162 【身内】奇矯の森【R18G】
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その言葉は、最初、誰に向けられたかすら分からなかった。
近付いてきたその姿に顔を向けて、そして。
「いっ……!?」
ガツ、と被っている骨と自分の頭蓋骨が鳴る。
ぐわん、と頭が揺れて、その外側にはヒビが入っただろう。
からん、からん、と。
被った骨の間から、宝石のような赤い結晶
が転がり落ちた。
ガンガンと音のような鈍痛を伴って揺れる頭に、もう一発。
避けることなんてできない、視界が悪いから。
なんで俺がやったと思うんだ、決めつけるんだ、って、弁明する時間すらない。
理由が知りたかった。多分もう知ることもないんだろう。
その場に膝をついて崩れ落ちる。
ぼろぼろと赤い結晶を落としながら。
落ちる結晶は止まらない。次第に、粒も大きくなっていく。
何も言わなかった。
どうせ信じてくれないだろ、この様子じゃ。
ーーー頭殴っておいて何か言えとか、無茶振りにも程があるよ。
言ったって、今火に油じゃん。
何言ったって、じゃあ、この傷は治るのか?こんな森の中、こんな体質持ちで、医者だっていないのに?
もう戻らないよ。何を言ったって。
三発目は別の方向、別の角度、別の高さから。
バコ、と大きな音が鳴って被っていた骨が割れきった。そのまま、膝ですら立っていられなくて、横に床に倒れた。
誰にも見せたことのなかった骨の下。
右目がなくて、血色の結晶が眼孔から突き出るように生えていた。
今まさに殴られていた箇所からも同じ結晶が育っていて、血飛沫の代わりにバラバラと飛び散った。
初めて見せる表情は、うっすらとした笑みだった。
苦しげに眉を寄せ、脂汗を掻き、自分を害する二人を見上げて。
疑われるような自分に対する自嘲と、寂しさを浮かべて笑っていた。
ーーーなんでそんな顔してるんだろなぁ。
俺だって思って、凶器を振るったんだろうに。
嫌いな、憎い、許せない俺がいなくなるんだから、喜べばいいじゃん。
思うんだ。思うけど、他人事みたいに声が出ない。
いくつか何か聞こえてきてたけど、見上げた先の二人が気になる、今は。
花瓶を振り上げた姿が、辛うじて見えた。
「ひ、とごろ、
しっ、
」
たった一言。全て通して、たった一言。
その一言を言うだけのために、喋る気力をとっておいたんじゃないかと思えるくらい。
でも、その声には誰を責める言葉も含まれちゃいなかった。
なんなら、やっぱり少し笑っていた。
きっといつも、悪戯されたりつまみ食いされたり、何か頼み事されたり、そんなときの「あー、もー」くらいの。
だって、だって、君たちはこの先も生きていかなきゃならないから、こんなことは許されたと思って、さっさと切り替えて忘れて
俺なんて捨て置いて。
そして。
ぐしゃ、と頭蓋が鳴いた。クローディオ本人の骨の音。
たくさんの真っ赤な結晶を撒き散らして、ーークローディオは動かなくなった。
ーーー気が付いたら、庭にいた。
いつもいた、畑の前にいた。
……サクッとあっさり逝けないくらい未練があったのか。笑えてしまう。
割れてしまったはずの骨の頭も戻っているから、表情なんて見えやしないけど。 どうせ誰も見ないだろうけど。
そんなに未練があったのに、抵抗もせず一言以外何も言わなかったのは。無意味としたのもあったけど。
「……アイツら、気に病んでないかなぁ……」
加害者二人が、先に害意を示してしまったから。
クローディオを殴ってしまったから。
何か言って、彼らがその場で間違いに気付いたら?
殴った事実も狂気も、消えやしないのに?
だから最後に間違いを指摘して咎めて、その中に俺は許すよって気持ちだけ込めて。
それだけが精一杯だった。
青々と、野菜が育っている。
葉が、茎が、風にそよいでいる。
でもそれに触れることもできない。
「なんにもなくなっちゃったな」
庭へ、出てくる。
頭の骨の割れて外れた、抜け殻になった身体を抱えて歩く。
引き摺るように歩くリーディエが先導。やがて彼女は、目に付いた大きなスコップを手にする。随分と、不似合いな。
二人だけの葬列。時を前後するか、見守る者がいるかは、知らない。
無意味な謝罪の音を垂れ流す。
だって、同行の彼女は許さない。
一番伝えたい相手には、伝わらない、筈、の。
畑のそばにずっといた。だから、庭から音がするのはすぐにわかった。
歩くのが少し難しい。ふわふわと浮いてしまいそうで。
そして向かった先、自分の死体と二人の姿を見る。
あぁ、そのスコップ、リディには大きいって。
指、痛めちゃうよ。折角綺麗な手なのに。
ユングだって、いいのに、俺重いだろ。
あぁでも、邪魔になるか、そんな身体でもきっと皮膚と肉は腐るものなぁ。
届かないと思っている。だから、思うだけ。離れた位置から二人を見て。
「……別に、いーのに」
君の発した謝罪の言葉に、思わずぽつりと声が出た。
「……………」
「死ぬってこんな感じなんですね〜」
*のんきでした。
自分のそれを見る前か後か。
分からないけど、随分呑気な声が聞こえて、勢いよくそっちを向いた。
「フィラー!?」
なんで。
……なんでって、そりゃ、答えは一つしかないんだろうが。
「………………?」
「……………………」
*電球の彼は、あなたを認めて。
「…………………」
「
死んでも幻覚って見えるものなんですね〜
」
*察しがとても悪いようでした。
〔▙ ▜▓▗
_ よくない……っ〕
思わず、聞こえた声に反論を。
それから、きょろきょろ、と周囲を見回して。
それから、腕の中の兄の抜け殻を見下ろす。
フィラメント
「………幻覚じゃないよ」
いや、じゃあなんだと言えば、幽霊とか言うしかなくなるが。
幽霊だよって自分で言うの、なんか違くない?
全然現実的じゃないし。
「なんでフィラーも死んでんの」
素っ気ない物言いは死んでも治らなかったらしい。
ユングフラウ
「…………ん?」
聴こえるとは思ってなかった。
こっちではなく死体の方を見るのは少しだけ寂しいが、気付くまでは教えないでおいてやろうと。
「いーんだよ。
……や、俺より怒ってるの、いるだろうけど」
改めて、謝罪はいらないと告げる。そして付け足した。
あんなに怒ってくれた、すぐそこにいるリーディエの思いを知っている。
だから少しだけ歯切れ悪く。
「あ〜……現実逃避してはみましたが、なるほど」
*何がなるほどなのでしょうか。
*うんうんと頷いてから、あなたに向き直ります。
「犯人に殺されちゃいました」
*こっちはこっちであっさりでした。
「………満足してなかったんだ」
殺す理由がわからないから、もしかしたら表現が違うかもしれない。
でも、主人を殺すだけじゃ済まなかった、ということなんだろう。
「誰、って聞いていいやつ?」
こっそりでもいいよ、と耳を差し向けてみた。
耳とはいっても骨に覆われているわけだが。
クロ
一瞬足を止めたリーディエ。だけど、一言口を動かして、それからまた歩み出す。
取り残されるように立ち尽くして。
おかしくなっちゃったのかな。
疑問符のついた声が、妙にリアリティを感じさせて可笑しくて。
〔▙ ▜▓▗
_ だからって……クロが責めない理由に、ならない……っ!〕
幻聴の君かもしれないけど、交わせるなら言いたいことが沢山あって、流れ出したら止まらない。
〔▙ ▜▓▗
_ 許さないでよ……痛かったハズの、君が……!悔しかった筈の、君が……
僕が、下手くそだったから……引鉄を、引いちゃったのは、僕でしょ……〕
〔⿻▫__ じゃあ、どうすれば良かったかなんて、わからないけど……〕
〔▙ ▜▓▗
_ 教えてよ、クロ兄…… 僕達、これからどうすればいいの……?〕
〔▙ ▜▓▗
_ ごめんなさい、ごめんなさい……〕
ユングフラウ
リーディエには聞こえないらしい。きっとそれが当たり前だ。
けれど、リーディエにだけは聞こえない方がいいだろう。きっともう一度辛い思いをさせる。
「そうだな」
一言。君の溢れる思いに、まず返したのはたった一言。
「死んだ人のために出来ることなんて何もないよ。
だから俺も、生きてるみんなのために動いたつもりだったよ」
少し長めに喋って、休む。長く沢山話すのは苦手だから。
「まぁ、そう。ユングのことはずるいなぁって思ったけど。
嘘はつくなよ、誰のためにもならないから。ワルゴがすごく怒ってたから、ちゃんと説明しろよ、手遅れになる前に」
君のためにも、家族のためにも。
生きていても死んでいても、あんまり変わらないかもしれない。だってほとんど動きも表情も分かりにくいクローディオだから。
「生きてる人のために、死んだ人ができることも、ないよ」
「でも、生きて。生きろ、ちゃんと前見て生きろ、俺が違うよってことだけユングには教えてあげるから」
はー、と息を吐く。こんなに喋ることなんてなかった。
死んでからの方が喋ることが多いとか、笑い話にもならない。そこでちょっと黙った。
「ふむ、そうですね〜」
「教えてもいいのですが」
*人の顔でいう顎の部分を撫でながら考えます。
*ふむー、と一息。
「恐らく、すぐに分かると思いますよ」
「メモは遺しましたが、それとは別に遺したモノがありますから」
「見守っていれば、わかりますよ」
「……ふぅん?」
見守るつもりはあった。というか、だから未練がましくこんなふうに残ってしまったのだと思っている。
骨の頭の表情は変わらないが、どこか悪戯っぽく語尾を上げて。
「わかった。じゃあ、見守る」
クローディオ
「ええ、そうしましょう」
「皆はきっと、気付いてくれるはずですから」
「…………」
「これで何も気付かれなかったら、私めちゃくちゃ恥ずかしいですね〜!」
*締まりませんでした。
フィラメント
「……フィラーは俺と違って一言多いんだよなぁ……」
なんとも言えず気の抜けた声で呟いた。
クローディオ
「クロは逆に言葉足らずなところがありますからね〜」
*言わなくてもいいことを言うところは、死んでしまっても治らないようです。
「……でもまぁ、これでもそこそこにはショックなんですよ」
「色々と可能性は考えていたのですが、どれもこれも杞憂であって欲しかったんですよ、私は」
「館の中に犯人なんかいなくて、物取りや異常者の仕業であれば、それが一番良かったなんて、思っていたのですがね」
*ですが、それは。
「……夢っていうのは儚いものですね〜」
フィラメント
「……それはそうなんだろうなぁ。だからこのザマだよ」
死んだって性質は変わりっこないみたいだ。お互い。
「夢なんてみても楽にはならないからね」
恐らく家族の中で最も現実的で夢がなくて、浪漫もないクローディオだ。期待してないってことでもある。
「みんなそう思っただろうな。でも、殴りかかってくるくらいにはみんな夢見てられなかったんだ」
クローディオは、ずーっと、
「みんなこれからちゃんと生きられると思う?
解決して、ちゃんと寝て飯も食ってさ。ちゃんとおっきくなれるかな」
先の現実ばかりを見ている。もう自分のこの先はなくとも。
クローディオ
〔▙ ▜▓▗
_ ぅ……うん。〕
飾り気の無い肯定に、らしいなぁって。
痛いような呻きを上げながら、ほっとしたような返事。
〔▙ ▜▓▗
_ ワルゴ……に……ぁぅ、そうします……。〕
思わず言葉が畏まってしまったのは、正しい説教だなって思って。
こんなことになっても、なんか変わらないなぁって泣き笑いのような変な顔になる。
〔▙ ▜▓▗
_ うん……うん……。
クロ、まだ、居てくれる? ずっと……僕たちと一緒に。〕
教えてくれるってことは、見ててくれるってことなのかなって都合よく解釈して。
そもそも、貴方の声が聞こえる理屈もよく分かってないのだけど。
死者に喉は無くても心はあるから、だからこその体質による混信かもしれない、なんてのはきっと、後から至る推測。
〔▙ ▜▓▗
_ あ、リディ…… 待って、待って……っ!〕
すっかり距離が離されてしまったことに気がついたなら。
今は貴方の願いに従うように、生きてる姉の方へと駆け……るには貴方の身体は重いな。のたのたと追い掛けて行くだろう。
クローディオ
「……ふぅむ、どうでしょうねぇ」
*電球の彼は、頭を少し明滅させます。
*さて、どうだろうかと。
「……私やクローディオであれば、割と図太く生き残ったと思うんですけどね〜」
「死んじゃいましたけど」
*やっぱり一言多いです。
「……しかし、そうはいかない子もいますから」
「特に、モノオキやワルゴはとても心配です。
……誰か、導いてくれる子が一緒にいてくれればいいのですが」
*誰もが一人で生きていけるとは、とても思えませんから。
*せめて、ここで生き残ったあと、誰かと一緒に生きてくれればと願うばかりなのです。
ユングフラウ
「うん」
そうします、って素直に言うならそれ以上は言うことはない。
自分が死んだ引き金になったとか、そういうことを責めるつもりも咎めるつもりもなかった。
「さぁね。わかんない」
いるつもりだ。でも、ずっとかは分からない。
変な期待を持たせるわけにもいかない。だから先にすっぱりと。
「でも見届けるつもり」
そんなふうに付け足して。
あぁ、やっぱり重いよな、とか思いながら。
でも、しようと思ってここまで運んでくれたものを、やんなくていいよとはどうしても言えなくて。
ただ見送る。見送った。 離れた場所から、見ているだろう。
フィラメント
「俺もそう思う。図太いやつから死ぬなんてなぁ」
死んだ本人だからなのか、あんまり気にせず不謹慎を宣う。
生き残ったみんながか弱いとか、そんなことは思ってないけど。でもやっぱり心配だ。
「……誰も死なずに済む方法、あればよかったんだけどな」
主人が死んだときに、もうその方法はひとつもなくなっていたんだろう。
「俺は、ハグとかタンジーが心配だよ。あいつら、幼くはないけど繊細だから」
クローディオ
「犯人さんがコレに及んだ時点で、誰も死なない選択肢は無かったのかもしれないですね」
*電球の彼は、少しだけ灯りを落とします。
*犯人が決心した時点で、自分はもはや無力だったのだと改めて思ってしまって。
「ハグとタンジーも、そうですね。心配です」
「………………」
「もしかして我々死んでしまったの、まぁまぁ宜しくないのでは?」
*そもそも誰であっても、死んでしまうのは宜しくありませんが。
フィラメント
「そうかもな。……なんでこんなことしてるのかなぁ…」
どうにもできない。できなかった。
どうして、との理由は分からないまま。疑心暗鬼で自分だけが死ぬならまだしも、フィラメントまで殺されてしまったのは何故だろうと。
「まあまあよろしくないよ。
図太くて冷静そうなやつから狙って死なせてるならどうしようってくらい」
その方が犯人的には動きやすいだろうし。
……必然的に、犯人は自分達より図太くない、という話になってしまうのだが。
「大丈夫かなぁ………」
犯人も含めて。
「……不安ですねぇ」
*不安でした。
「とはいえ、もう私達にできることはありませんからね」
「動向を見守って、――祈るしかないでしょう」
「もしもまた誰かが犠牲になったら、アフターケアに回るのも私達の仕事でしょうかね〜」
フィラメント
「……フィラーは?」
アフターケア、の言葉を聞いてふと。
呑気に言葉を紡ぎ、図太いだなんて言ってる君だけど。
本当に?大丈夫だろうか?
じぃ、と骨の頭が君の方を見る。
「私ですか?」
*ふむ?と考えます。
*どういう意味だろうか、――ああ、と思い当たったようです。
「ん〜、そうですね〜。
主さんの遺体を見た時はそれこそ取り乱しましたが……、というか、あそこで取り乱さない人はいないと思うんですが」
「起きてしまった事は、もう戻らないものですから」
「私達が、何かしらの理由で捨てられたのと同じように」
「ですから、さっさと切り替えたのでそうダメージはありませんよ。いや悲しいのは間違いないのですが」
*ここでひとつ、拍を置いて。
「あそこで冷静さを失っては、"その後起こり得る事態"に対処できませんからね」
「それにそうですね、もし"更にことが起こる"のであれば、私は早い段階で犯人さんに殺されてそうでしたし」
「そこそこ想定内ではあったので、その辺も含んでダメージは大したものじゃないですよ」
「……冷静だなぁ」
最後まで聞き終わってから、感想を一言。
自分よりよほど冷静だ。クローディオは現実的なだけ。
「でも、裏切られるの、辛いじゃん」
自分は疑われて殺されたけど、君は明確に裏切られて殺された。
冷静でも、ダメージは大したことないと言っても、きっとそんなことないだろう、と思った。
「血が繋がってても裏切るんだから、血が繋がってない俺らが裏切り合ってもおかしくはないけど」
辛いものは辛くない?と。
だからといって、慰め方も分からないけど。
「………」
「これは裏切り、なのでしょうかね〜」
*ふと、そんなことを口にします。
*努めて、いつもどおりの口調です。
「疑問点は、色々とあるのですが」
「"ソコ"が一番、分かりません。
――これは、本当に裏切りなのでしょうか」
「生きている間も、ずっと考えていたのですけども」
「……理由はなんだろう、って、俺もずっと考えてたけど」
同じく、特に口調は変わらず。
「裏切りじゃないとしたら、フィラーのことを思って、フィラーを殺したことになる」
「……そういう場合って、あると思う?」
主人を殺した理由も分からないけど。
フィラメントを殺した理由は、もっともっと分からない。
「う〜ん、そうですね〜」
*電球の彼は、再び小さく明滅します。
「理由は、考えてもきっと分からないのですが」
「――事が起こった原因を考えることはできます」
*電球の彼は、人差し指を立てました。
*ちょっぴり偉そうです。
「まずひとつ、事の原因の前に」
「この犯行は計画的なものではない、と思われます。
衝動的なもの、なのでしょう」
「……衝動的に、主さんを殺す理由とは、なんなのでしょうか?」
*人差し指を、ゆらゆらと揺らします。ウザいです。
「……ところで、主様の死んでしまう数日前に、お客様が来ていましたね」
「――それを理由とするのは、焦燥ではあると思いますが」
「衝動的にあのようなことを行ってしまう、"普段と違う事象"は、あれくらいしかありませんでしたね〜」
「原因」
理由ばかりを考えて、原因を考えたことはなかったな。
きっかけ、というべきか。
「計画的じゃねーなってのは分かるよ、そうならあんな殺し方も、殺したあとそのまんまあんなふうに残したりもしねーだろうし」
うん、と頷いた。
が、それはそれとして指はなんかちょっとイラッとしたので
パシッと掴みにかかる。成功しても、掴むだけ。
「……お客が原因の可能性があるってこと?」
多分、フィラメントとの会話が一区切りついてから、のこと。
ふと、屋敷の窓を見上げた。そして、自分の部屋を見た。
「ちょっと、行ってくる」
この状態で、用事があることなんて滅多にないとは思うが。
言い残して自室へ向かう一幕があっただろう。
ドアに触れないもんだから、外から飛んで窓をすり抜けるしかなかっただろうが。
「あくまで可能性ですがね」
「しかし、普段通りに過ごしていて、衝動的に主さんを殺してしまう……なんて、少し無理がある話でしょう?」
「日常に入り込んできた異質は、あのお客様だけでしたから」
*だからこそ、あれがきっと原因なのではないだろうか、と。
*電球の彼は、そう言いました。
*人差し指を掴む手を、中指で挟んで。
*じゃんけんならば勝利でした。
「主さんとお客様は、何かを話していた」
「それを……館の誰かが偶然聞いてしまった」
「それが、原因。――なんて、ただの想像でしかありませんが」
「妥当な感じ、しません?」
「色々な状況と照らし合わせて、ね」
「まぁ、そーだな……そりゃご主人の客なら話はするだろし」
指で挟まれた手の離しどころを見失って、掴んだまま。
じゃんけんじゃないからノーカン。
「なんか、こう、ショックを受けるような話をしてたかもしれない、ってこと?
……ご主人殺して、で、俺らまで殺さなきゃいけなくなるような」
「さて、どうなのでしょうね〜」
「あくまで『その可能性がある』という程度の話ですから」
*確定はできません。
*犯行に及んだ者から、その辺は聞き出せていませんから。
「……何かそういう話があったとしたら、相談等してくれれば良かったんですがね〜」
*しかし、それはもう遅すぎたのです。
「……相談してくれなかったから、こうなって、こうなったからには、きっともう誰にも相談なんてできないだろ」
素っ気ない口調が少しだけ崩れた。
やるせなさと、無力感が滲む。
「……もう誰もこっちに来ませんように…、」
現実主義が、思わず祈る。
まだ終わってない。まだ終わってない以上、この想いは無駄だと知っていても。つい。
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