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【人】 口に金貨を ルチアーノ日常と言うにはまだ遠いが、それでも多少の落ち着きを取り戻してきた頃。 その日はなんてないただの雨予報の日だった。 灰色の空は水気を含んだ空気を纏って重く沈んだ色をしている。 こつん、わざとらしく靴先で石を蹴った音。 忘れるわけもない。気付いてしまった自分に嫌気がさした。 「Bonsoir.愛しの猫ちゃん。今日も可愛らしいね」 その声の正体が確信へと変わった瞬間、彼の体はただただ固まって、その顔を見る事しかできなくなっていた。 「なんだ、ご機嫌斜めだね。 色男になったのでも言われたかったかい?」 散歩でもするように歩いてきた者の名はファヴィオ・ビアンコ。 十年前にルチアーノの上司となり、五年前に行方不明になった男であった。 #ReFantasma (57) 2023/09/28(Thu) 21:55:13 |
【人】 口に金貨を ルチアーノ「見違えたね、随分大きくなって」 「……だんまりか、本当に拗ねているのかい。 甘えたがりのルーカスは何処に行ってしまったのかな」 「うるさい」 聞きたくない、嫌でもあの日を思い出させるから。 目の前の男に触れられ、愛されて満たされていた日々が蘇ってくる。 失いたくなど無かった、ずっと居なくなって欲しくなかったものだ。 「どうして今更此処にいるんだ」 焦がれて、愛して、忘れられるはずなんてなかった存在が目の前にいる。 男から彼に施していたのは五年間の"教育"だ。 彼が決して逆らわないように、男の前では従順で素直で、常に周りを疑い警戒をし、それこそ男が居なくなれば何もできなくなるような人間になるように。 彼に自覚させることもなく、それが正しいことなのだと教え込ませ続けていた。 それは確かにうまくいっていて、今でさえその事実を彼は自覚することはない。 しかしそれは――未完成に終わっている。 #ReFantasma (58) 2023/09/28(Thu) 21:58:17 |
【人】 口に金貨を ルチアーノ「仕事だよ、言わなかったかな? 『行ってきます』って。期間を言い忘れていたかもね」 「なんだ寂しかったのか、それなら君が怒るのも仕方ない。 私が居なくなってから昇進もしたようだし、 それはうんと働いて一生懸命に頑張ってきたんだろう」 五年前ファヴィオはオルランドに海外のマフィアへ諜報員として潜入する命を受けた。 極秘任務の為に完全に身分を隠さねばならず、同意の下行方不明扱いにされることになる。 そうして雨が降りしきるその日、何も言わずに男は彼の前から姿を消したのだ。 「それでも、漸くひと段落付いた。 時間はかかったけどボスにも許可は貰っていてね。 やっと君を連れて行けるようになったんだ」 ああ本当に自分勝手だな、年寄り共は。 俺のことを一体何だと思っているんだ。 初めからそうだった。 死体の前に血塗れで座る子供の俺を連れて行った今のボスも。 そんなガキを兄弟みたいに連れまわして面倒を見た黒眼鏡も。 十年前がらりと変わったファミリーで孤独を埋めてきた男も。 本当に、俺を何だと思って。 #ReFantasma (59) 2023/09/28(Thu) 21:59:29 |
【人】 口に金貨を ルチアーノ「おいで。また昔みたいにしてあげよう」 男は動きがない彼の目の前まで歩んでいけば、流れるような仕草で頭の上に手を置いて髪を梳く。 腰を抱き寄せつつ首元に見えた赤い痕におや、と呟けばくすくすと楽し気に笑って愛で続けた。 「何も考えなくてよくなるよ。沢山頑張って疲れただろう?」 「ファヴィオ、」 反射で男の名前を呼んでしまえばもう止まらない。 「俺は……」 揺れた声は艶を帯びていて、緩やかにそのシャツに手が伸びて。 縋るように服に皴を作れば、甘く誘うように口端が上げられる。 やっと、見つけた。 #ReFantasma (60) 2023/09/28(Thu) 22:00:59 |
(a56) 2023/10/01(Sun) 20:53:46 |