203 三月うさぎの不思議なテーブル
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あの。
……これ、まだ、瑞野さんにしか言ってないんですけど
最近、……なんですけど
好きな人に、彼女にして貰えました
…ちょっと浮かれてても、見逃してください、ね?
[ つられるように流した視線。
きっとそれだけで、相手が誰かも悟られるかもしれないが。
最後の一撫でをにこにこご機嫌で受け取って
"早く
桜
が咲きますように"と
その背中を見送るのでした。* ]
― 鴨の日にて ―
[ 大咲が速崎からの返事を受け取ったのは、
店長への言付を依頼した翌々日のこと。
便箋のサイズと比べれば短い簡潔的な返事でも
"縁は切れない"ことを実感出来る内容に
どこかほっとした面持ちで読み終えてからは
少なくとも、仕事中のやり取りが微妙な空気になったりとか
そんなことは起こらなくなった。
────そして鴨肉の日、うさぎの穴にて
白うさぎたる大咲は、あまり厨房には立てなかった。
決して自信喪失などではなく、理由は幾つかあるが。 ]
( だ、大丈夫かな、美澄くん…… )
[ ちらっと縋るように此方を見る新人うさぎ。
絡む視線に色濃く滲む不安の色。
ひとつめの理由、即ちカクテル作りの独り立ち。 ]
[ 「作って良いよ」とカクテル指導役の大咲は言ったものの
そんな子犬のような目で縋られると、つい。
付かず離れずの距離に立ち、谷底へ子ライオンを落としつつ
カクテル作りを見守っていた …が。
どうやら、先日のような惨劇は起こらない様子。
ソーダできちんと"割る"ことを覚えたうさぎ一羽へ
零したのは安堵の息。 ]
セーフ……。
[ 雲行きが怪しければ即座に止めに入るつもりだったが、
今後もその心配はせずに済みそうだ。
なおこの桜カクテルの追加注文は、
葉月の食レポ赤ペン先生により無しになった様子。
先生とはいつの時代も厳しいものである。
]
[ 見守りを終えた白うさぎは、お客様に捕まることが多く
神田の来店にも暫くの間気付けなかった。
ランチが美味しかったから夜も来ました、と言われたなら
笑顔で礼を返し、夜営業の説明をして。
そうしているうちにオーダーが別卓から入り
一押しの具材は? どんな調理がオススメ?
お姉さんが好きな料理は? なんて名前なの? …とか
一個一個丁寧に聞いてくるなぁこの人達……と思いつつ
律儀に接客していたら気付けなかったという有様。
しかし、実った恋へご機嫌な大咲は、
無意識に全ての「ワンチャン狙う客」を絶妙に躱した。
ある意味"魔除け"の効果である。
高野と食事をする神田の姿をふと見捉えた時、
「あ」と微笑んだのも一因かもしれないが。 ]
[ 過日の車の中、「もう大丈夫」と口にした大咲に対し
彼は大丈夫か問うことをせず、未来の話をしてくれた。
"一緒に作る"なら、きっと大丈夫。
作りたいと思う気持ちを尊重してくれる優しさに甘え、
「えへへ、楽しみです」と大咲は微笑んだ。
どれだけ時を重ねても、あの記憶は良い思い出にならない。
代わりに大好きな人と素敵な想い出を作るのだ。
ケーキ作りの最初の一歩は、彼と。 ]
未来の約束ができるのって、……しあわせですね
[ 急がなくても時間はたくさんあるから。
ひとまず直近の昼間が休みの日だけを教えることにして
お揃いを買いに行くお誘いへ、頷いた。
選ばせてくれるなら、彼の服も勿論見立てたい。
それに合わせたデート服を新調するので。 ]
―― 勘のいい人 ――
[贅沢を飲んでる。
下準備を請け負った身としては嬉しい一言。
良質な素材を使うことは当然であっても、
見栄えのする視覚に捉われてしまうのは人の性。
ベースとなるものに気づく人は意外と少ない。
そこに気づいてくれるのが神田だ。
彼のような人が店の常連になってくれることが、
誇らしく、より腕に磨きを掛けたくなってしまう。]
黒原以外にも、大咲がデザートを担当する
機会を増やそうっていう話が出てるんです。
[不意に、そんな話をしたのは。
昼と夜の狭間でディナーに出すデザートの
準備をする彼女の姿を見る機会が増えたから。]
[それが、目の前の人の影響があったとは。
まだその時は知らなかったもしれないし。
大咲から既に聞いていたから、話したのかもしれない。]
秘蔵は教えられませんが、
大咲ならぽろっと口にするかもしれませんね。
[最近柔らかくなった彼女は、
その時どこに居ただろうか。
軽く視線を向ければ反応があっただろうか。
そんなやりとりを交わした後に運んだアヒージョも
しっかりと食レポを貰って、
『ナギちゃん』と親しみを篭めて呼ばれることにも、
躊躇いを感じなくなってきたのは、いつからか。]
[口されることのないLIKEに、
こちらから向けられるのはI owe you one.
気づかなかった心配りとは、また別に。
いつもこの店に足を運んでくれるお客様へ。
アスパラを食む姿を楽しみながら、
不意に高野へ飛んだ問い掛けには、
チャンス?と、首を傾げたことだろう。**]
[ そんなことを不意に思い出しながら。
貝沢と栗栖が退店するのをしっかりばっちり見送って、
おや、あの感じは……? と訝しみつつ
大咲は白いリボンを揺らし、まなじりを緩めた。 ]
……春だなぁ
[ グッドラック、といつぞやの貝沢が葉月の背を押したように
今度は大咲が心の中、頑張れ、とエールを送ろう。* ]
― 合間にて ―
[ デザートの担当者は、現状のうさぎ穴では
主に黒原、いなければ大咲以外で作れる面子が。
といった具合だが あのクッキーの日を切欠にして
「クッキーはもう平気。それ以外は、きっと近いうちに」と
出来る範囲でデザート担当の機会を増やす話は出ていた。
それでも、例えば。
他の人のデザート準備を少しばかりでも手伝ったり。
デザートプレートの仕上げのデザインを考えたり。
そんな些細なことだが、それさえ今まで避けていたこと。
クッキーは、もう一人でも準備出来るようになった。
長年続いてしまった苦手意識の克服の為に
まずはクッキー系のレパートリーを増やそう、と
そんな話も兼ねての、デザート担当機会を増やす計画。
それ以外も、少しだけでも手伝えているのは
一から彼へのケーキを焼いた時、
彼に美味しいと思って貰う練習も兼ねたいから。
……何せ、何年も作っていないので。初心者なのだ。 ]
[ 彼氏、出来ました。と打ち明けた瑞野には
そんな心情も話していた。
ソースアートのコツを教えて貰うおねだりもして。 ]
( ……? )
[ 不意に視線が瑞野から飛んできたのを受け取れば
首を傾げ、にこ、と微笑みを返して手を振った。
丁度その時は新規に近い男性客二名の接客対応中。
てててっと話へ混ざりには行けなかったが。* ]
― その後、閉店間際 ―
[ カクテルのオーダーについ目を配ってしまったり。
常連様よりは新規様の対応が長引いたのもあり、
大咲が神田の方へ近付けたのは閉店間際だった。
白いリボンとうさぎの耳を揺らし、
ひょこり、カウンターの方へ近付いて ]
神田さんっ、こんばんは!
さっき瑞野さんたちとなにかお話してました?
[ 鴨肉美味しかったですか〜? と、明るい声音。
名前で呼ばないのは、まだ今はお店の中だから。
夜にお店へ来ているということは、今日は無理じゃない日。
早く手を繋ぎたいなぁと思いながら
「店員の白うさぎさん」は何気ない調子で問いかけた。* ]
[こつ、と額に当てられる温度はすぐに離れたけれど
火照ったままの顔は引かずに。
笑う彼を一頻り睨み、話題は家族のことへ。]
………うん。ぜひ。いつか会いにきてよ。
瑛斗のご両親にもそのうち会ってみたいしさ。
[そういえば高校卒業以来
何人かと付き合ってはきたけど
今まで彼氏をちゃんと親に紹介したことってなかったんだよねえ。
パパはわーわー言いそうだなあと浮かんで苦笑したけど
まあまあ、その時はその時で考えるとして。]
[そうしてアクセサリーの話。
付き合ってすぐ指輪ほしいって急すぎるかな?なんて
少し恥ずかしくなりながらの申し出は
快諾されたようでほっとする。
ぱ、と安堵に笑みを浮かべて。]
良かった!!
うん、じゃあ私が瑛斗に贈るね。
一応向こうで参考に
デザインの写真みたいなの見せて貰えるらしいよ。
多少どんなのがいいか考えといたほうがいいかなあ。
[なんて言いながら一緒にお弁当を片付けて。]
……、
[続いた台詞に一瞬固まる。
少し引いた顔の熱がまたぶり返して。]
………………ここ、外…、だよ?
[困ったのと照れたのが入り混じったような顔で
眉を下げて、赤い顔でじ、と彼を見つめる。
ダメ、って言わないのが
きっと答えのようなものだけど。
**]
― 過日・誰も知らない大咲の話 ―
[ 車で彼に家まで届けて貰った、その後のこと。
ランチタイム営業に客として赴く気分でもなかった大咲は
"特別な人と一緒に住む"未来を想像し、
いつもと変わらない筈の、からっぽの自宅を見渡した。
──…実家、か。
想いの糸を結んだ日に交わした何気ない会話の中で、
実家というものを曖昧に答えたことを思い出す。
まだ母がそこにいるのか、分からない。
もしかすれば再婚のひとつやふたつ、しているのかも。
実家を出たあの日、大咲は新しい住所を教えなかった。
母も最後まで尋ねては来なかったから
別に今更、大咲が恋人と同棲しようと何をしようと
肯定も否定も寄こされはしないだろう。 ]
[ だからこれ以上、触れる必要はない。
……本当にそれでいいのかな。
お菓子作り全部が平気になって、
作る時の記憶もぜんぶ、彼に塗り替えて貰えても。
"多分縁が切れた、もしくは切られた"のか分からないような
宙ぶらりんで、いいのかな。
…………よくないよなぁ。
幸せにしたい、と心から告げてくれる彼の誠意を
このあやふやさのまま答えるのは不誠実だ。 ]
[ ────なにも詰まっていない、空っぽの。
ケーキのスポンジみたいな人生だったと思う。
そこに、うさぎ達やお客様が
味
を与えてくれて。
何の彩りもないスポンジに、
彼がクリームやフルーツをめいっぱい添えてくれた。
混ざり混ざって、
愛
になった。
今の私は、その
甘
さを
ちゃんともう知っている。 ]
────────……向き合わないといけないのは
こっちも、だよねぇ……。
[ 大咲真白は、母を嫌っても恨んでもいない。
どんな最終回答が来ても、
高校まできちんと卒業させてくれたことを感謝している。
……大咲はその日の昼。
とある番号へ、ひとつ、電話を掛けた。* ]
[俺の両親に会うのはもちろんOK
きっと喜んでくれるんじゃないかな?
それとも変な反応するのかな?
全く想像つかないけど、玲羅ならきっと大丈夫。
指輪の話しを快諾したら、安心したみたいだったから。]
…………俺もね。
指輪、贈って良い物か迷ってたから。
背中押してくれて助かった。
玲羅のそういうところ、とっても好き。
これからもよろしくね?
デザインに拘りは無いけど。
出来れば何時も身に着けてたいから。
奇抜過ぎないのが良いな。
[俺の意見も述べました。なんだか嬉しいね。]
[質問の答えは、解答になって無い気もしたけど……]
確かにここ、外だね。
[言ってる事はもっともだ。
だから俺は右を見て、左を見て。
それから掌で二人の顔を隠して。
一瞬だけ唇を触れ合わせた。]
次から気をつけまーす。
[気をつけるだけね。守れるとは言ってない。
困ったものだね。]
幸せだなーとか。好きだなーって思うと。
キスしたくなっちゃう。
……困ったね?
[くすくすと笑って。立ち上がろうか。]
[俺は玲羅に手を差し出した。]
じゃあ、指輪作りに行こ?
[それから素直に恋人繋ぎに移行したんだけど……
じわじわ照れるのを抑えられなかった。
キスより手を繋ぐ方が恥ずかしいってどういうこと?!!
俺は耳まで赤くしながら玲羅に情けなく笑いかけて。
それから幸せそうに目を細めて。
軽くなったお弁当箱をもつと。
バス停までの道を、2人で歩き始めた。**]
― こらそこ、ゼミじゃありませんよ! ―
[ あんまり喜ばしくない花丸ではありますね。
そして先生も無事に赤点決定なので、
めでたく(?)クビになってしまうわけですが。 ]
えっ やだよそんな同士!
[ 鈍感天然同士ってことですか!?
事実どころか大咲の方が多分鈍感だった気もしますが
いやでもそれはやっぱりちょっとご遠慮したいな!?
大咲はちゃんとあの日、気付いて一回遠慮しましたので。
しっかりノーと言える大咲真白を示しておいて。 ]
……ん。ありがとう。
そうだね、栗栖くんになんかアドバイスしてたもんね?
[ 残念ながら所々のワードが、その、…アレだったので
大咲は会話の全貌を実は知りませんが。
言葉のインパクトしか覚えていない。 ]
うーん……おもちねぇ。
栗栖くんには妬いたりしない……と、思う、けど。
だってデートの相談乗ってたの、聞いたもん。
でも、栗栖くんとも貝沢さんとも
せっかくの"素敵なご縁"、続けていきたいからさ。
妬かせちゃったら、ちゃーんと好きって伝えるよ。
[ 自分の嫉妬心はちゃっかり棚上げしながらも
元・赤ペン先生がこんな会話を繰り広げたのは
きっと鴨肉の日より後日のことだっただろうね。* ]
あはは。
うん。 ――ありがとう。
十分だ。
[高野の立場、そしてその視線の先の相手のことを思えば、あからさまな答え方はしないだろうと思っていた。
「目的は一緒」、だから通じる。
信頼されている。
それが嬉しい。]
ああでも今日はちょっと遠いんだよね〜……。
[具材がなくなったスキレットに映る顔はほんの少し拗ねている。
今日、彼女に近づく客、多すぎない?
魔除けの効果、重ね掛けしようと決意する内心。
仕事の邪魔はしたくないし、自分の相手だけしていられないことはわかっているけれど、遠い時。
きっとこの複雑な心境は高野ならわかってくれると思って。]
[那岐の料理を手放しで褒めるのはいつものこと。
寡黙な彼がそれに多くの口数で答えてくれることはあまりなかったが、最近はよく話してくれるような気がする。
「目的が一緒」の彼の影響かどうかは知らない。
これまで自分の独り言のようにしてきた料理の感想を受け取る反応に自分が漸く気づいたというだけかもしれない。]
うーん、
「ぽろっと口に」出させたくはないなぁ……。
[秘蔵の醤油について言われたなら苦笑を返す。
想いを担保に彼女の領分を侵す男にはなりたくない。
両想いを言葉で確認した日、「うさぎの穴は例外」とつけることを忘れなかったくらい、この職場を愛している彼女だ。
そしてそんな白うさぎの姿にも惚れている自分だから。]
食べたくなったらここに来るよ。
[そしてそして愛しているのは白うさぎだけだけれど、紺色うさぎの味も自分の命を形成するのに欠かせない一要素なので、白うさぎを捕まえたからと巣穴を覗かなくなることはないのです。]
そっか。
じゃあその時を逃さないようにしないと。
[デザート担当の話を聞けば、口角をあげて黒板を見遣った。
あれからはまだ、そこに「大咲」の文字は咲いていない。
準備や仕上げのヘルプに入る機会が出て来たという話は本人から既に聞いていた。
今まで避けていたそういう仕事に関わるようになった彼女の心境を那岐が聞いているかは知らないが、これまで作らないことを責めずに、作り始めることに対しては好意的でいてくれるのだろうということは伝わった。]
……応援してる気持ちに嘘はないのに、
独り占めできないのが寂しかったりして。
[那岐の視線に微笑み手を振る真白。
花が咲いたように可愛いその笑顔は、どうかその男性客に向き直る時には仕舞っていてほしい。
ほら、間近で見た客がドキっとした瞬間が見えた。]
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