【人】 大学生 矢川 誠壱[ そっと箱を左手で押さえて、 触れるだけの口づけを贈った。 まつげの隙間から驚いた顔を 盗み見ては、ふ、と口元を緩め。 またもう一度重ねては、 開いてくれないだろうかと、 舌先でそっと閉じられた合わせをなぞった。 あの文化祭の日。 友人となったこの男は、 紆余曲折の末、現在恋人という関係に 落ち着いているわけなのだけれど。 不意打ちで仕掛けたキスのハードルは、 軽々と超えたというのに、それから先に どうにもなかなか進まない。 進みたいとは思っているし、 進めようとは思っているのだけれど なかなかどうして男同士ということもあってか ガードが固いのは仕方がないのだろうか。 ───己に、抱かれる気が全くないし、 むしろ抱く気しかないのも要因なのだとは 薄々感づいてはいるがそこは置いておこう。 離れた唇を、ぺろり、と舐める。 抗議の言葉は聞く気がない。 たぶん、もう一押しなのだ。] (149) 2020/06/24(Wed) 20:39:35 |