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【人】 宮野 利光[ あの人の俤を待ち、探して焦がれ、 夢を貪り彷徨っているうちに ゆらり辿り着いたこの土地に 大層立派な宿が建ちましたのは 今からほんの300年ほど前のことでした。 個の肉叢などとうに朽ち果て あぁあの世とか言う極楽浄土には やはり行けぬままであったなぁとぼんやり 花の色が移ってゆく様を眺めているが常 消えつ浮かびつする斑な記憶の中で 時折浮かぶ、 (6) 2020/09/01(Tue) 13:29:44 |
【人】 宮野 利光[ なによりも大事なはずの女子の亡骸を この目にしながら共に死んでやることも出来ず ようよう腹を切って死んだのは出奔してから 幾年も経ってからという為体。 弔いもないままに ふうわりと漂うだけの亡魂に成り果て 負うて川を渡ってやると言った あの日の契りも叶えられず この愛しい名の宿に縋るように ただただここに居るのです 同じように可憐な ]*何代目かの女将に出逢うまでは。 (7) 2020/09/01(Tue) 13:32:05 |
【人】 宮野 利光[ いつもは静かなこの宿が いつになく賑やかな。 例えば春の穏やかに暖かい風が 優しく辺りに満ちているような そんな日のことでした。 何事かとふと目をやれば、 心なしか誇らしげに見える様子で 歩を進めるこの宿の跡取り息子と その隣には少し不安げな顔の女子。 ぼんやりした頭ではありますがそれでも、 ああ祝言をあげるのかと悟ることが出来ました。 後ろにその家族と思わしき面々が それはそれはにこやかに歩く様が 見えたからでもありました。 ] (10) 2020/09/01(Tue) 14:26:31 |
【人】 宮野 利光[ なにやら胸にちくりと棘が刺さるような 妙な気も致しましたが、 それならばなおのこと。 幸せそうな空気に触れるのも良いと、 美しく控えめな和服のその女子に するり近づいて見たのです。 ] (11) 2020/09/01(Tue) 14:33:15 |
【人】 宮野 利光[ 魂消る思いがして息を飲みました。 そんなはずはない、と頭ではきちんと わかっているのですがそれでも 擦れる声を抑えることは出来ずに。 ] [ つう、と視線が合うたような気がしたのは、 都合の良い思いでしたでしょうか。 ]* (12) 2020/09/01(Tue) 14:36:48 |
【人】 宮野 利光[ 可憐な彼女にとても良く似合う、 白地に薄桃の桜が咲いた着物は控えめで それでいて質の良いものだと 一目で見て分かります。 いつか二人で見たあの桜が、思わず閉じた 瞼に色鮮やかに浮かんでは消えて この歴史ある宿に嫁いで、 上手く働けるかと案ずる小さな小さな声が 己の耳に触れれば、 ] 困ったことがあればなんでも言え、 助けてやるぞ、と言えれば良いのですが… [ と、知らず知らずのうちに 困ったような笑みと共にそう呟いてしまうのでした。] (17) 2020/09/01(Tue) 16:11:56 |
【人】 宮野 利光[ それからと言うもの、彼女を見かけては ついと近くに寄ってしまうのです。 花を生ける彼女を見掛ければ、そうっと 起こす風で切られた茎を纏めてみたり、 掃除をする姿を目にすれば、 雑巾を静かに畳んでみたり、 散りゆく桜の花びらを目にした時には、 ふわりと舞うそれをそっとつまんで 彼女の肩に乗せてみたりしたこともありました。]* (18) 2020/09/01(Tue) 16:15:28 |
【人】 宮野 利光[ 難しい話はわかりませんが、いつの世も 新しいことに挑もうとする者がいて、 そうして時代は変化して行くのだと思います。 不安げな様子だった彼女もいつしか その表情はきりと凛々しさを感じるほどになり、 それでいて残るあどけない少女のような 笑みから目を離せずに。 好いた女子に悪戯をするような幼子の如く ふうわりふわりと彼女の後ろをついてまわっては ちょっかいを出すのでした。 ] (27) 2020/09/01(Tue) 22:28:38 |
【人】 宮野 利光[ その季節が幾度か廻るうち、 仲の良い若夫婦である彼らにしては 珍しく、何やら宿の行末について 意見を違えるような声を 耳にすることが度々ありました。 大抵そのような喧嘩のあとは、彼女は ぼんやりと中庭に佇んでおりました。 小さく笑って隣にそっと寄れば、 絹のような髪を揺らす風が吹いたでしょう。 叶うならば、声をかけて。 心穏やかでない様子の彼女のその髪を そっと撫でてやりたいと、 いつだってそう思うのです。 ]* (28) 2020/09/01(Tue) 22:32:02 |
【人】 宮野 利光[ ぽつりぽつりと話す彼女の瞳は こちらを向いてはおらず。 それでも独言と言うには少し不自然に 鈴の音のような澄んだ声が風に乗ります。 声を荒げても丁寧に返されたと話す彼女は 自身の幼さを恥じている様子だったけれど、 それがなんともいじらしく可愛いなどと 口の端が上がる思いが致しました。 ] …素直に謝ると言うのは良い女だ。 [ 見えてはいないでしょうが笑みを浮かべて。 ]* (31) 2020/09/01(Tue) 22:58:51 |
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