224 【R18G】海辺のフチラータ2【身内】
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丁度よかったな〜に、うん〜と返して笑う声は陽気なものだ、訪れた平和を享受するみたいに。
飲み物についてはミルクがあればそれをねだり、横並びになれると分かればソファにぽすんと座る。
そうしてマリトッツォにはまだ指先を伸ばさず、返答を待って、待って。
「……そっか」
内容は予期していたものだから驚きはなく、答え合わせが済んだだけに違いない。
でも貴方の口から直接伝えてもらえたことに何よりもの意味がある。
「そりゃ〜中々言えないだろ、オレが同じ立場でもそうだよ。
怖いの気にしてくれてありがとう、隠さず言ってくれたのも」
ふっと目を細めると其方へと少し身体を傾けた。
クッションとソファでは高低差があるだろうからバランスには気を付けつつ、とはいえ身長差を考えれば丁度いいぐらいなのかもしれない。
頬に当たるのはあの日とおんなじ、柔らかなひだまり色。
「……大丈夫、怖くなんかない。
だから安心してね、変わらないから」
……で。
結局それだけじゃ足りなかったから、両腕を伸ばした。
貴方の頭を抱え込んで、それから左手でやさしく髪を撫でる。
抱いているこの思いがちゃんと真っ直ぐ届くよう。
「きれいじゃなくても、ろーにいがだいすき」
違法頼んだのオレだしな、とも、笑声を傍で揺らしながら。
「お前の事こっちのゴタゴタに巻き込みたくないし」
「どうせだったら
マトモ
な部分だけ見て欲しくて……」
貴方をそういう世界に触れさせたくはなかった。
無かったけれど、貴方がそうやって許すから、
正直に言おうと思えたのだ。
それでもこれは言い辛そうにしていたけれど。
「え」
──伸ばされる両腕に、ぽんと抱き寄せられる。
抱えられた頭を、自分よりも小さな手が撫でている。
「あ」「…………」「フ、フレッド」
「オレ、」
これは途端に驚いた顔をして、何回も瞬きをし。
ふと弱弱しく名前を呼んで、貴方の胸に頭を押し付ける。
弟に甘えるなんて思っても無かったけれど。
「……きらわれなくてよかった」「安心した……」
「…………あは。オレもお前の事は好きだよ」
今は抱き締め返すよりも、この時間を享受していたかった。
穏やかに目を閉じて、ぽつりと「よかった」とまた言って。
「お前……これからどーすんの」
「他に手伝う事無いの。オレやるから……」
| (a40) 2023/10/01(Sun) 11:45:18 |
貴方が見せたいものがあるのならそれだけを見続けているのも良かっただろうか。
だけれどだいすきだと思うからこそ、全部知っていたいとも思ってしまう。
何かあったときも足元を揺らがせることなく、同じ言葉を紡げるように。
弱弱しく名を呼ぶ声に戸惑っているなと感じながら。
それでも嫌がられているわけではないから、抱きしめたままだ。
「……うれし」
貴方を甘やかしたいし、こうすることで自分だって甘えている。
柔らかな髪を幾度も撫でてはここに在る愛情を伝えるように。
「他はぁ……ええっとさ、街出ようと思ってて。
オレ、ニーノって子の代わりしてただけなんだけど、死んだことになったから。
死人歩いてちゃだめでしょ、だからそう……出るんだけど……」
「……それまでの家がないです。
野宿でもしようと思ったんだけど」
お金はたくさんあるとはいえ有限だ。
節約するべきところは節約しようかと考えていたが。
抱きしめていた腕を少し緩めて、そぅと貴方の瞳を見つめた。
「街出る準備できるまで……ろーにいの家に泊まっちゃダメ?」
「え。街出んの? 近場?
てか今そんな事になってんの? 難儀だな……。
遠かったらやだな……会いに行けなくなる」
街を離れる事については、素直に寂しそうな顔をした。
きっとパン屋で会える事も今よりずっと少なくなるかもしれない。
死人が歩いていちゃあいけない理屈は分かっているけれど。
腕が緩まれば距離は少しだけ離れる。
何を言うつもりなのだろうかと見上げればきっと目が合って。
「………………」
「なんだ。オレが断ると思ってんの?」
にま、と笑った。
そういう事ならお安い御用だ。むしろ嬉しくもある。
いつか話していたお泊り会が、
ちょっと長めに開催されるようなもの。
ロメオはそのまま身体を起こして、今度は貴方に手を伸ばす。
叶うならそのまま、むぎゅっと抱きしめて。
「いいよ。泊まりなよ、オレの家は自由に使いな。
鍵も渡しとくかな……あ、落とすなよ。色んな意味で危ない」
「あと夜帰り遅かったりとか……他の人が来ても良いタイプ?
多分たまに来たりすると思うから……」
そうやって撫でくりまわしながら、注意事項の確認。
「近場……かなあ。
まだ決めてない、とりあえず知り合いあんまりいないところ〜って……」
貴方があんまりにも素直に寂しそうな顔をしたので。
寂しくさせるのが自分だってわかってるのに、なんだか笑ってしまった。
嬉しかったのだ、そうやって求めてもらえることが。
なのでもう一度、いや二度ぐらい、やさしく髪を撫でてから。
にま、向けられた笑みに更にこちらも笑みを深めていれば……むぎゅっと。
「ゎ」
貴方に抱きしめられると本当にいつもすっぽり収まってしまう。
あの牢の内に居たときからそうしてほしかったと、
望む心が満たされていくのを感じて、しあわせだ、と思った。
「へへ……
ろーにいならいいよって言ってくれると思ってた」
「はぁい、鍵は失くしません、大事にするし」
「帰り遅くなってもいいよ。
オレ寝てておかえり言えないかもだけど……」
「誰か来るのも大丈夫、だめなときは外に居るし。
そうじゃなかったら家の中で大人しくもできます」
注意事項にはきちんと全てに返事を返す。
だって大事なことなんだろう、そして全部大丈夫。
ぎゅっと抱きしめながらも顔だけは上げて、貴方を見上げて。
「……だから、しばらくよろしくね?ろーにい」
無職なので家事はしまーす、と。最後に付け足して笑っていた。
「……そっか。そっかあ、ならいいや。
オレが会いに行ける所ならどこでも……
あ。治安いい所にしろよ」
オレが言う事じゃねえけど!なんて付け足した。
髪を撫でられている間は、やっぱり目を閉じて嬉しそうに。
せっかく兄弟が出来たってのに、すぐにお別れなんて嫌だったのだ。会いに行けるなら、顔を見に行けるなら、それならいいかな。
包むようなハグはちょっと力が強くて、
それでも苦しくはないくらい。温かい体温は変わらないまま。
「言うよ。相手がお前なら猶更」
「帰ったら猫とお前が居るのか……嬉しいな。
ホントに家族みたいだな。アハハ……」
想像をしたらどうしようもなく嬉しくなった。
貴方が旅立つ時に離れ難くなっていたらどうしようか。
『フレッド』としての新たな再出発を、
自分は笑顔で見送っていたいのだ。
「……うん。こちらこそよろしく、フレッド」
頼みまーす、と笑って返して、背に回した腕を離す。
こうして一緒に居る時間が限られているのなら、
それまではこうやって家族らしくしていよう。
本当の家族じゃないけれど、本当の家族みたいに。
▷
「……マリトッツォ溶けるわ」
食おうぜ、と促して朝食と称した甘味を手に取る。
まずはゆっくりお互い休もう。
これから文字通りきっと、新しい一日が始まるんだから。
ちょっと力の強いハグは苦しさを教えるものではなくて、
貴方からの愛情を教えてくれるものだ。
兄弟としてのこれからは始まったばっかりだったのに、
すぐに遠くなってしまうことはこちらも寂しいけれども。
「そうだよ、ろーにいが帰ってきたらにゃんことオレがいる。
へへ……競おうかな、この子たちと。
どっちが早く玄関までろーにいを出迎えられるか……」
それでも、それまでの少しの間だけでも。
貴方に家族の温もりを与えられるのなら。
"オレでいいの"、と。
零された小さな声を未だ、覚えているから。
「…………────」
そうして腕が離れた頃。
そっと伝えられる感謝には目を瞠り。
呆けている間にマリトッツォを手に取った貴方を見て、眦を下げる。
すこしだけ、視界が滲むのを感じながら。
「…………それなら、オレだって」
[1/3]
さて、翌日。
正式な手続きを踏まず脱獄した女にどれほどの時間があるだろう。
少なくとも今ここで、自宅のアパルトメントへと立ち寄るような女ではなかった。
「…ただいまあ」
だから、最後に立ち寄ったのはそのホテルだった。
…変わらず、照明はついたまま。誰もいない室内に声をかける。
そうして真っ先にデスクへと向かい。
そこにある『大切なもの』たちを見つめ、ひとつひとつを回収してく。
冷蔵庫から、チョコレートも取り出した。
片腕にそれら『大切なもの』たちを抱いて。
そのまま振り返り、部屋の隅を向く。
ちょこんと最後にひとつ残されたスーツケース。
片腕で、よいしょ。これもそこそこ重いから、怪我した腕ではひと苦労。
…この中身は、どうしようか。
それだけは、まだ決められそうにない。
自分ひとりの問題ではないからかもしれない。
でも、いづれは決める心算ではあった。
「……溶けるのは、困る〜」
そうしてぐしと少し乱暴に目元を拭ってから、
己もまた同じように甘味を手に取る。
食べ終わったら何をしようか。
夜になっても貴方の隣に居られるのを思いながら。
久々に口に入れた甘味は幸福と呼ぶのが相応しい味がした。
──『ねえ、戸籍ってろーにいのと同じにできないのかなあ』
そうして食べている最中、そんなことを零していただろう。
難しかったら大丈夫、あんまりよくわかってないから、と添えてもいたが。
──『そうしたら、ほんとの家族になれるでしょ』
すれば離れたとして、貴方の寂しさも少しは紛れるかなって。
子どものような発想を声に載せて。
──『そうじゃなくても、ほんとの家族だって思ってるけどね』
貴方の弟は甘えただから、変わらずぎゅっと肩を寄せて笑っていた。
[3/3]
「常連さんには、結局なれませんでしたしねえ」
そうひとりでに、からころ笑う。
喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところだ。
女はそもそもコーヒーという飲み物の味が好きではなかった。
今まで一度も、誰にも、そのことを口にしなかっただけで。
荷物に両腕を抱えて、女はホテルを後にする。
もうここを訪れることもないだろう。そうやって初めて照明を消した。