【人】 大富豪 シメオン[剣が灯りを弾いて中空に軌跡を描く。 決して速いだけの剣筋ではないのに、その刃を正確に追えるものは数多くないだろう。 舞う。 衣装をはためかせながら。 演奏に合わせて、あるいはまるで演奏をリードするかのように。 「ついてこられるか?」 剣の切先が女の喉元を掠める。 いや、まるで届く距離ではない。 それでも確かに女の喉元に喰らいつくような刃。 「まだだ、お前の『美』はそんなものか?」 私に見せろ、私に魅せてみろ。 私の知らないお前だけの『美』を。] (73) 2022/11/27(Sun) 20:49:44 |
【人】 大富豪 シメオン[音の一つに剣筋が一つ合わさる。 音に乗せるのではない。 音を弾くように、斬り払うやうに。 男は女の奏でる音を悉く凌駕して見せる。 一つ一つに込められた力強さも、繊細さも、美しさも。 これが剣王と呼ばれた男の『美』の骨頂。 演奏と剣舞が続く中、観客たちも気づき始める。 これは演奏に艶を彩る舞ではないと。 まるで斬り合うような二人の『美』と『美』の競演。 いや、競い合うなどという言葉では到底軽い。 まるで仇同士ご殺し合うような、まるで恋人同士が激しく愛を交わし合うような。] (74) 2022/11/27(Sun) 20:50:40 |
【人】 大富豪 シメオン[到る終局へ向かって、二人の音は激しさを増す。 だが、終わらぬものはない。 閉じぬものには次はなく 故に、それは終幕を迎えんとする。 剣が音に乗る。 女の奏でる音色に剣が美しく舞う。 美しき旋律に華を添える、美しき剣舞。 男は仮面の下で微かに笑った。 心地よい音色に身を委ねて舞う。 音の一つにステップを踏み、音の一つに剣を捧げる。] (86) 2022/11/27(Sun) 21:40:07 |
【人】 大富豪 シメオン[ ───最終節 男の剣が根本から折れる その刃が空を舞って クルクルと回転しながら街灯の光を跳ねる キラキラと美しく輝きながら それは男の足元で地面に突き刺さった それは女が最後の音を奏でると同時であった。*] (89) 2022/11/27(Sun) 21:43:27 |
【人】 大富豪 シメオン[中央広場に万雷の拍手が響き渡る。 観客の輪の中には、街の有力者から著名な芸術家、あるいは名もなき街の住民たちまで様々な人々が集っていた。 祝福の声に包まれて男はその面と被り物を外す。 そこにシメオン・ジョスイの姿はなく、誰も知らぬ男の顔がそこにはあった。歳の頃は20代後半から30といったあたり。 白い髪は老いて彩りの消えたそれではなく、美しい銀の色。 誰も知らぬと言えばそれは誤りだった。 共に美を競い音を奏でた女ならば、確かに見たことがあるはずだ。>>1:13 そしてもう一人、その姿を知る者がいるとするならば、かつて親友だった男を創造主としてその姿形を写した者だろう。 観客たちは知らない。 故に、奏者と剣士の二人ともがジョスイの見出した秘蔵っ子だと思っただろう。 だが、それでいい。] (101) 2022/11/27(Sun) 22:31:20 |
【人】 大富豪 シメオン[止まぬ拍手、そして祝福と称賛の声。 男は観客に向けて礼をすると。 女の方へと近づいていく。 その足取りは覚束ない。 さっきまで美麗な剣舞を披露した者とは思えぬほどに。 顔は青ざめ、玉のような汗が引っ切り無しに顔を伝って落ちていく。] …………… [口を動かそうとしてそれは声にならない。 けれど、男の表情は穏やかだった。 そのまま女の目の前で膝をつく。 まるで女に向けて跪くかのようで、狂騒の中にある観客の誰も男に何が起きているのか気づいていなかった。*] (102) 2022/11/27(Sun) 22:31:59 |
【人】 大富豪 シメオン大丈夫だ、 ……年寄りの冷や水というやつだな。 今すぐ死ぬような訳ではない。 [女が触れた男の体は高熱を上げていた。 そして、若く美しかった顔は見る間に肌は弛み皺を刻んでいった。 それは確かに女の知る男の顔で、だけどそれよりもずっと老いて見えたことだろう。] 自慢の顔だったのだがな。 [男は肩で浅く呼吸をしながらそんな軽口を叩いた。] (108) 2022/11/27(Sun) 23:14:43 |
【人】 大富豪 シメオン[年齢にしておよそ30。 全盛期の肉体を取り戻すにはそれだけの年月を遡らなければならなかった。 だが、失った時間を取り戻す方法などない。 それは神の定めた摂理に反すること。 もしも魔女ならばもっと上手くやる方法をしっていたかもしれない。 もしも会えていたのであれば、事も無げにそれが可能だと伝えられたのだろう。>>68 しかし、不運にもその歯車は噛み合わなかった。 だから男は危険な方法を取った。 とある辺境に伝わる薬と魔法による肉体の若返り。それも長くは持たない上に、体に大きな負担をかけるという余りにも割に合わないものだった。 それに……男の体は病魔に蝕まれていた。 そうと気づいた時には、病巣は全身のあちらこちらに転移しており、完全に治癒することは難しかった。 若返りの秘術はその病魔をも活性化させてしまうのだった。] (109) 2022/11/27(Sun) 23:15:02 |
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