203 三月うさぎの不思議なテーブル
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[ お茶をときどき、傾けては、
ふわふわのたまごの中、もぐる具材に
感動してみたり。
ちまちまと食べ進めていた炊き込みご飯は
じっくりと時間を掛けて、頂いた。
最後のひとくち、にたけのこが
残ったあたり、好きなものは最後に
食べる方、を体現していたことだろう。
それも食べ終わってしまったなら、 ]
……なくなっちゃった
[ 珍しく、さみしげな顔を見せただろう。
それくらい、美味しかったということで、
しかしそれも、タルトが差し出される
までのこと。 ]
[ その日、初めて俺は一言断りを入れて、
その皿に、スマホを向けた。
その時仕入れた最高の食材を使った
とっておきの料理を食べる、がこの店の
最大の、目玉と思っている。
いつ頼んでも作ってもらえるかどうかは
素材の機嫌次第と、知っていたからこそ、
約束を意味するように、飾られた
その皿を、今日の日という日付とともに、
残しておきたくなってしまったから。 ]
……誰かのこと、何も言えないな
泣いてしまいそうだ
[ 守れた約束が在る、
守れなかった約束も在る。
これから先も、叶えたい約束がある。
叶えて欲しい、約束がある。 ]
[ それを思えばこそ、写真に残したいし、
食べるのを躊躇う気持ちを払拭したかったから。
いついつまでも眺めているなんて、
作った側の本望ではないだろう。
それでも、やっぱりどうしても
最初の一口は、描かれた四葉を避けて
フォークを入れた。
いつだって思えばそう、口にしていたけれど
それでも今日ほどの、熱量はなかっただろう。 ]
……幸せの、味がする
[ ゼラチン質の白と、瑞々しいマンゴーのオレンジ
クコの実の赤がまた、彩り華やかで。
それを囲う甘い茶色が、額縁のように、
そのタルトを飾っていた。
マンゴーの香りに、さっぱりとした杏仁豆腐の
甘さが心地よく調和して、くどさを感じさせないまま
最後の一口まで、導かれていくようだった。 ]
[ タルトの生地に絡むチョコレートがまた、
絶品で。胃袋だけじゃ飽き足らず、
心まで掴まれているというのに、
これ以上どうしろというのか。
名残惜しい最後の一口をゆっくり運び、
少しぬるくなったお茶を流し込む頃、
諸事情によって、席を立つことになっただろうか。 ]
また。
[ 店に足を運ぶことの意味も込めて。
そして、待ち合わせの日の意味も同時に。
急になにか変わることも、変えられることもないので
いつも通りに、会計へと向かっていった。* ]
―― 約束の日まで ――
[ 仕事帰りの日、いつも世話になっている
バイク用品店に顔を出した。
――タンデムシート、持ってなかったもので。
たしか三代目の愛車を購入したときに、
勧められたのだが、
乗せる相手いないんで、とざっくり
断ったため、改めて探しに来たというところ。
一時間半は決してバイク乗りにとって
長い時間ではないけれど、初めてなら
なるべく衝撃の少ない方が楽しめるだろうし
……これから何度も、使うだろうし。
メットは予備というか気分で変えてる
うちのどれか、で良いだろう。
――と、思ってたんですけどね ]
なにこれいいじゃん
[ 強度も問題なさそうな、ネイビーのそれ
バックの留具付近にはウサギのマークが
散っている。 ]
これもください
[ 即決だった。
――相当浮かれてんだよ、俺。
決して現役時代のような、年収ではない。
それこそ、週に二度、好きなものを好きなように
外食できて、年に何回か愛車のメンテするのを
全く戸惑わず行える程度、それってほぼ一般の方と
変わらないと思うのだが。
反響に寄る臨時収入が、浮かれた俺を
後押ししたもので。
結局、新品のヘルメット一つ、
俺より愛車に詳しい店主に寄って選ばれた
シートを購入し、その場で取り付けてもらう
ことにした。
ついにお前も女乗せるのかと揶揄う店主に
うっせーよ、と笑って、店を後にする。
約束の日までは、あとどれくらいだっただろうか。** ]
[炊き込みご飯を出した後は、少し話せたかどうか。
一皿ずつ味わうように食べていく所作を
時折視界の端に入れながら、
『お父さんごっこ』を続けていたかもしれない。
連絡先の話が出た後は、
妙に口数が少なくなったような気がするのは
気のせいだろうか?
やっぱり撤回とか、言い出したら。
ああ、そうだったのか。と返す他ないけれど。
そう、考えた時。
ちくんと、どこかが針を指すような感覚。]
……――?
[胃の辺りを抑えて、小さく首を傾げる。
痛みの原因は、目が充血したときのように。
何が起因か解らなくて。]
[一瞬感じた痛みはすぐに消えていく。
慣れないイヤーカフのせいかもしれない。
気を取り直して、デザートを差し出した。
写真の有無を聞かれたから。]
どうぞ。
[神田は毎回のように撮っているし、
同じようにSNSが当然の社会になっている今、
写真に撮りたがる人は多い。
ただ、高野がカメラを向けるのは少し珍しい気がした。
プレートに描いたクローバーに落ちる視線。
料理の下に隠したものを見透かされたようで、
少し居た堪れなくなってしまう。]
[泣いてしまいそうだと零した音は、
微かに震えたような気がした。
その音に、ぎゅっと心臓を掴まれたような。
そんな心地がした。
先程感じた微かな痛みよりも確かな痛み。
なのに。
それを皮切りに、――――鼓動が跳ねる。]
[描いた四葉はほんの思いつきだった。
そのとき、無意識に頭に浮かんだものを。
ただ、良いことだと思って、描いて。
喜んでもらいたくて、提供しただけ。
だけど、妙に心が騒がしい。
フォークをタルトに差し込む姿に
思わず視線を外してしまう。
イヤーカフで隠れた耳朶が熱を持って、
うまく呼吸が出来ないみたいに、
隙間を作って、解けた唇が酸素を求めるみたいに。
ほつりと落とされた感想が。
また、胸を苦しくさせるから。
カッと熱に染まっていく頬を腕の甲で表情を隠した。]
[そう、顔を隠したまま。呟いて。
逃げるみたいにオープンキッチンから離れた。
胸が焼けるように熱い。
急に沸騰する湯沸かし器みたいに。
店内でこんな動揺を見せたのは、初めてかもしれない。
どうして。急に。
こんな。知らない。
何。
纏まらない思考が落ち着かない。
さっきまで普通に話せていたはずなのに。
]
[その後は、彼から距離を取るように。
厨房の仕事を進んで選んでいたかもしれない。
同じ頃に来店した葉月の酔いが回って
彼の対応する高野が退店間際にも。
挨拶のために待っていてくれた時も。
妙に、視線が合わなかったかもしれない。]
……また、お待ちしています。
[絞り出せたいつもの挨拶。
それが、出来ただけでも褒めて欲しい。]
[それから、少しだけ時間は掛かったけれど。
『約束』を交わした住所は、
無事、高野のもとに、送られることになる。**]
[誰かと付き合ったことがない、訳じゃない。
告白されて、付き合ってくださいと言われて。
じゃあ、と付き合ってきた子たちは、
俺よりも背が低い女の子だった。
学生時代を経て、社会に出てからもそれは変わらない。
いつか男から男への告白のシーンを見た時も、
そういう対象の人もいるのか、と。
どこか他人事のように思えていた。
あれは、結局俺の勘違いだったようだけど。
『デート』と銘打った次の約束。
家の住所と、最寄り駅を送ったメッセージ。]
[彼が誘った意味には、
俺が女性に抱いてきたような。
『抱きたい』とか、もしくは。
『抱かれたい』とか、
そういう感情が含まれているのだろうか。]
[ベッドに転がって、スマホの液晶画面を撫でる。
指紋を認証して開かれる画面。
いくつか、操作をすれば。
やり取りしたいくつかのメッセージが並ぶ。
あの時、感じた熱みたいな感情。
数日、時間が経てば落ち着いてきたけれど。
ああ。
もし、それを言葉にするなら――、]
…………――――、
[ぱたり、スマホをシーツの上に落として横になる。]
―― ちなみに、 ――
[俺に大きな息子ができて、
胸が妙に騒がしくなったあの日、
何やら物言いたげな大咲を見つけたなら、]
……大咲も混ざりたいの?
[可愛い妹のような大咲が、
それはまた可愛らしいヤキモチを焼いているとは、
気づけなかったけど。
聡い彼女に機嫌がいい理由を指摘されていたら、
それはとても動揺しただろうから、
口に出されなくて良かったと思う。**]
[ 送られて来た住所。
家の近くでも、近くのコンビニとかでも
良かったわけだけど。
自分を狙ってる男、すくなくともそう取れる
言葉だったと思うし、彼も承知してるだろう。
に、無警戒に住所、送ってくるの
少し驚いた。
たしかにあの時住所とは言ってたけれど
最寄り駅でもコンビニでもわかりやすい
目印があれば事足りたのに。
調べれば自分の家からはバイクで
二十分程度、と言ったところか。
送られたら送り返す、って決めていた
わけではないけど、いつもそうしていたから
自分の住所も送り、ついでに
『機会があったら遊びにきて
何も楽しいものはないかもしれないけど』 ]
[ と添えておいた。さすがにここに下心の文字はない。
あまりにも直球なので。どうみてもそうにしか
見えないので。
ないかあるかでいえば。
そら、なくはないのだが。
ルームシェアをしているような家と比べれば
狭いだろう俺の住処は、
住宅の多い地域の駅近くのマンション。
現役時代から使っている部屋。 ]
[ 思いを告げたとはとても言えない、
お粗末な言葉を投げかけた日、
沈黙が多くなってしまったのは、
照れていた、というのがまずいちばん。
そして過ごした中で一番、
愛おしい夜だったから。
その日の食事の内容は
忘れることはないだろう。
どれも、本当に美味しかった。
常ではない相手の姿に、
戸惑う気持ちもあったのだが。 ]
[ もし、よく考えた結果、
これから先、何かを変えるのも
俺が変わってしまうのも、嫌になって
しまったとしても、
この日のことが、嫌な思い出だけに
なってしまわないよう、振る舞った。と思う。
でもきっと、そういう類のものではない。
それはただの勘とか、予感めいたもの。
あの言葉の意味と、
逃げるように去っていったことについては
わからないままだった。
帰り際、いつものように、またと
言われた時、目線が合わなかったことには
残念に思ったけれど ]
………男から好意寄せられてますって
だいぶ、あれだろうし
[ そうやって自分を納得させることにした。 ]
[ それからいくらかメッセージのやり取りは
あったし、一度くらいは、
お店で会うことも、あったはず。
ところで、俺は諸々開き直っているので、
迷惑にならない範囲で――
あの彼、男に言い寄られてるわ、
迷惑してるのかしら
と思われない程度に
――好意も隠さなかった。
『楽しみだね』
『天気予報では晴れるみたいだ、嬉しい』
『眠れなくてぐだぐだしそうだから
いっそ、さっさとベッドに入ることにする』
等々。まだいくらもあるかもしれない。
それが単なる友人に向けたものじゃないことは
君だけが、知ってくれればいいので。 ]
―― 遠乗り日和 ――
日頃の行いかな
[ それはどちらの、か。
『時間通り到着しそうだよ』の連絡は既にした。
約束の時刻は午前中。
シートに加えて二人乗りに必要なものは
すべて揃えてあるが、それでも少し緊張しつつ
グローブを外し『着いたよ』の文字を打ち込む。
如何にも、なライダースタイルよりかは
幾分か、軽装で。
持ち物は、財布、スマホ、それから
安全運転に気をつける心。
目的地までのルートは頭に入っている。
もう何度も通っている道だからね。
愛車も昨日念入りに、磨いてある。
黒の、アドベンチャー。
スズ○の隼に近いもの
――あんなに高級車ではないけどね。
]
おはよう
……なんかこの挨拶、新鮮。
体調、万全?
[ やがて待ち合わせの相手が現れたなら
挨拶と、体調の確認を。 ]
いい天気だよね
メット、つけたことある?
[ 問いながら、新品のヘルメットと、グローブを
手渡し、装着方に難色を示すようなら
手伝いを申し出て、 ]
不安があったら教えてね
声は、聞こえないかもしれないから
どっか叩くなりして。
[ 乗り方もわからないようなら指南して、
準備ができたなら、 ]
……わりと夢だったんだよな
いこうか。
[ そう声を掛けて、出発しよう。* ]
―― ラジオ局 ――
こんばんは、高野景斗です。
少し暖かくなりましたね。
そうそう、今日誕生日のスタッフがいるんです。
音響の牧野さん、それから今日お誕生日の皆さん
おめでとうございます。
ケーキとか食べるのかな?いいね。
私も最近、一生忘れないだろうなってくらい
おいしいタルトを頂きました。写真はあるけど
見せません、私だけの宝物です。いいでしょ。
この時間に食べ物の話って、NGかもしれないけど
たまにはいいんじゃないって無責任なこと
言っておきますね。
最近ずいぶん暖かくなり
梅の花が見頃らしいですね、
もう少しで、桜も見頃でしょうか。
[ 今日も今日とて、恙無く仕事は進行している。 ]
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