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【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[便箋に嘘の名前を書いた>>0:L5直後、ぶぶっとスマホが震えた。通知の窓が開いて、最初の一行だけ見える。『アキナ』。 メッセージはハルカからだった。ハルカはいつも、細切れにメッセージを送ってくる。だから開かなくても、通知だけで全ての内容が分かってしまう。 『もうすぐチア復帰だって』『それと』『気にしないでってさ』 小さく唇を噛んで、スマートフォンを見つめる。通知が鳴りやんで、画面が暗くなってから、思い切って手に取った。 『ありがとう』『心配かけてごめんね』 それだけ返信して、電源を落とす。画面が暗くなる一瞬前に、もう一つ通知が出た。『ナツキは来ないの?』] ……どの面下げて……? [チア部にも、アキナにも。] (19) 2020/09/29(Tue) 21:18:46 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[長い長いコロナ休みが明けて、久しぶりのイベントが新入生歓迎会だった>>0:39。 久しぶりに会った部員たちと、やっと発表できるね、あんなに練習きつかったのに、ずっとできないと恋しくなるもんなんだねって笑いあって。 一年前に私が心を奪われたみたいに、新入生にもチアの魅力を知ってもらえたらって、鈍った体を少しずつ慣らしていった。 だけど、歓迎会の二日前、急遽中止になった。 部員が熱を出したから。 私が熱を出したから。 『みんなにお願いしたい。誰かが熱を出しても、決して責めないでほしい。そしてこれからも、体調が悪い人がいたら、隠さずにすぐに教えてほしい。イベントが無くなってしまうとか、迷惑をかけるとか、いろいろ考えるかもしれないが、みんなの命を守るという選択を取ってください』 顧問はみんなにそう言ってくれたらしい。 PCR検査の結果は陰性だった。] (20) 2020/09/29(Tue) 21:21:28 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[誰にも責められなかった。 誰も悪くない、悪いのはウイルスだ。呪文のようにみんなが口にする言葉。 それは分かっていても、準備しても準備しても中止が続くと、少しずつ空気が濁っていく。 私はいつも以上にがむしゃらに練習した。顧問に頭を下げて、難しい新技に挑戦した。 シングルベース・エクステンション。ベースは私。トップはアキ。 たった一人の右腕で、一人の人間を持ち上げる、想像できないほどの力を必要とする技。この技の時、重みを分散させてくれるハルカとフユミは居ない。 この技は、男女混合のチームではよく見られる。ベースは男で、トップは女。 だけど私はそれがやりたかった。どうしても挽回したかった。 天に向けて伸ばした私の右手に、奇跡的なバランスでアキが乗る。テーピングだらけの右腕と、アキの体に、一本の芯が通る。私たちは繋がっている。 丁寧なバランスを保ったまま、アキはゆっくりと右足を逸らす。頭を高く保ったまま、さそりが尾を持ち上げるように。 アキのスコーピオンは、この世で一番美しい。180度に開脚し、そらした足を頭上まで上げる大技。その芸術的なバランスを、みんなによく見えるように、私の右腕が掲げ上げる。 右腕はテーピングだらけ。腕だけじゃない、身体中に貼られた湿布、腰を支えるコルセット。 やった、と、思った瞬間、 アキナを、落とした。]* (21) 2020/09/29(Tue) 21:23:14 |
HNアキナ 本名は 早乙女 菜月は、メモを貼った。 (a4) 2020/09/29(Tue) 21:33:40 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[チア部には顔を出せないまま、数日が過ぎた。 あの本には相変わらず便箋が挟まったままで、私とゆう君をつなぐ奇妙な力も宿ったまま。 この本は、というか、大抵の本は初めてで、>>0:L6 絵がたくさん無いときつい、っていうのは、もはや漫画以外読めませんって意味。 だけどそんなことは黙っておこう。 ちょっと背伸びをしたいのは、あなたと話したいからで。] (26) 2020/09/30(Wed) 6:15:12 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[ユウ君は読書家なだけあって、言葉をよく知っていた。私がノリと勢いで押し切る表現に、丁寧に名前がつけられていく。 ……写実的、なんて言葉>>0:L6授業以外で使えるんだ。 電子辞書で「写実的」を調べてみても、結局よくわからない。 別にネットでも調べられるけど、 スマートフォンを見たくないのは、 現実に呼ばれてしまうから。 ] (27) 2020/09/30(Wed) 6:17:16 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[見えないものを本から感じ取るのは、私にはできやしなくて。 せめてもの訓練に、便箋のすみっこに、ゆるいイラストを描いて遊んだ。 例えば、野ばらから尻を突き出したミツバチ。 ちょうど、国境のところには、 誰かが植えたということもなく、 一株の野ばらがしげっていました。 その花には、朝早くからみつばちが 飛んできて集まっていました。 ──「野ばら」 たとえば、目を細めて針の穴をみつめるおばあさん。 おばあさんは、もういい年でありましたから、 目がかすんで、針のめどによく意図が通らないので、 ランプの灯に、いくたびも、すかしてながめたり、 また、しわのよった指先で、 細い糸をよったりしていました。 ──「月夜と眼鏡」 目の玉を一つ貸し出すことはできなくても、読書音痴な私に見えているものを、少しでも伝えたかった。 ついでに、自分では気づかない読み間違えを指摘してもらえるメリットもあった。 香具師にお線香を持たせてみたら、全然お香は持っていないらしい。 そしてこうぐしじゃなくてやしだった、日本語難しい。 「月とあざらし」を書いた時は、あざらしのつもりでラッコを描いていたことに、指摘されるまで気づかなかった。ほんと、なんで間違えたんだろう。] (28) 2020/09/30(Wed) 6:19:15 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[ユウ君に言葉を教わるうちに、少しずつ生活に言葉が滲んでいく。 例えば、夜明け、生卵を飲みながら、ぼうっと窓の外を眺めているとき。 星の光は、だんだんと減ってゆきました。 そして、太陽が顔を出すには、 まだ少し早かったのです。 ──「ある夜の星たちの話」 例えば、林の中をランニングしているとき。 おたけは、ふるさとの林の景色を目に描いて、 雪の降る時分になると、 山から、うさぎが落ちているしいの実や、 いろいろな木の実を拾いに来ることなどを話しました。 ──「しいの実」 紅葉もまだの林の中に、雪景色と、それから突き出した長い耳を見た気がして、 ああ、確かに綺麗だ、と、思う。 日常に流されて取りこぼしてしまう風景を、ユウ君はあの本から受け取っていたんだろうか。 風景だけじゃなくて、「もんにょり」で流して、無かったことにしまう感情も。] (29) 2020/09/30(Wed) 6:20:15 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[バスケ部にユウって人いるのかなって友達に聞いてみたら、たくさんいた。ゆうたろう、ゆうき、ゆうと、ゆうや、ゆうすけ、あたりまで来たところで、調べるのをやめた。 別に、バスケ部のユウ君と話したいわけじゃないし。 手紙のやり取りが楽しいから、それだけでも十分。 ……だけど、テーブルと飲み物をはさんで、向かい合っておしゃべりをするのには、ちょっとだけ憧れるかな。 ……ソーシャルディスタンスで斜め向かいになっちゃうけど。]** (30) 2020/09/30(Wed) 6:22:27 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[ユウ君と話すことで、少しずつ言葉を覚えていく。 一度間違えた言葉は、かえってよく記憶に残った。特に香具師。 お香売らないなら「香具」なんて漢字使わないでほしい。 ……まぁ確かに、なんでアロマ屋さんが人魚を欲しがるんだろ、生臭そうなのに、って、ちょっと不思議には思ったけどさ。] (44) 2020/10/01(Thu) 6:07:51 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[あざらしとラッコを間違えた理由は分かっている。 「SEA OTTERS」。 クマとか水牛とか、他のチームはもっと勇ましい動物の名前を借りてるのに、うちはラッコ。 海にぷかぷか浮かぶ、のんびり癒し系動物、ラッコ。 せめてスイミングだったら分かるけど、陸の競技で、ラッコ。 名づけについて、部員たちの間で囁かれている逸話がある。 「チア部を立ち上げた部員が、雲を泳ぐラッコを見たんだってさ」 いくらなんでも無理があると思う。 せいぜい、雲みたいなラッコ、だろうに。 と、言いながらも、私はちょっとだけラッコの絵が上手くなってしまった。 あざらしだったはずなのに、おもわずラッコを描いてしまったのも、きっと癖みたいなもの。 だいいち、私だって初代のことを笑えない。 雲を泳ぐラッコなんて、よく思いついたよねって笑ったけど。 ユウ君との不思議なやりとりだって、きっと「よく思いついたよね」って笑われるような妄想話。 それとも、「頭大丈夫?」って、心配されるかな。 楽しいから、何でもいいけど。] (45) 2020/10/01(Thu) 6:09:01 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[『乳より先に肩を褒めろ』って言ったらフラれた、とは言えなくて隠す。 元カレたちと長持ちしてたら、手をつないだり、キスをしたり、その続きもしたのかもしれないけれど、そのまえに別れてばかり。 だって、「喧嘩したら負ける」とか「ワンパンで人殺せそう」とか「足太くね?」とか。 もっとか弱い方が女の子らしいのは分かってる。 だけど、私の強さに目をつぶって、女の部分だけを求められるのが気持ち悪かった。 私のこの大きな体は、メンバーを支えたくて、チアでみんなを笑顔にしたくて、死に物狂いで手に入れたもので。 喧嘩のためとか、誰かを傷つけるためのものじゃない。 だから、この体じゃモテないのが分かっていたって、卑屈になるのだけは、絶対に嫌だった。] (46) 2020/10/01(Thu) 6:10:12 |
HNアキナ 本名は 早乙女 菜月は、メモを貼った。 (a10) 2020/10/01(Thu) 6:13:40 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[うんと甘いコーヒーを片手に、本を取り出す。 便箋を開くのは、ミルクを注ぐのに似ている。 スマートフォンに見向きもしないで、マドラーを回す時間が好きだ。] (58) 2020/10/02(Fri) 6:32:58 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月[本を返しに行かなくても返事が返ってくるのは、正直言って驚かない。 もちろん変だけど。 それよりも、端々から滲む、人と人との距離の近さ。 それは失われてしまった一年前の日常で。 ── カラオケ行ったの? まあ、禁止まではされてないけど。 失恋を励ますにしては、勇気のある場所チョイスだね。 ── おじいさんに、来いって言われる? 周りのお年寄りは、電車も怖がってたのに。 ユウ君との会話が、少しずつ、ずれていく。] (59) 2020/10/02(Fri) 6:34:29 |
【人】 HNアキナ 本名は 早乙女 菜月──── あ、 [ぴ、と紙の隅が破けた。 何度もやりとりして、消しゴムをかけるうちに、少しずつ痛んだ紙は、とっても書きにくい。 ところどころ毛羽だった紙面をそっと撫でて、裏側からセロハンテープを貼る。 あとどれぐらい、ユウ君とこうやって話ができるんだろう。] (61) 2020/10/02(Fri) 6:37:20 |
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