［白雪姫に登場する王子は
　物言わぬ姫でも良いと
　硝子の棺ごと持ち帰ろうとしたが
　現実はそうはいかず

　王子になれなかった父は出て行き
　息子が代わりに彼女の美を守って来た。］


　　　…………、うん、そうだよ


［言葉の続きを想像して、ただ肯いた。>>6

　一般的に、死は消極的なイメージだろう。
　彼女にとっては終わりではなく
　手段に過ぎなかったから――、
　亡くなっていると、軽々しく言えずに。］
　

　
［美しいものを最も美しい姿で保存したい。
　その気持ちを、虫の標本という
　数多の作品を作り上げて来た貴方なら
　解ってくれると思っていたのだけれど……。］


　　　っ、治人……っ？


［様子の変わった彼に腕を引かれ>>7
　屍臭を誤魔化す、匂いの強い部屋を出た。

　此処に在る花はプリザーブドフラワー。
　芳香は、すべてフレグランスだ。
　生の香りは、存在しない。］
　

　
［名を呼ばれ、強く抱き締められる。>>8
　背後では、重い扉が自動で閉まる音がした。］


　　　……、……、……


［僕には判らない。
　貴方がいま何を思い、何を感じているのか。］
　

　
［だから、僕は］


　　　…………治人


［彼の背に両手を回し、抱き締め返しながら
　貴方の名を呼び、顎先の黒髪を揺らし
　服越しに温もりを伝えて、教えることしかできない。

　僕が此処にいること、を。**］
　

　
［静かに耳を傾けていた。>>40
　最初は、彼の声を聴こうと黙り。
　……途中からは、
　生じた戸惑いの為に言葉を失って。

　頬を擦り付けられ、視界の黒髪が揺れる。
　ゆっくりと……、
　一往復だけ、擦り付け返した。

　この温もりを失うのが恐ろしい。］


　　　……、母は、美しい、でしょう？
　　　肌に皺が寄ったり、染みができたり
　　　髪が傷んだり、色が抜け落ちることも
　　　　　　　　……なくなったんだよ


［訴える声が、震えてしまう。
　貴方の作品ほどじゃないかも知れないけれど
　母は、僕が作った最高の作品だ。
　彼女に望まれたから、作り上げた。］
　

　
［人は老いれば、醜くなってしまう。
　�W死�Wこそが美の完成と
　安寧を齎してくれる唯一の救いだ。

　そう信じていたから、母は。
　そう信じていたから、この手は母を。

　　　　　　　────違うのか？］
　

　
［黒いレースに包まれた手で
　剥がすように両肩を押し
　不安げに覗き込んで、訊ねる。］


　　　　　　　　　　　
　　　……治人は、僕を殺してくれないの？



［寄る辺を求める子供のよう、幼げな声色で。*］
　

　
［指の間から零れ落ちていく
　いのちの温度を知っている。

　あれは、もう二度と
　味わいたくないものだ。

　二度目をなくすためには
　どうしたら良いか────？］
　

　
［自分が先に人生の幕を下ろすことだ。
　……、彼女のように、無責任に。］
　

　
［僕のことを仕上げたくて
　うずうずすると言っていた貴方が狼狽える。>>194］


　　　……ああ、そうだよ
　　　本当は僕もあそこで眠る気だった

　　　治人に出逢って少し変わった……
　　　　　　つもり、だったけど……


［場所の拘りはなくなっていた、
　治人が良いと思う場所で
　治人が満足いく形で仕上げて欲しいと。

　けれど貴方の瞳を見て、理解してしまう。
　僕の命を奪う覚悟は、貴方には無い。］
　

　
［それどころか、
　酷く怯えている様にすら見える。>>196

　ぎゅぅ、と胸が締め付けられた。

　ほら、生きていると苦しいことが在るんだ。
　痛みも苦しみもない世界へ、僕も早くいきたいよ。］


　　　……治人、そんな顔をしないで
　　　貴方がしたくないなら、無理にはさせないよ


［苦笑を浮かべながら両肩から両頬へ。
　片方は手袋に包まれたまま。
　もう片方は貴方と繋ぐために外していた素手で触れた。

　血の気を失った肌は少し冷たいけれど
　貴方は、温もりを失ってはいけないのだ。
　自らのエゴと熱を押し付けて］
　

　

　　　けれどここの秘密を知ってしまったから……、
　　　帰すわけにもいかないね……ごめん


［僕は眠り姫の安寧を守る使命を帯びている。
　貴方を軟禁する確定事項について謝罪を口にした。
　パスポートを含む全ての荷物
　それらはこちらで預かり済みだ。**］