人狼物語 三日月国

184 【R-18G】ヴンダーカンマーの狂馨


【人】 住職 チグサ

[──何かが落ちる音がしました。
 きっと、手のひらから石が滑り落ちた音だったのでしょう。
 しばらくの間、呆けたように夜風に老躯を曝していました。
 自分が立っているのかさえ、よくわかりませんでした。]

『どなたかおられるのですか?』

[ふと、庫裏の障子に小さな影が映っていました。影から伸びる手は障子戸にかけられ、今にも開かれそうです。]

 出てきてはなりません!

[思わずぴしゃりと𠮟りつけました。]

『……お師匠様?』

[まだ幼い声に、精一杯毅然とした声で答えました。]

 街で騒ぎが起きているようです。
 自らの身を守ることに徹し、決して出てきてはなりません。
 ですが、お寺を頼って来られた方があれば、必ずお助けしてさしあげなさい。

[ああ──と。
 自分自身に深く落胆しながら、私は踵を返しました。
 放下着。全ての執着を捨て去ってしまえ。
 けれど私には、この寺院を捨てることができなかった。
 他人の死であれば、予測はできても手を貸せた。
 にもかかわらず、身内となると、この手で死の因を作ることができなかった。
 なんと浅ましい利己心でしょう。]
(78) 2022/11/08(Tue) 20:50:57