
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[妙に長い夢を見ていた。 ワルツを踊りましょう、なんて言って笙子が手を差し伸べてくるんだけれど、俺はスタインウェイの前のトムソン椅子に括り付けられていて──なんで新高低椅子じゃないんだよ、背凭れが無いと縛りにくいから? なるほど無駄に筋が通ってんな!──鍵盤を叩くことしか許されていない。仕方がなく『華麗なる大円舞曲』を弾き始めると、そうじゃないでしょうと叱られるのだ。ああそうか、と俺は何故だか深く理解して『子犬のワルツ』へと切り替える。もう咎める者はいなかった。 入れ替わり立ち替わり、幾人もの男女がステップを踏んではスキップで去っていく。顔を見るまでもなく彼らは過去に俺がベッドを共にした連中なのだったけれど、我ながらこの人数をよく憶えているものだと呆れた。どこか遠くの方でアズサが何とも言えない表情を浮かべていたような気がする。 いつきは──お前はダンスの列には加わっていない。だって曲そのものなのだから、それはそうに決まっているのだ。 伸び縮みする時間に合わせてテンポは縒れて捩れて、それでも子犬たちは軽妙に踊り続けた。幾度も幾度も。 それは繰り返される。] (0) 2026/10/26(Mon) 7:00:16 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[笙子ってのはエキセントリックな女で、まあそりゃ十は歳下の中学生と付き合おうというのだからそれくらいには突拍子もない人間ってことだ。あ、付き合うってのは意味深な方な。 別に常識が無かった訳じゃない。倫理観だっていっそ厳格と言っても良かった。但しそれらは笙子の中で独自に醸成された、彼女だけの特別ルールではあったのだ。 笙子は実にその世界の定義に忠実だった。 敬虔な信徒と呼べるくらいに。 そして他者がその通りに生きないことに常に憤っていた。世界が間違っていることを赦せずにいた。取り分け身近な人物にその矛先は鋭くなり、──当然のように、俺への不満も募らせていったのだろう。それはもう、夥しいまでに。 それに俺が暫く気付けずにいたのは、まあ未熟だったからってのもあるんだろうが、困ったことに、笙子が俺を甘やかしてもくれていたからだ。 笙子は彼女自身が特異な存在だと自覚していた。故に大勢の前に出る時に迎合する為の仮面を被るのが上手かった。つまりは、そういうスキルがあって、それは俺に対しても密かに用いられていたということで。 いやほんと……見事だったなあ。ころりと騙されてた。 厄介なのはさ、それが悪意からじゃなく、俺を愛していたからこそ為されたものだったってことなんだよな。 俺に好かれるという目的の為だけに 、彼女は彼女の幾つもの本心を隠し続けていたんだってこと。こんなに嬉しくて哀しい仕打ちがあるんだと俺は初めて思い知ったんだ。最後には、自分を殺すことが苦しくなってしまった笙子が終わりを望んだんだけど。それって彼女にとって俺から得られる愛が不足したってことと同義で(だってそうじゃなければ彼女は偽り続けることに痛痒を感じなかったろうから)、 だからきっと俺の不徳なんだとは思う訳で。] (1) 2026/10/26(Mon) 7:00:22 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[まあ別れたこと自体はさ、終わったことだからいいんだ。 ただ、つまり笙子という存在は俺の中に鮮烈に強烈に刻み込まれていて、俺が 俺自身に “誠実で在ろう”としたがるのは、彼女の影響が大きいんだろうなって話だった。悪いことでは無いと思うよ。 けどまあ、──苦しくはあるよなあ、この生き方。 などと呑気に笑いながら、俺が目を覚ますと、] (2) 2026/10/26(Mon) 7:00:29 |
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