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【人】 暗雲の陰に ニーノ「──坊ちゃん。 ……旦那さまが夜、お帰りの後に話があると」 窓の外で流れ行く景色を見ている。 先程の光景は未だ瞼の裏に張り付いて離れはしなかったけれど。 心は、彼のお陰で幾分か落ち着きを取り戻している。 「……うん」 大丈夫……大丈夫だ。 沈黙が長く続いた車内で瞼を伏せ続ける。 口をようやく開いたのは信号待ちの時間。 ひとつを尋ねた、『かあさまはもう長くないの』。 声はない、それでも髪を優しく撫でる指先を感じた。 薄々勘付いていた現実の答えだ。 ならばこれは相応な時で、これ以上にない機なのだろう。 不思議と悲しさはなかった。 それよりも安堵が勝る。 その事実こそが何よりも苦しかった。 #SottoIlSole (66) 2023/09/29(Fri) 9:50:47 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ「夜までは身体を休めてくださいね。 食事も食べられそうになったら、いつでも」 変わらず優しい家政婦に声を掛けて、自室へと足を踏み入れる。 まず目に入ったのは扉近くの数箱の段ボール。 何が入っているのか一瞬思い出せなくて……でも、すぐに思い出した。 置きっぱなしだったからもうダメになってしまっているかもしれない、たくさんの果物。 ……ああ、そうだったな、そういえば。 怒りも憎しみもやはり湧かなかった。 あるとするなら上手く騙してくれたことへの感心と。 最後、取り繕えなかった綻びへの好意だろうか。 やさしいひとだって、今でも思っているんだ。 ……ぽすり。 誘われるように重たい身体を寝台に載せれば、毎夜目を通した本が其処に在った。 手に取り頁を捲れば幼い子供の字が書き綴られている。 うとうとと落ちていく瞼が最後読めたのは幾度も辿った一文。 『 おとなになったら、けいさつかんになる!!! 』#SottoIlSole (67) 2023/09/29(Fri) 9:53:24 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ──名を呼ばれて目を覚ます。 気付けば外はどっぷりと暮れて暗闇に満ちていた。 起こしてくれた家政婦の顔は晴れたものではなくて。 彼が帰ってきたことを知り、立ち上がる。 部屋を出て向かうのは居間。 普段通りの整ったスーツ姿で、その人はソファに腰掛けていた。 右手に巻かれた包帯に視線が寄せられたのは一瞬だけ。 後は、テーブルに載せた一枚の紙を見つめていて。 「……逮捕は誤認に近かったそうだが。 お前がマフィアと関わりを持っていたのは、事実だな」 固い声、感情の読めない色。 目を細め、「はい」とひとつだけを返す。 これほどの騒ぎとなり彼が知らない筈がなく、だから予感は当たったのだ。 「なら、言いたいことは分かるだろう」 この人にとってどうしたって許容できないもの。 そのラインをオレは知らず飛び越えていた。 ならばこれは、当然の帰結だ。 #SottoIlSole (68) 2023/09/29(Fri) 9:55:07 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ (69) 2023/09/29(Fri) 9:56:45 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ……拾い上げる。 訓練で幾度か触ったそれは、最後まで人に放つことは無かった。 先輩に幾度か教わった撃ち方を思い出しながら左手に持つ。 利き手じゃないからブレそうだな。 ねえさんはどんな気持ちで、これを握っていたのだろう。 見つめて、見つめて、見つめて──その銃口を。 目の前の彼へと、向けた。 「────」 感情の良く見えない横顔だった。 何を考えているのか知りたいのに、わからない。 それでも彼が眉を動かすこともなく、静かに瞼を伏せた現実を見て。 「…………あはは」 ……笑えてしまった。 ああもう、ずっとそうなんだ。 いつも、いつも。 #SottoIlSole (70) 2023/09/29(Fri) 9:58:47 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ「……恨んでほしいなら」 「もっと、うまくやれよなぁ」 手は落ちる。 懐へとその重みを仕舞う。 『ねえ、かあさまに会わせてよ』 『それでおしまいにするから』 オレは笑って伝えられただろうか。 返る声はなく、彼は小さく頷いただけだった。 #SottoIlSole (71) 2023/09/29(Fri) 9:59:32 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ寝台の上で眠る、随分とやせ細ったその人の頬を撫でて囁いた、「かあさま」。 薄らと開いた瞳はオレとよく似た色をしていて、この姿を視界に入れた途端にほらまた、花が咲く。 「……ニーノ、ずっといなかったきがするの」 「そんなことない、かあさまが寝てただけ」 嘘を吐くことに胸は痛まず、騙すことに罪悪感も無い。 「ニーノ、手はどうしたの」 「転んで怪我をしただけ、大袈裟だよね」 願うのはどうか、彼女がまた迷い路に落ちてしまいませんように。 「そう……、…………ねえ、ニーノ」 「……うん」 「…………ニーノ」 「なぁに」 ただ名を呼ぶだけで体力を消耗し、また落ちかける瞼に微笑んでみせた。 この世はきっと、残酷でやさしい嘘に満ちている。 信じるには時に辛く、眼を塞ぎたくなる現実が其処にある。 だとしてこの身に手渡された祈りに偽りはなかったんだろう。 ──オレが、この人の幸せを願うように。 閉じ切った瞳、冷えた額へと唇を寄せた。 #SottoIlSole (72) 2023/09/29(Fri) 10:03:01 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ「……良い夢を」 「愛してる」 ──彼女の前で一番の本当を告げ、寝顔をしばらく眺めた後に部屋を出る。 自室へと戻って、着替えて、荷物を纏めて、居間を覗く。 彼の姿はもう其処には無くて、最後の挨拶なんて一言もないまま。 ならばと出て行こうとする背を呼び止めたのは家政婦で、差し出されたのは一枚のカード。 全部がへたくそな人だなと、やっぱり笑ってしまった。 軽くなった身体で夜の道を歩いた。 ひとり、星空を眺めていれば先のない孤独を見たような気がした。 だから『大丈夫』をまた形にする、それだけで不安が溶けていく。 向かう場所はどこにしようか。 ……そうだな、今日はとりあえず。 #SottoIlSole (73) 2023/09/29(Fri) 10:03:59 |
【人】 暗雲の陰に ニーノ──みゃぁ、白い子猫が鳴いて擦り寄った。 「……んぁ〜なあに。 新入りに挨拶しにきてくれた? そうだよお揃い、住所不定無職の名無し……ああいや、名前はあるな」 「今日はミルクはないぞ〜。 朝になったら買いに行ってもいいけどさ」 深夜、誰も居ない公園の原っぱに寝転んでいたらすりとちいさなぬくもりに擦り寄られる。 頬を左手で撫でてやりながら、あたたかな存在に知らず目が細まった。 「これからどうしようかな。 死人が歩いてちゃだめだよなあ、街は出ないと……」 それでもそうする前にやることはある。 解は見つかった、誰に、何を言いたいのかも。 けれどこの夜が明けるまではここで一人、空を見上げて居よう。 ようやくに訪れた彼の死を悼もう。 言葉を交わしたことのない、知らない誰か。 オレに今日までを与えてくれた、陽だまりの子ども。 #SottoIlSole (74) 2023/09/29(Fri) 10:05:07 |
【人】 夜明の先へ ニーノ「……おやすみ、ニーノ」 上手にらしくあれただろうか。 彼女が望むただ一つの太陽に。 陽は何れ落ちる。 夜は必ず訪れる。 されどまた、輝きは昇るだろうから。 その時は違い無く、己自身の光で誰かを照らせますように。 #SottoIlSole (75) 2023/09/29(Fri) 10:06:07 |