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【人】 春野 清華はっきりとした喜びを孕んだ表情に、安堵する。 ああ、わたしは触れてもいいんだ。 彼に、触れられるんだ、そんな当たり前のことが 喜びになって押し寄せて、同じように照れと嬉しさを にじませ、緩く微笑んでみせた。 * 「ほんとだ、しないね……」 甘酸っぱい香りはしなかった。 代わりに凍てつくような冷たい風が、空気が、 鼻奥をつん、と通り抜けて体を冷やす。 は、と息を吐いたら微かに白っぽくなった空気が ふわりと浮き上がって空に溶けた。 同時に繋がれたままの手のひらがすっ、と 上に持ち上がり、彼のポケットに収まる。 それがなんだか照れ臭くて、かあ、と顔に熱が 集まるのがわかった。 けれど、離そうとは思わないから、小さく頷いて 唇を結んだままはにかむような笑みを浮かべる。 (0) 2021/11/03(Wed) 11:11:32 |
【人】 春野 清華「うん、いこう、ねぶた村」 ねぶた祭り、をテレビで見たことはある。 ニュースで見るそれは、まるで夜空に 炎が灯ったみたいに、明るくて、大きくて。 パレードだな、と思ったのを覚えていた。 それでも、実際に目にするのとでは─── 「………大きすぎて、びっくりした……」 彼の言葉が聞こえるまで、しばし唖然と見上げていた。 同じような感想をこぼす。 目の前にあるその芸術品をもう一度見上げれば、 彼がそれを説明してくれる。 (1) 2021/11/03(Wed) 11:11:44 |
【人】 春野 清華そんなことを考えていたら、彼が食事に 誘ってくれる。やりたいこと、見たいもの。 知りたいことを、教えてくれる。 察することが、できなくたって彼は、 ちゃんと示してくれる───ああ、そうね。 「彼」とW彼Wの違いはこんな些細なところにも。 ───ほんとは、「彼」もそんな人だったのかも。 わたしが、振り回して、歪めてしまったのかも。 わからない、それはわからないけれど。 「うん、おなかすいたね、いこうか」 そう微笑んで、彼と共に北国の海鮮を 頬張った。なんとなく、少しずつ。 この旅行の中で、見つけていける気がした。 彼と、私の関係にどう、名前をつけるのか。 * (2) 2021/11/03(Wed) 11:12:16 |
【人】 春野 清華「え、 ───ああ。うん、いいよ。」 また、些細な違い。 彼のお願いに、ねぶたの前で私はぱちくりと 目を瞬かせて、カメラを構えた。 純粋なのかもしれない、と思った。 「彼」も純粋だったけれど、W彼Wはそれ以上に。 だから、やさしくて、やわらかくて、 押したシャッターに音が響く。 画面の中の彼は、今まで見たどの「彼」よりも 「彼」らしくなくてW彼Wらしい気がした。 「ふ、 」 短く吹き出して、笑う。 くつくつと肩を揺らして、目を細めた。 (3) 2021/11/03(Wed) 11:12:31 |
【人】 春野 清華じわりと、目の前が滲む。 こくりと唾を飲み込んで、唇を結んで、ほどいた。 「───W清正Wくん」 小さく、彼のことを呼んだ言葉は少しだけ上擦った。 「ねえ、わたしとも、撮って。」 あなたの構えるファインダーの中じゃなく。 あなたと一緒に入っていたい。 そう願いながら、目端に滲んだ何かを瞬きで飛ばした。 「清正くん。」 「わたし、この旅行できっと」 「あなたを好きになりたい。───なると思うの。」 (4) 2021/11/03(Wed) 11:14:29 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[出来るだけくわっと目を見開いて 後ろのねぶた山車と同じ顔を作ってみせて。 だけど、カメラを構える清華の顔は 引き攣るどころかほろりと綻んだのがうれしくて。] ちゃんとカッコよく撮れた? [男も顰めた顔をすぐに綻ばせ、 ててっと清華の隣に戻る頃には いつもの顔に戻っているはず。] (6) 2021/11/03(Wed) 17:49:28 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[潤んだ目元を瞬かせた清華の瞳を見下ろして その奥の気持ちに触れようとする。 どうしたらいいんだろう。 抱き寄せて、抱きしめて…… 色々思考を巡らせた後、男は結局 何も聞かず、彼女の望みを叶えることにした。] そしたら…………あっ、すみません、 写真一枚いいですか。 [近くにいた係の人を呼んで、 ねぶたを背に、一枚。 「ご夫婦で旅行ですか?いいですね」って 人の良さそうな係の人の言葉には曖昧に微笑んだが フレームに収まる時には、清華の肩にそっと手を乗せて この一歩進めた喜びを浮かべていられたらいい。] (7) 2021/11/03(Wed) 18:01:26 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[そこでねぶたを見たり、三味線を聞いたり のんびりとした空気ごと楽しんだら そろそろ宿のある方へ移動しよう。 弘前駅周辺はおしゃれなカフェや雑貨屋があったが 電車を乗り進めると、次第に景色の中の りんご畑の割合が増えていき─────] ……さっきの弘前駅と比べると すごく、静かだ。 [駅前に大きな道の駅と温泉を兼ねた施設があって 小さなロータリーがあって…… コンビニやファストフード店も見当たらない、 なんだかそれが新鮮で、自然と笑みがこぼれる。] 早いけど、宿行って荷物置く? それとも周りを少し見ていこうか。 [温泉施設を見下ろすように、茶臼山という 小高い山がそびえたっていて、 そこなら紅葉も綺麗だろう、と。]* (8) 2021/11/03(Wed) 18:28:49 |
【人】 春野 清華「ご夫婦」と呼ばれた言葉に、巡らせる。 彼と私は夫婦ではなくて、恋人でもなくて 友達でもなくて、彼は、人間でもない。 それでもその言葉に頷いていたいと思う 自分がどこかにいることを感じながら、笑んだ。 名前をつけられるまでは、もう少し。 * (9) 2021/11/04(Thu) 12:32:34 |
【人】 春野 清華電車に揺られ、人気の少ない田舎町の方へと 進んでしばらく。だんだんとまた灯りも寂しさを 増しては行くのだけれど、わたしの気持ちは 寂寞などひとつも感じてはいなかった。 「そうね、今度こそりんごの匂いしないかな。」 と頷いて、過ぎゆく景色を見つめている。 ゆっくりと、柔らかなブレーキで停車した車体。 こぢんまりとした駅は、シンプルなもの。 凍てつくような風とは裏腹に、長閑さに どこか安心するような心地がした。 (10) 2021/11/04(Thu) 12:32:47 |
【人】 春野 清華「歩いて、宿まで行きたい。 そうしたら、散歩もできるし…… 話も、したいなって思って。」 そう彼のことを見上げて、カバンを持ち直した。 人気の少ない小さな駅を降り、歩いていく。 微かにりんごのにおいが鼻をくすぐった気がした。 「……清正くんは、りんご、好き?」 はじまりは、そんな何気ない会話から。 話をしましょう。わたしたちきっといままで、 きちんと向き合えていなかったと思うから。 「彼」じゃなくてあなたの、話を。* (11) 2021/11/04(Thu) 12:33:58 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正りんご、食べたとは思うんだけど。 [“僕”としての記憶の大半は、 予めインプリントされたもので “僕”として生きた中で印象が強いのは やはり桃だったかもしれない。 木からもいだものを「お父さんには内緒」だと 息子さんがそっと手渡してくれて、 それが何より味が濃くて美味しくて…… 微かにりんごの香りが漂う街を、 そんな思い出話とともに男は清華と歩く。 確かに山梨で暮らす中、 りんごを食べたことはあると思うが 強く「好き」という印象に残らなかったのは やはりもぎたての桃の鮮烈さに勝らなかったからか。] (12) 2021/11/04(Thu) 15:48:53 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[……しかしりんご畑の中を歩いている訳でもないのに このりんごの爽やかな香りがするのは何故だろう。 見れば道のあちらこちらで木箱に山盛りのりんごが 彩りも鮮やかに並んでいる。] ……スーパーで売ってるやつの 1.5倍くらいの大きさに見える。 [お昼に食べたほたてもそうだったけれど。 なんだか何もかもが大きく見える。 男の拳のもう一回りより大きなそれが幾つも集まって 街にほのかな果実の香りを齎しているのだろう。 しかもスーパーで買うより、安い。 立派で艶の良い果実なのに、 価値というものが分からなくなる。] (13) 2021/11/04(Thu) 15:54:55 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正“僕”の記憶は、まだたくさん知らないことがあって ちゃんと自分のものにするために、知りたいのかも。 [だから、ここで美味しいりんごに出逢えたなら 前よりずっと好きになれるかもしれない。 そのための、旅なのだ。 清華からの質問も、同じ意味だといいな。 何気なく覗いたりんご屋さんには ものすごい種類のりんごが並んでいる。] もぎたてが美味しいのかもしれないけど…… ねえ、帰る時に買って帰ろうよ。 [いつぞやの山梨旅行みたいに、果物の匂いに包まれて。] (14) 2021/11/04(Thu) 16:04:46 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正そういえば、清華は何が好き? フルーツでも、普通のご飯でも。 [こんなの聞くのは、今更すぎるかもしれないけれど。 けれど“僕”の記憶として覚えておきたいと 思ってしまうのだから、許して欲しい。 そんな話をしながら宿までの道を歩く。 手はしっかりポケットの中で握りあったまま。 どちらの温もりも溶け合っているような 二人の温度が嬉しいのだけれど、 口に出すとおかしいかもしれないから、 まだ黙っていよう。] (15) 2021/11/04(Thu) 16:13:45 |
【人】 ろぼ先生 夏越 清正[そんなことを話しながら歩いていれば ちらり、ほらり、鈍色の空から 真っ白な粒がはらはらと落ちてくる。] わ、雪……! [繋いでいない方の指を差しのべてみれば 指先に小さな結晶が止まる。 こんな綺麗な雪を見たのは初めてのことで つい男の顔に喜色が浮かぶ。] こんなの、初めて見た。 “僕”も……きっと「オリジナル」も。 清華は、見たことあった? [知っていたら、驚異に目を見張るだろうし 同じ初めての体験をしているなら 初遭遇する現象を共に出来たことに にや、と頬を緩ませるだろう。 そうして寒くなる前に、風情溢れる旅館の中へ 二人で一緒に逃げ込もうか。]* (16) 2021/11/04(Thu) 16:44:46 |
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