【人】 行商人 美濃[うさぎ堂で和菓子を包んで貰った後は、いくらか会話もしたろうか。 接客が忙しそうであればあまり邪魔はしないようにとはしただろう。 うさぎ堂を離れれば、女は酒屋へと向かい、小ぶりの甕に入った透明で米麹の甘い香りのする酒を買った。 それから、月がよく見えるであろう神社へと下駄を鳴らしながらゆったりとした足取りで向かう。 賑やかな人の集まりを眺めながら歩き、ひと気のない境内の裏手へと入れば、草と土以外は何もない開けたところを探した。 少し離れた後方からは人々の笑い声がどこか遠く聞こえる。 地面へと風呂敷を広げれば、その上へと腰を下ろして中天の満月を見上げる。 彼の人と同じ名前の月の形。 盈月の名を持つ露店の元店主は、確かにあの月のような人であったと女は思う。 眩むような眩さではなくとも、優しい光で暗闇を照らしてくれるような。 知らず、空へと伸ばした手は空を切り、掴む形で新円に重なる。] 「 盈月さま 」[音にならない声でその名を呼んでら緩く結んだ手を胸元に下ろして。 幾許かの逡巡の後、女は箱を取り出すと、そっとその蓋を開いた。]** (7) 2022/10/03(Mon) 21:38:18 |