>>53　夕方の屋上

　レヴァティは結局、授業の間もずっと寝ていた。
　夢見が悪いのだろうか、うなされている。>>L8

　イクリール

「う……」

　誰かの声に、人の気配に。彼は目を覚ました。
　微睡みからは抜け切れず、
　そばにいる人物をはっきりと認識しているかもわからない。

　それでも、空の色が眠りに落ちる前と
　ずいぶん変わってしまっているのは見て取れたらしく。

「……あー……お呼び出？」

　寝転んだまま問いかけた。
　喉の調子は、朝よりはマシになっている。

　イクリール

「んー……？ んーんー、嫌ァな夢見ちょったけん、ありが」

　起き上がろうとする気配はなく、むしろコートを抱き込み、
　イクリールを背にする形で転がった。
　あなたの傍には風で捲れる手帳が落ちている。

「風邪は、ああ、引から大丈夫です。
　お呼び出しと違うんなら、
　もう晩までここ居ってええかもしれね、俺は」

　喋りながらコートを探る。
　探し物は見つかったのか、程なくして手は止まった。

「も、風邪引かん内にあったかい所行くんですよ〜」

　イクリール

　んー、やら、あー、やら。生返事を投げ置いて。
　話は終わったものに思えていたけど、
　それでもあなたが去らないものだから。

「……ひとことで言ら、
　子どもたちが屠ごっこをした話？」

　起き上がって、「あ」という顔をした。
　話し相手がイクリールであったことを、
　レヴァティはここで初めて認識した。

「……まァ、ええか」

「屠殺ー…鶏やら豚やらをお肉にすに殺すことね？
　その屠殺屋さん役の子が、
　ごっこ遊びで役の子を本当に殺しよるん」

「殺人が死刑の町で、それでもその子が
　だからで許されるか許されないか、って〜」

「君はどう思います？」

　コートの下から本を取り出し、パラパラとめくり出す。
　ん？　何か違和感を感じたようだったのが見て取れた。

　イクリール

「そっか。君はよう考える子ですねぇ」

「そうですそうです、判断し得るに足報って、
　今俺が言った中には全然ないんよ〜。
　誰かに命令されたとか、
　他のもいっぱい考えられますけん」

「君はそおやって、考える頭がなくならんとええ、あっ」

　本の中身をちゃんと読んでギョッとする。
　忙しなく周囲を見て、イクリールの傍の手帳に気付けば
　慌てた様子で手帳を拾った。

　コートから出した本……
　──童話集と手帳は、サイズは似てはいるが、
　中身は勿論、表紙の質なども大きく違う。

　あなたがイクリールだとも気付くのも遅れたし、
　こんなことも間違えていたのだから、
　彼は本当に、そうとう寝ぼけていたのだろう。

　イクリール

「そうですよ〜　考えられん子も結構いよるけんねぇ」

「『悪いことは悪い、だから罰さべきだ』
　って考えしか、一にも二にも出来ん子もいて。
　けどそれ自体も悪いことってわけでなく」

「『悪い知らんことをしてしまいました』
　『事情次第で許される悪いことあるって知らんです』」

「言いよることん根本は、同じよね〜
　知らんことは知らん。思いつきもしないです」

「俺は、みんなみんなが許すことと思いますよ、
　片手で開いた手帳を見つめながら、
　放り捨てていたコートと童話集を回収する。

「でも、誰かは許してくれるとも思うちょります」

「君が許せないことは、許せんくてし、
　君が、誰かを許せるなってあげてもええし」

　あなたの場合は、大よそ後者をするだろうと
　レヴァティは思っている。

>>98　　イクリール

「……、転がりよる気分やなくなった？」

　、わざとらしく声を出せば、少し咳き込んだ。

「……もう話かけんでくださいね、俺が困ります。
　う卒業しよってなァ〜〜？」

　そう言って、レヴァティは屋上を後にしていった。