人狼物語 三日月国


174 完全RP村【crush apple〜誰の林檎が砕けたの?】

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【人】 1年生 工藤美郷

──回想・友人と言うもの──

[それから、工藤は朝霞さんとは一見ドライな関係を築いたか。
 ごく普通の友人らしいことはしない。例えばそれは、一緒に研究室のメンバーの色恋沙汰について噂話をしたり、テレビやSNSの話題をを楽しむなどのことだ。
 しかし何をする時でも、彼女がそばに居ることを拒絶しなかった。]

朝霞さんが居たいならここに居ればいい。

 [そのようなスタンスで、朝霞さんが病室を訪れれば必ず受け入れた。それは工藤が退院して、訪れる場所が自宅になろうとも変わらなかっただろう。
 
 工藤から進んで話しかけることはほとんど無く、朝霞さんが話しだせばじっと目を見つめた。沈黙が二人の間に落ちれば、無理に話題を探さずに、ただ二人で静かな時間を共有した。工藤は大抵の時間、何かを描くか書くかして過ごしていたから、筆記具の走るサリサリという音だけが二人の間に落ちていた。]
(213) 2022/09/18(Sun) 20:39:54

【人】 1年生 工藤美郷

[工藤は軽症だった。無傷と表現した方が正しい。だからすぐに退院させられた。おそらくは朝霞さんよりも早く。

工藤は退院した後、毎日のように朝霞さんの病室を訪れようとした。家族に阻まれれば「そうですか」とあっさり踵を返し、面会できたとしても、]

……………………。

[特に何も話し出すことなく、朝霞さんの目を見つめた。何も話さないくせ、時折、唐突に脈を取ったり、朝霞さんの下瞼を押し下げて『あっかんべー』をさせたり、舌の色を確認したりした。そのようして健康状態を確認し、満足すると背を向けて帰っただろう。
 そのように、朝霞さんとの時間を重ねた。]

[何度かの病室への侵入が叶ったならば、やがては一冊のスケッチブックを見つけただろうか。>>5:+30
 あまり上手ではない、林檎の絵。もしもそれが見れたならば、]

 あまり上手い絵とは言えません。

[失礼なことを言って、それから]

 ですが、何か心が引き寄せられます。
 私には描けない引力が宿っています。

[そのように付け加えて、スケッチブックを返した。]
(214) 2022/09/18(Sun) 20:41:51

【人】 1年生 工藤美郷

──退院後の日常・追悼の日々──

[やがて退院し、小泉先輩の葬式も終わった後。
 結局工藤は一滴の涙も流すこと無く、小泉先輩との別れを終えた。
 工藤は一人暮らしの家に戻った。部屋はシンと静まりかえっていた。その静けさは、一人暮らしだからと言うのもあるが、やけに少ない家電のせいでもあった。
 カロリーバーと水だけで生きる彼女は、料理をしない。だから冷蔵庫のブーンという低い唸りも無かった。
退院してまず、冷蔵庫とオーブン、それに仏壇を買った。

 工藤は毎日決まった時間に起き、決まった順番に行動した。
 朝、まず寝床を几帳面に整え、街中が起き出して騒がしくなる前に、窓を開けて家中の空気を変えた。柔らかく吹き込む朝の匂いがカーテンを揺らし、解いた髪を撫で去るのを楽しんだ。風の勢いや香りや、鳥の鳴き声を聞きながら、一日の天気を予測した。]
(219) 2022/09/18(Sun) 21:18:25

【人】 1年生 工藤美郷


[そのルーティーンの中に、工藤はもう一つの行動を入れ込んだ。一日の始まりに、必ず小泉先輩への挨拶をするという行動を。]

 ………………………………。

[骨も写真も納まっていない仏壇に向かって、静かに手を合わせる時間。それは続けるうちに、生活の中に一定の心地よいリズムを生み出した。
 工藤は胸の内だけで、明け行く雲の色づきや、風の湿り気や渡り鳥の声から感じた季節の移り変わりを報告した。

 小泉先輩がこの世に引っ張り出してくれたから、今此処に在るのは工藤だ。絵の中の彼女では無く。そうして引っ張り出された世界から感じ取った好ましいものを全て、仏壇に伝えた。]
(220) 2022/09/18(Sun) 21:19:48

【人】 1年生 工藤美郷

[休日になれば、工藤はパンを焼いた。
 武藤先輩からもらった気に食わないレポート用紙は、夢から目覚めた時白紙になっていた。その真っ白なレポート用紙をじっと睨み付けると、あのツルツルとした、ペン先がやけに滑る感触が思い起こされた。それと同時に脳内に焼き付けたメモの内容も。

 粉を量る。水温を測る。生地を捏ねる回数も数える。発酵時間もオーブンの温度も夢の中と同じように作った。猫型に整形した時も同じ形になった。
 しかし出来上がりは、工藤の舌には小泉先輩のクリームパンとは違って感じられた。全く同じレシピのはずなのに、膨らみ具合も不思議と違った。
 おそらくは捏ねる力の入れ具合や、卵や強力粉の水分量や、微妙な室温やオーブンの違いが、そういった味の差異を生み出すのかもしれなかった。]

 作りたいものと違う味になりました。

[そう言いながら、工藤は自分では食べきれぬそれらを朝霞さんに分けた。あるいは墓前や仏壇に供えた。研究室のメンバーに振る舞うことを自分では思いつかなかったが、誰かに促されれば分け与えたかもしれない。]
(221) 2022/09/18(Sun) 21:21:26

【人】 1年生 工藤美郷

[工藤は何度作っても出来栄えに満足しなかった。だから休日が来るたびに全く同じレシピに挑戦した。
 朝霞さんからLINEが>>212来たのは、そんな挑戦を幾度か繰り返した後だろうか。]

『行きます。』

[絵文字もなく、それだけを伝えた。]*
(222) 2022/09/18(Sun) 21:22:07
/*

きゃ!-1000とっちゃったwww

/*

きゃ、みんな優しいのですわ〜〜〜〜

【人】 1年生 工藤美郷

──後日談・小泉先輩のお母さんと>>240──

[葬式から追い出された工藤は、不満そうな顔をするわけでもなくふらふらと外に出た。
 そして柱に額をぶつけてしばらくの間フリーズした。]

 ……………………。

[小泉先輩の母親が追いついてきた>>240のはその時か。
 平素通りの顔を彼女に向けて、「さっきとはいつのことですか。あの子とは誰の事ですか」と尋ねた後に、やがて聞かれていることを理解すれば]
 
 私が男性に言った言葉は、小泉先輩のものです。

[おでこをヒリヒリさせながら答え、話が終わったならばその場を後にした。
 立ち去った後にも、女性は立ち尽くしていた。
 彼女たちがどのような道を歩むのかは、工藤には知れぬこと。]*
(264) 2022/09/19(Mon) 5:39:53

【人】 1年生 工藤美郷

──朝霞さんとの日常>>249──

[病院にとっても、食物アレルギーの多い朝霞さんに食事を提供するのは難しかったのだろう。施設側の気持ちよく分かる。朝霞さんは病院食ではなく、お弁当を食べていた。
 野菜メインのおかずを見れば>>249

 たんぱく質と脂質が不足しやすい食事です。動物性食品の不足はビタミンB12欠乏による悪性貧血も招きます。
 朝霞さんはもっと卵や牛乳を摂取した方が良い。

[と、永遠に同じカロリーバーを食べながら説得力の無い発言をした。
 さらには、]

 昆虫もたんぱく源になりますが、トロポミオシンを持ちます。
 つまり甲殻類アレルギーと抗原交差性があるのでお勧めしません。
 
[「エビと昆虫は共通のタンパク質構造を持っている」という嫌な知識も植え付けた。甲殻類好きよ苦しめ。]
(291) 2022/09/19(Mon) 9:49:00

【人】 1年生 工藤美郷

[もちろん朝霞さんのご両親との相性は悪かった。
 病室にお見舞いに行けば、
「私たちはこれから純と話がありますから(家族水入らずにしてくれ)」と言われれば
「そうですか。では好きに話せばいい。」と答えるものの石のように動こうとせず
「お忙しい学生さんにわざわざ何度も来ていただかなくても、プロのお医者様が診てくださっているから大丈夫ですよ(もう来るな)」と言われれば
「私が見たいから見ています。」と足繁く病室に通い続け
 朝霞さんの退院後、自宅に伺った時も、「暗くなってきましたね。お嬢さんの夜道の一人歩きは危険ですよ(はよ帰れ)」と言われれば
「そうですか。(なんでこの人は急に話を変えるんだろう)」という無表情で眺め続けた。

 何をどうあがいても、最終的にはっきりと「帰れ」と言うまで動こうとしない工藤は、それはもう嫌われたことだろう。
 帰れと言われれば特に気を悪くするでもなく帰るのだが、遠回しな表現で無為な衝突を避ける技法を好む人にとって、はっきり言わなければ伝わらないというのはそれだけでストレスだ。]
(292) 2022/09/19(Mon) 9:51:05

【人】 1年生 工藤美郷

[工藤が朝霞さんを家に招くと、最初は丁重にお断りされた。
 神経質な工藤の部屋に上がるのは緊張するだろう、ということまでは気が回らない。だが断られたなら、「そうですか」と特に何も気負いせず引っ込んだ。
 だが工藤とご両親とに挟まれる朝霞さんはたまったものではないだろう。やがて家にやってくるようになるか。

 朝霞さんが家にやってきたときも、工藤はルーティンを崩さなかった。彼女の好ましいもので溢れた、女の子然とした部屋とは正反対の、殺風景な、必要最低限のものだけが置かれた、白い部屋。
 その中で工藤はパンを焼き続けた。]
(293) 2022/09/19(Mon) 9:52:52

【人】 1年生 工藤美郷

[工藤は料理ができない。器用さの問題ではなく、同じ食材を使っても全く違って感じられるからだ。
 同じ一つの林檎でも、昨日と今日では違う林檎に見える。それは林檎の放つ香りであったり、色つやであったり、光の加減であったり。
 そういった差異や、その時々の状態に合わせた細やかな調整がストレスになってしまう。

 だから、パン作りの方が工藤にとって易しかった。
 味を見ながら好ましい味に調整していく料理と違い>>5:139、きっちりと計量し、きっちりと決められた手順通りに作り上げる。まるで化学実験のようだ。使う食材がメーカー努力によって限りなく均一化されているのも、工藤にとっては好ましかった。
 だがあの時の小泉先輩の味にはならなかった。
 工藤が目指すのは、より艶が良く、より香り高く、より美味しいパンではない。
 いつも求めるのは、あの日と同じ味。けれど出来上がるのは違う味。
 同じレシピである以上、もしかしたら他の人には似通った味に感じられたかもしれない。
 けれど工藤の五感は、ほんの少しでも発酵が進みすぎれば、例えば手でちぎった時の弾力に、酸味に、アルコール臭に、違和を捉えた。逆もまた同じだった。]
(295) 2022/09/19(Mon) 9:54:38

【人】 1年生 工藤美郷

[きっかけは、小泉先輩が与えた。
 工藤がやっていることは、工藤個人で考えたやり方ではなく、小泉先輩から引き継いだものだ。>>3:221彼に認識されていなかったとしても。
 けれどどうしても完璧には再現できない。工藤の手で育てた生地は、工藤の形に焼き上がる。
 だから何度でも繰り返す。
 その様子を、朝霞さんは静かに見守っていた。>>250
 痛みを表現できぬ工藤が、流せない涙の代わりにパンを焼く姿を。

 やがて工藤のパン作りは、徐々にあの日の小泉先輩と同化していった。
 例えば手の洗い方。粉を振るう時の手首の返し方。オーブンを覗き込む角度。
 レシピに関係ない仕草まで模倣していれば、いつかは同じ味に出会えるのではないかと信じて。

 パン屋に行こうというLINEが来たのは、再現できない日々が続いた後のことだった。
 工藤は食べられるものが無い。だから食事の誘いは悉く断ってきた。

 だが、その日は行くと答えた。]
(299) 2022/09/19(Mon) 9:55:37

【人】 1年生 工藤美郷

──パン屋へGO──


[それから、朝霞さんとパン屋に行った時、香坂さんは居ただろうか。
 二人が話すならば工藤は何も言うことはなく、ただかつてのバイト先へとたどり着いた。喧嘩別れした元バイト先への訪問が気まずいとかそういう発想は無い。結果としてとっても図々しく見える。

 同伴者がどれだけ多くのパンを取ろうとも、工藤がトレーに乗せたのは一つだけ。猫の形のクリームパン。
 その中から、比較的小泉先輩が作った顔に近いものを──全く同じものはもちろん見つからなかったが──取って、無表情でレジに並び、会計の際には]

 そのように乱暴なトングの使い方ではパンがつぶれます。
もっと丁寧に扱ってください。

[元同僚にめちゃくちゃ嫌な顔をさせた。]
(301) 2022/09/19(Mon) 9:57:29

【人】 1年生 工藤美郷

[カフェの中は、人々のぞめきが反響していた。その中で工藤は音も無くパンを咀嚼すると、しばらくの間沈黙した。]

 ……これも違う。
 ここなら、同じものが食べられるかと思ったのですが。

[半分の耳が欠けた猫パンを前にして、工藤はじっと考え込んだ。]

 もう二度と小泉先輩のパンの味には出会えないのかもしれません。

[事実を確認するような、淡々とした言葉だった。]*
(302) 2022/09/19(Mon) 9:57:57
はー−い、みなさまがたー−−。
村建ての人に天使動かす余力がないようですわよー−−。
ヘタレですわねー−−。

なので、今、天使はお別れしておきますのー−−。

村としてのエンディングはとくに打たないらしいですのよー−。
なので、みなさま方、私のことは気にせず時間いっぱいまで楽しんでくださいましねー。


それじゃ、また会う日まで、ごきげんよう**

【人】 1年生 工藤美郷

──イチネンズとパン屋にて──

[工藤が何でもないことのようにつぶやいた言葉を朝霞さんは繰り返した>>7:325
 工藤は、耳以外の何かも欠けたクリームパンから視線を上げて、朝霞さんのことをじっと見つめる。]

 私は小泉先輩のパンを自己解釈した。
 小泉先輩がこのお店のパンを自己解釈したのと同じように。

[彼女は工藤に付き合おうとしてくれた。苦痛を表すことなく、ただ淡々と日常を送る工藤に。
 そうして、工藤には無い視点を与えた。>>7:326
 死者は動かない。動かないままに影響を遺し、生きた人間を変容させていく。]
(380) 2022/09/19(Mon) 20:45:40

【人】 1年生 工藤美郷


 私は……

[問いかけに一瞬口を開き、それから言葉が見つからずにしばらくの間沈黙した。
 それから、食べかけのクリームパンに視線を落とした。]

 ……私のではなく、小泉先輩が焼いたパンが食べたかったんです。

[きっと彼のパンであれば、味が変化したとしてもそういうものとして受け入れられたのだろう。
 けれど過ぎ去った時間はどうにもならない。全く同じ味は受け継がれない。そんなものは存在しないから。
 工藤はまだ諦めきれない。たとえ朝霞さんから言われたとしても。
 細やかな五感があるがゆえに。手先が器用であるが故に。優れた記憶力が故に。
 だからまた、きっとパンを焼く。]
(381) 2022/09/19(Mon) 20:46:22

【人】 1年生 工藤美郷

[パンの香ばしい香りが、三人を包んでいた。
 忙しそうに動き回る店員たちの中に、小泉先輩は居ない。
 先輩が抜けたとしても、パン屋は少しずつ形を変えて回っていく。
 今このパン屋で食べられるのは、今の従業員が焼いたものだけ。

 工藤は長い沈黙の後に、工藤は再び朝霞さんを見つめると、淡々と言葉を続けた。]

 朝霞さんの豆カレーが食べたいです。作ってください。

[得られるのは、いつだってこれからの時間だけ。
 生きている彼女が作ったものならば、どのような味であっても受け入れられるだろう。]*
(382) 2022/09/19(Mon) 20:46:51

【人】 1年生? 工藤美郷

──それからの日々──

[生きている限り、日常は続く。
 工藤は朝霞さんに言われても納得しないまま、小泉先輩のパンを求め続けた。
 そうして目的は叶わぬまま季節は廻り、暑い夏がやってくる。

 太陽が、アスファルトに濃い影を焼き付けていた。どこに居ても聞こえてくる蝉の鳴き声が、窓を超えて工藤の部屋にも染み入った。
 茹だる様な猛暑の日は、生地がダルダルになるうえ、発酵が早く進みすぎる。だからこんな日はパン作りに向いていない。工藤は早々に今回のパンの期待値を下げていた。]

 ……………………。

[仏前には、既にキュウリとナスの精霊馬が置かれていた。その横にいつものように焼き上がったパンを並べ、いつものように自分の分を一口食む。
 その時、窓も開けていないのにカーテンが靡くと、耳元に風を感じた>>259

 工藤はクリームパンに口づけたまま、しばらくの間停止した。]
(397) 2022/09/19(Mon) 21:43:21

【人】 1年生? 工藤美郷


 ………………………………。

[それは彼女が求めてやまなかった、あの日と同じ味だった。
 こんなに暑い日なのに。発酵の過程も違ったはずなのに。]
(398) 2022/09/19(Mon) 21:44:57

【人】 1年生? 工藤美郷

[不意にツンと鼻の奥が痛くなり、喉の奥がせり上がる。きっと吐くのだと思った。次の瞬間には視界も不明瞭になっていた。
 嘔吐物はいつまでもこみ上げなかった。それが涙だと気づいたのは、頬を滑り落ちた熱量が膝を濡らしてからだった。
 ぼろぼろとこぼれる邪魔な雫を、手の甲でぐいと拭う。大きく口を開けて、はふ、と齧りつく。弾力も、甘さも、香りも、何もかもがあの日と同じ。割った生地の裂け方まで同じ。
 工藤には小泉先輩が、自分の手を借りてこのパンを焼き上げたかのように感じられた。]

 ウ……う、ゥ、

[ぐずぐずと鼻をすすり上げながら、工藤は口いっぱいにパンを頬張った。嚥下して再びかぶりつく僅かな隙間に、おいしい、と漏れた。口の端から溢れかけたカスタードクリームも、あの日と同じ味だった。
 あっという間に口の中に収めると、工藤は声を上げて泣いた。数か月分の哀情が決壊したように、涙が後から後から溢れて止まらなかった。体のどこにも異常はないはずなのに、胸の奥が締め付けられて痛んだ。
 工藤は両手で顔を覆ったまま囁いた。]
(399) 2022/09/19(Mon) 21:45:31

【人】 1年生? 工藤美郷

[穏やかな微笑み>>260が、瞼の裏にありありと浮かび上がった。]*
(400) 2022/09/19(Mon) 21:46:44

【人】 1年生? 工藤美郷

[それ以来、二度と同じ味は再現できなかった。

 けれど工藤は、同じ味への執着を手放した。声を上げて泣いたあの日から、工藤が自己解釈したパンを、そういうものとして受け入れた。
 パンを作る際、無理に小泉先輩を憑依させる癖も自然と抜けていった。体格も力も違う小泉先輩を無理に真似るのではなく、工藤の体に合った方法で焼くようになった。
 工藤のパン作りの技量は、依然と変わらない。けれど、それではダメですか、という朝霞さんの言葉>>7:326に、初盆を終えてからやっと頷けるようになった。
 彼女の言葉が届くまでに、ずいぶんと時間がかかったしまったけれど。

 工藤は休日になると、穏やかな心でパンを焼いた。仏壇に供えるのは、工藤の解釈に変容したクリームパン。
 あの日と違う味に仕上がっても、「作りたいものと違う>>221」と表現することは、もう無い。]*
(405) 2022/09/19(Mon) 22:13:49

【人】 工藤美郷

── 十数年後 とある夏の日 ──

[ドアが開いた途端、忘れていた熱気がむわっと美郷を包み込んだ。一瞬にして全身から汗が噴き出す。改札を出れば、目の前を子供が駆け抜けていった。彼らは移動するとき、当然のように走る。
 電車は予定通り到着した。ターミナルの時計は、純さんとの約束にはまだ時間があることを示していた。
 アスファルトがゆらゆらと空気を歪めていた。熱せられた上昇気流に乗って、香ばしい香りが空へと昇っていく。美郷は紫外線に肌を焼かれる感覚を味わうと、ほんの少しの時間たりとも外で待つのを速攻で断念した。純さんに『駅前のパン屋7:364に居ます』とメッセージを送り、足を向けた。
 相変わらず食べられるものは少なかったが、パン屋を見つければ店内に入るようにはなっていた。それは若い日に食べたあの味を求めてというよりは、小泉先輩へのお供え物を探す感覚だ。]
(434) 2022/09/19(Mon) 23:55:26

【人】 工藤美郷

[美郷はすっかり大人になった。食生活が変わって、代謝も落ちて、体格も幾分か丸くなった。小泉先輩の享年など、随分前に追い越した。
 小泉先輩の時間は止まったままなのに、今の自分の方が人生経験も積んだはずなのに、いつまでも彼の方が年上のような気がした。
 胸の内に思い起こす小泉先輩も、少しずつ変容しているからだろうか。]
(435) 2022/09/19(Mon) 23:55:40

【人】 工藤美郷

[ご飯時だからか、パン屋は繁盛しているようだった。窓越しに人影が見える。
 ドアを開けようとした途端、中から子供が飛び出してきて、誰かの名前を呼びながら走っていった。友達がいるのだろう。]

 ………………。

[美郷は呆けたようにその子供を見送る。後ろの客から声をかけられて、やっと我に返って店内に入った。]
(439) 2022/09/19(Mon) 23:56:19

【人】 工藤美郷

[混雑していて、総菜系の甘くないパンはほとんど売り切れていた。しかし美郷の目的とするクリームパンはまだ売ってあった。
 イートインコーナーに行く頃には、純さんも合流していただろうか。
 美郷はパンを一口食むと、じっと考え込んだ。それから窓の外で遊ぶ子供たちに目をやった。
 ちょうど隣の席を整えるためにやってきた店員に、]

 このパンはあなたが作ったのですか。

[確認すると、その通りだと言われた。少しだけ息子が手伝ったとも。
 工藤は頷くと、]

 遠い昔に、同じ味を食べた気がしました。
 ……また来ます。

[そのように伝えて、再び窓の外に目を向けた。店員もまた同じ方向を見つめていた。
 少年は太陽の光を受けて、力いっぱい遊んでいた。見ている間にも転んだ友達を励まし、あるいは喧嘩し、泣きながら仲直りをして、幼い感情を自由に放出しながら、空へ空へと成長していた。]
(440) 2022/09/19(Mon) 23:57:25

【人】 工藤美郷

[美郷は目を閉じて瞼の裏に小泉先輩を描く。小泉先輩は、美郷が見たことの無い、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 美郷は願った。彼の永遠の幸せを。]
(441) 2022/09/19(Mon) 23:58:19