74 五月うさぎのカーテンコール
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[伸びてきた手に、触れられて。
微かにいつもより低い蓮司さんの温もりに、
どれだけ緊張してたのか今更のように知って。]
私のは……嫌な思いってほどじゃないので、
[取られた手を握り返して、温もりを分けながら。
しどろもどろに。]
ほんとに、蓮司さんに比べたら
全然たいしたことないような、もので……
[逸らした視線を、おそるおそる戻せば
心配そうな顔に、う、と小さく唸った。]
[小さく息をついて。]
…………
ちょっと前にあった、ランチタイムのことで。
蓮司さんはいつものカウンターにいたから
聞こえなかったと思うけど。
ホールに出た時、テーブル席の女性二人が
「カウンターの人かっこいい」って話してるの聞こえて。
まあ、あと……いつもいるよとか、彼女いるのかなとか。
それだけ、なんですけど。
[その後バックヤードに戻ったアイドルタイム、
笑顔がこわいって指摘したのは、同僚だったか店長だったか。
卯田さんの言うエグさを利用して
敢えての笑顔で冷ややかな対応をすることもあるのだが。
その時は完全に無意識だった。
確かにちょっともやっというか、イラッというか。はい。]
あー……私も心狭いなぁ。
あっ、蓮司さんに気を付けてほしいとか、
お店に来ないでほしいとか、
全然そういうんじゃないですからね!?
ただ、私が勝手にもやもやしただけ、で……
うー…言葉にすると、すごく恥ずかしいな。
[だんだん首の後ろ辺りが熱くなってきて
手を握ったまま、項垂れるように顔を伏せてしまう。]
……呆れてます?
[いっそ笑ってくれてもいいんだけど。
緊張して、泣きそうな顔で笑った彼に比べたら、
私のはすごく浅くてちっぽけに思えてしまうから。*]
[名残惜しいのは此方も同じ。
離れていく間際に、つんと袖を引いて少しだけ引き留めて。
彼の頬に掠めるようなキスを送った。]
はい、いってらっしゃい。
ご飯も温めておきますね。
[シャワーに向かう彼を見送れば、ちょうどケトルが鳴り始めたので火を止める。
先にシャワーを浴びるなら、もう少し時間が経ってから用意したほうがいいだろう。
少し持て余した時間は、部屋の片付けに費やすことにして。]
[頃合いを見計らって、茶葉を蒸らす。緑茶の温度は低めがいいというから時間を置いてちょうど良かったかもしれない。
同時に賄い用の容器とおにぎりを温める。これは電子レンジの力を借りて簡単に。
レンジから取り出せばいい匂いがした。
程なくしてシャワールームから物音がしたら、彼が戻ってくる合図だろう。
タイミングもちょうどいい。]
[デザートは一緒に食べたいからと言って、彼が食事をする間に先にシャワーを借りることにした。
しっとりと汗ばんだ身体を洗い流して、明日のための準備に備える。
お風呂上がりには持参したボディミルクを塗って、ほんのり甘い香りを付けて。
肌にはランさんと一緒に買い物に行った際に購入した、淡い薄紫のレースの着いたセットのランジェリーを身に着ける。]
んー……ちょっと、派手過ぎたかも。
[バストアップの鏡の前で、自身の姿を確かめてぽつりと。
普段は着ない色が見慣れない。
でも、彼が周年祭の時に作ってくれたスイーツと、杏さんが作ってくれたペアのうさぎを見た時からこの色にすると決めていた。
私にとって何気ない色だった一色は、特別な色になりつつある。]
[据え置きのパジャマはもこもこ素材のゆるめのルームウェアにした。
パーカーのついたトップスに、下は太腿を隠す程度の丈のボトムス。
丈は短くても室内だから寒さは感じない。
濡れた髪をゆるく纏めて、シャワーから戻ればちょうど彼も食事を済ませた頃合いで。]
あ、もう食べちゃってます?
私も食べたいな。
[対面に腰を下ろして、湯上がりのデザートを堪能する時間。]
[握り返してくれた手が、温もりを与えてくれる。
小さくなって語る言葉。
赤くなって項垂れる姿。
尋ねる言葉に微笑んで首をふった。]
呆れないよ?
今度遭遇したら、『彼女居ますよ。』くらい言っても良いけど。
お店の売り上げ的に、やめておきます。
声をかけられることがあれば、伝えるし……。
その人たちが居る事を教えてくれたら、嵐の手にキスくらいしようか?
[恥ずかしがり屋の彼女は絶対頷かないだろうけれど。]
[自宅は徒歩圏内、それも結構近い。
駅からは反対方向。店から5分ほどのところに、小さいながらの持ち家がある。
といっても、親の代からのもので築は相当経っている。]
どーぞ。
[明かりをつけながら、部屋の中へ。
L字になっている変形のリビングルームは、入って目の前に寝れるレベルの大きめのソファがある。
そこから地続きで、カウンターキッチン。
一人暮らしらしくないしっかりとしたファミリー用の冷蔵庫も鎮座ましましている*]
呆れないし……。
本当だ。嫉妬されると、少し嬉しいね。
[くすりと嵐に微笑んで。
お店でしない代わりに、繋いだ手を引き寄せて。
手の甲に口付けを落とした。]
[半分に切られたレアチーズを受け取って、フォークで一差し。
私の知ってるレアチーズとは違う、甘さ控えめの和風の味に思わず頬を抑えた。]
ん〜……、おいしい!
甘納豆が乗ったチーズタルトなんてはじめて食べます。
フォークで挿して
ちょっと跳ね返ってくるぐらいの硬さ、私も好きですよ。
[ちょこんと乗った甘納豆を食べて、ほわりと表情が崩れた。*]
もやもやしたら、言って。
もやもやが晴れるまで、愛してるって囁くし。
俺が好きなのは誰か、教えてあげる。
それじゃ、ダメ?
[微笑みかけて。ああ。抱きしめたいな。]
俺にして欲しい事があったら、なんでも言って。
俺からも一つ。嵐にお願いしても良い?
約束して欲しい事があるんだ。
[手を握ったまま。首を傾げて嵐を覗き込んだ。*]
─ 6年越しのおじゃまします ─
失礼します…
ああ、
[小さく声が漏れた。
しばしばと目を瞬かせ、服の胸のあたりを握る。]
[風呂上りの紫亜は良い匂いがする。
擦り寄ってしまえば先程「明日まで待て」されたのに学習しない男と思われてしまいかねないのでぐっと堪えた。
先程だって、滅茶苦茶我慢して離れたのに、ほっぺちゅーなんてするし!
最初は足が出るデザインに戸惑ったものだが、流石に何度も見ると慣れた。
これは多分明日の荷物に含まれないだろう。
明日の夜は見慣れない浴衣姿を見られるのが楽しみだ。]
おかえり。
先に頂いてるよ。
[紫亜の分の皿を前に出す。
乗せたフォークがかちゃりと音を立てた。]
上のパウダーは緑茶とほうじ茶の間みたいな……香りはしっかり立ってるけど食ったら青い。
で、甘納豆と一緒に食べて豆を歯で潰した時の甘さが広がったら、化学反応みたいに全体が甘く感じて、まさに「一粒で二度おいしい」感じがするよな。
[二人で同じものを食べて同じ味を共有する楽しさ。
家でこんなに楽しいのに、明日からどうなってしまうんだろう。]
[満腹のままだと眠れないから、洗い物は任せてもらうことにして。
皿を下げるついでに洗面所に寄る。]
紫亜、ほら、髪解くぞ〜。
[纏められた髪はまだしとりと湿り気を帯びる。
彼女が泊まるようになって購入したマイナスイオンが出るというドライヤーを持って、掬い上げた髪に温風をかけ始めた。*]
[ソファの近くまで行ってじっと見下ろした後、保冷バッグを肩から外した。]
じゃあ、お借りしますね。
とりあえず入れて30分後くらいに中の冷え具合をみてみます。
[カウンターキッチンに入って、そわそわと周囲を気にしながら。
冷凍庫を開けて良いか断ってから、アイスの容器二つを投入。]
[いきなり待ち時間が発生する。
困り顔。
びよんびよんと伸び放題で邪魔くさい手足を折り畳んで、ソファに浅く腰を下ろした。]
ジンさん。
俺、ここに来たことあるの──ジンさんはもう忘れてるかも知れないけど。
スープをくれて、泊めてもらって。
次の朝熱を出しちゃって、追い出すに追い出せなくて?その日もいさせてくれたんですよ。
[あの時はすごく大きな家だと感じていた。多分今よりも視線の高さがずっと低かったから。*]
[淡く笑みを含んだ声に、ちら、と顔を上げ。]
……店内でキスとかしたら、もう店じゃ口ききません。
[売り上げに響くほどのことじゃないとは思うけど。
そこだけは断固として譲らない構えで、
蓮司さんを睨んだものの。
あんまり嬉しそうに微笑むから、
不機嫌な顔も続けられなくて、困ってしまうし。
手の甲が熱くて、更に顔が火照った。]
……ダメ、じゃないの
わかって言ってるでしょ。
それを言うなら、
蓮司さんも不安なとき言ってください。
シアさんが言う通り私は、
言ってもらわないと、気づきませんからねっ。
[もうどうやったら機嫌が治るのか
あっさり見透かされ過ぎてて、恥ずかしくて。
口を尖らせながら言い返したら。]
良いも何も聞いてみないと……
改まって、お願いって?
[覗きこんでくる顔に、首を傾げて。
落ち着かなさ気に、私より骨ばった手の甲を指で撫ぜた。*]
好きにしてちょうだい。
何の場所がどことか面倒なこと言わないから。
[冷凍庫を開けていいかと問われたら、当然とうなずく。
ここでNoを出したら溶ける一方ではないか。
中身は馬刺し用の馬肉の赤身とか、スモークサーモンだとか。
あとは冷凍で保存している野菜類やら。
スカスカというほどではないが、ジェラートのタネくらいは入る。]
へえ、ほうじ茶だけじゃないんですかね?
何使ってるんだろう。
「一粒で二度美味しい」は、お得感があっていいですね。
[基依さんの説明に耳を傾けながら、そうしてまたぱくりと一口。
深夜のスイーツは背徳感がある。
その罪深さも相俟って、美味しさを感じるのかも知れない。
最後に残ったチェリーは、]
基依さん、
[名前を呼んで、口に運ぶ。
彼が気づいてくれたなら、テーブル越しに身体を寄せて、
口移しで甘いチェリーを彼の口に押し込めた。]
[店じゃ口を効いてくれないと言われた。
それじゃあ、我慢するしかないなと笑い声をあげて。
口を尖らせる嵐に。ああ。可愛いなぁと目を細める。
けれどお願いを聞いてくれる事になれば。
すっと表情を改めて、嵐の顔を覗き込んだ。]
……もし。
ナンパでも、道を歩いている時でも。
少しでも不安を感じたり、怖いと思ったら。
躊躇わずに警察や俺に、連絡して。
迷惑だとか、意識過剰だとか、考えないで。
何処に居ても、駆け付けるから。
必ず連絡して。
それを、約束して欲しい。
[真剣な顔で嵐を見詰めて。
そこには冗談や微笑みは一切無かった。]
君は普通の女の子みたいで嬉しいと言ったけど。
俺にとっては最初からずっと、素敵な女性です。
今は誰よりも可愛い、大切な人です。
君に怖い思いや、嫌な思いはして欲しくない。
俺の不安を案じてくれるなら……
約束して。
相手に違和感を感じたら、俺に連絡するって。
通話してるだけでも、防げる被害があるから。
[心からの願いだったから。
真っ直ぐに、嵐を見詰めた。*]
覚えてるよ。
あいにく記憶力はある方でねえ。
なんて、ま、最初に来たときはすっかり忘れてたけど。
日記書くのが趣味でね。君のことも書いたなって、なんとなく思い出した。
[6年前、あまり事情は聞かなかったように思う。
家出ではないと聞いたが、家に連絡していいかとか、そんな程度。
人様の子供を預かるわけで、本来ならやりすぎるくらい身元を確認したりするべきだったんだろうが、6年前からある種の放任主義はかわらない。]
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