわたしの知らない顔を他の女に見せてるの。
今からの貴方を諦めなかったとして、
貴方はわたしのモノになってくれるの? ]
[ 叶わない夢なら最初から星屑になって落ちてしまえ。
咲かない花なら最初から枯れて朽ちて消えてしまえ。
わたしのものにならないお兄さんなら、
いっそ過去に執着していた方が楽だった。
────なのに結局今の貴方の傷を欲しがっている。
相反した感情と憎悪と愛情。
矛盾を抱えていることくらい分かっていて、
途方もない夢だけは見ないように自制して。 ]
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