【人】 空虚 タチバナ[真っ白なパジャマは染みひとつなくこの身を包む。 当時母が持ち込んだものだろう。 汚れやすい白なんて不便だったろうになんて 他人事みたいに思うけれど、生地の薄さを見る限り、 買い替えの容易な物のようだった。 そこに最初からあったという顔で開いた穴は、 肉の色や血を滲ませることなく 胸元の凹凸によって周囲の肌を晒している。] …………あなた、何? [彼の差し出した上着は自身の肩に乗った。 生者とは明確に異なる穴を晒しながら、 生者と同じ質量を持つ存在として 薄手のパジャマに薄手のカーディガンが沈む。 だから、不可解だった。 これまでの人間たちは、血などなくとも 実際に怪異と遭遇すれば怯えのひとつは見せたもの。 しかし、この男からは恐怖が見えない気がした。 二度同じ言葉を告げたのは、 その怪訝な感情を示すためがひとつ。 そして、彼の最初の問いを否定するためだった。 見知らぬ人間にいきなり敵意を明かしたりはしない。 得体のしれないものを見るように、 なぜかこちらが後ずさってしまう。] (18) 2022/08/11(Thu) 13:13:21 |