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【人】 第11皇子 ハールーン[その声の方に、視線など向けられない。 一日だって忘れたことはなかった──なんて、そんな事実を思い起こすのも口に出すのも嫌だ。 油断していた。来ないと言われていたし、実際居なかったから。 衝動的にダレンに縋りたくなるのを拳を握って堪える。] 「水臭いね、アンタル。教えてくれたのなら 予定は開けたのに。愛しい弟に会うための時間 ひとつ作れないなんて、王たる者失格だろう? イスマーイールが教えてくれなかったら 危うく機会を逃すところだったよ」 [無表情のままカップに口をつけるその弟と、薄く笑うイスハーク。 当然のように自分の隣へ座る彼の、二人の従者はソファ近くへ。連れ歩く兵団の一部は広間の外で待たせているのが見える。 一脚余ったティーカップは"そういうこと"だったのかと、今気づいた。乳母達が足早に、空いたカップへいつの間にか用意されていた淹れたての紅茶を注ぐ。] . (126) 2021/04/22(Thu) 23:15:22 |
【人】 第11皇子 ハールーン「へぇ……これおまえが作ったのか。 大したものだね。あの頃は泣いてばかり いたのに。」 [優雅に躊躇いなく菓子に伸ばされる指は、それをその口へ運ぶ。その光景をただ見ていた。何も出来ないまま、声が出せなくなるのはあの頃と全く同じだ。呼吸が浅くなって無駄に動悸が早くなるところまで。 目は合わせていないのに、蛇に睨みつけられたネズミのようだ。] 「うん、美味いな。ハールーン どうぞ?」 [一口齧られたショートブレッドを差し出されるというその行為を、一瞬、うまく把握できなかった。 眼前の、その菓子を、食べろというのだろうか。この、自らも毒でできたような人間の食べかけを。 毒物の扱いに長けているこの兄は、当然のように自身で効果も調べている。何度か倒れて居るのを見たことがあった。次の日にはケロリと笑って話すものだから、それもなお不気味で。──兄弟の間では、彼は体液は当然のこと、髪の先から爪の先まで余すことなく毒物であるという認識だ。 ──あの指輪はしていない。 視線が自分を透かして後ろに注がれるのを感じた。ダレンを見てるのだと解ると、その後に発せられる最低な言葉の予想をしてしまった。 この場所では誰もイスハークに逆らえない。出来るとしてアンタルだ。けれど自分の従者を守れるのは自分だけなのである。] . (127) 2021/04/22(Thu) 23:19:05 |
【人】 第11皇子 ハールーン[アンタルの静止が聞こえたような気がしたが、お構いなしに咀嚼して飲み込んだ。差し出された中途半端な形のそれを。 こんなところでまさか自分を殺したりはしないだろうと読んだが、何かを冷静に考える余裕なんてない。] 「──何を考えてる?」 [ゆるく笑ってこちらに問う声に気付いたときには、距離はゼロになる。イスハークの左腕が大蛇のように自分の半身に絡む。頭を支えられて動けない。 アンタルの静止が強く入る。それでも腕は外れない。外すわけないと思ってしまう。] 「ははは、可笑しいな。兄弟の抱擁に何を そんなに動揺することがあるんだい?」 [朗らかに、低く良く通る声は、よく伸びて場を征す。 思えば初めて触れられている。幼い頃からこの兄だけは恐怖で、ずうっと逃げ回っていた記憶しかない。] ぁ、…… [あの頃と変わらない空気に、忘れていた記憶が引きずり出される。身体は強張って冷たくなった指先が震える。ふわりと漂う甘く独特な香りが目眩を起こしそうで、ぎゅっと目を瞑って息を止めた。 どれだけどんな禍根があっても『兄弟』という言葉がそれを片付けてしまう。 そこには『従者』など、割って入れるものではなく。] . (128) 2021/04/22(Thu) 23:24:15 |
【人】 第11皇子 ハールーン「…………つまらなくなったねハールーン 逃げ回るおまえの方が、よっぽど皇子だった」 [低くつぶやく声と共に、爪の長い指が頭髪の隙間を割って入る。皮膚を舐める尖った感触に肌が粟立ち、思わず回されてない片腕を掴んだ。抵抗になどならない程度の抵抗だ。 その爪が皮膚を破れば何らかの毒が回る。そんな想像をしてしまう──多分合っているのだが。] 「……小さいね、ハールーン。ちゃんと 栄養とらないと大きくなれないよ? ──菓子類じゃなくてね。」 [ゾッとさせられる耳元の響きに、無理矢理に意識を開かせられるこの感覚に──やっと目が覚める。 この人は意味のある言葉しか言わない。言に魔を込める人だ。表と裏などではなく、多角に光る鉱石のように。黙っていれば捕らわれてしまう。頭にこびりつかないよう意識を閉じて『跳ね返す』] っちゃんと、食べてる、よ…… お菓子は、好きなんだ。 俺に生きる道をあたえてくれたから…… . (129) 2021/04/22(Thu) 23:27:48 |
【人】 第11皇子 ハールーン「……んふっ、くっくっくっ……」 [いやに嬉しそうに溢れる笑いがひたすらに気味悪く脳内に響いて、] 「そう……じゃあおまえは "それに従事する"人になりたいの?」 [言い方を妙に思う。やっぱり『菓子』が指すものはそれ自体じゃない気がした。意図をやや外して答える。] ──俺、は、料理人になりたい みんなに、笑顔になってもらえる料理を、 作る人になりたい……それが、俺の道だと思う、 から。 [声が震えないように、決意をもって発声した。この気持ちは決して嘘じゃない。 目線を、合わせなくていい体勢になってるのは不幸中の幸いだと思った。] . (130) 2021/04/22(Thu) 23:31:54 |
【人】 第11皇子 ハールーン「そう…………良かったね。 ならば定期的に持って来るといい、此処へ。 僕も甘味は好きだからね。酒に合う。 身内から忌憚のない意見を貰うのは 悪くないだろう?」 [おまえも自分で作ったものなら食べられるだろうからと、そう言ってイスハークは腕を緩め──"ひとこと"告げて離れた。他の誰にも聞こえないような、微かな、けれど確かな音を。] 『おまえはウスマーンのようには、ならないよね?』 . (131) 2021/04/22(Thu) 23:35:56 |
【人】 第11皇子 ハールーン「……では僕はこれにて失礼するよ。 御馳走様、ハールーン。 ──戻ってきてくれて、嬉しいよ。」 [離れた腕の感覚だけを、確認して。あとはもう何も、耳に入らなかった。ただその兄の姿が消えるのを見送った。それが本宅での最後の記憶となる。 その場で、自分は意識を手放していた。]** . (132) 2021/04/22(Thu) 23:40:51 |
(a10) 2021/04/22(Thu) 23:44:41 |
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