【人】 封じ手 鬼一 百継しかし、誘蛾はそれをあまり好まないようだ。 時々このように、普通では考えられないような場所で、惜しみなく奏で、披露する。 過去、百継が彼女に、"何故普通の貴族然としていないのか"と尋ねたところ、明確な答えは得られなかった。 ただひとこと、ちいさなちいさな声で、"窮屈 は……"とだけ、聞こえた気がした。 それ以来、百継は、誘蛾が自由に振舞うことに何の意見もしないようになった。 彼女の正体を、心を、百継は何も知らない。 宙を漂う蝶のように、彼女は常に、百継の理解をすり抜けていく。 しかし、身分や常識など歯牙にもかけず、気まぐれに歌いたい場所で歌う彼女に、百継は親近感を抱いていた。 --- 誘蛾のまわりにできていた人だかりは、彼女が歌を止めると、三々五々、散って行った。 ふうとちいさく息をついた誘蛾が顔を上げると、そこには彼女の主、百継が立っていた。 「まこと素晴らしい歌声じゃ。 お主は天より音を授かったとしか思えぬ。 館へ帰るのか? ……帰ったら、ひとつ、歌ってはくれぬかのう。 その……儂のため」 [*] (7) TSO 2021/04/20(Tue) 23:17:56 |