>>36>>37ナディル　（返信）

　「構わねえ。俺はすでに一度死んだ」

　「もう一度死ぬとしたら、それこそが本望の死だ」

無数の生死の反転の果て、必ず負ける時が来る。
けれどそれは前世のように、
拳で相手の尊厳を奪い続けてきた末路ではない。

鎖を共にする彼らが俺に教えた。
戦う術を持たない弱き者にも、生きた尊厳があることを。

　「闘う理由。……実は、他に出来たんだ。
　　"無敗"は絶対条件じゃなくなった、それだけの話さ」

>>45続き

願いは聞き届けられ、"無敗"の加護が消えた。

自分の身体には、何の変化もない気がするけれど。
目の前の精霊との距離は、変わった気がした。

　「うぉ────し、勝ってやらあ！！！」

　「ナディルに悪気とか裏とかないのは分かってっから。
　　俺が勝手に変わっただけだから。気にすんな」

気合十分、とグラスに残った酒を一思いに飲み干す。

>>46続き


"器"にしては気持のこもったような呟きが聞こえた。

　「……ナディル、さっき言ってなかったか？
　　"お前に望むことは何もない"って。
　　でも今の呟きは────望みと受け取るぞ、俺は」

心配そうな顔をするナディルの横で、
俺はカラになったグラスを卓にかつんと置いた。

　「俺はお前の望みを叶える。

　"できるだけ長く叶え続ける"最後の一瞬まで生き抜いてやる。

　　俺はジンじゃねえからそういう言い方になるけど、許せ。
　　────約束、な！」

不安を感じさせない雰囲気で、笑いかけた。

雨が降っていた。
砂漠に降る雨は恵みとはならず、全て砂地に沁み落ちる。
森の中では木々の葉をほんの少し湿らせ、
渡る風の温度を幾分か下げた。

ひんやりした空気の中で
遅い午睡を貪っていたナディルは
遠く微かに聴こえる聖歌の音色に薄らと半醒した。

覚めやらぬ微睡みのなかで
サーリフの歌声であることを知覚すると同時に
彼が何処に居るのだろうと思い馳せ、
『自分が聴こうとしているから聴こえる』
ということに気がついて、ごろんと寝返りをうった。
　

目を閉じたまま、大きく溜息をつく。

呼べば来る、と言っていた。
呼んでみようか。
いややっぱめんどくせぇな…。

「おはようございます。」

───は？

咄嗟に見開いた目に、
寝顔を覗き込むサーリフの笑顔が映った。

「おま、っ……、なにして……」
「呼びましたでしょう？私を呼びましたよね？」
「いや呼んでねぇし！！！」

慌てて起き上がり、思わず正座する。

「さて、ナディルさん。お説教の時間です。」

にっこりと微笑む片翼の天使からは
勿忘草と雨の匂いがした。

短いような長いような煉獄の日々に、
俺は天使とともに思いを馳せる。

しかし、そう。砂のように時は刻々流れてゆく。
誰にも止めることはできない。

感慨深い。別れを惜しむ。
そういう感情が俺にも少しはあることを自覚した。

別れる寂しさはどうしようもない。
顔を曇らせ、それでも前を向き立ち上がる君。
片翼だけれども俺の目には両翼が映っている気がする。