【人】 曳山 雄吾―― 船内通路 ―― >>27>>28[ 幸いというか不運にもというか、 雄吾は顔なじみの青年からの視線に気づくことはなかった。 もしも振り返っていたなら、二秒ほどまじまじと見つめて破顔したはずだ。 雄吾は色恋沙汰の話をあまりバーでする方ではなかったが、その分あからさまな猥談にはわりあい乗るたちである。店内に女性客がいないなら、という条件つきではあるが。 他の客や時雨が恋愛話に花を咲かせていたならば、雄吾はグラスを傾けて聞き役に徹し、語られるエピソードに感じいればぜひ一杯奢らせてほしい、と持ちかけたものだった。 時雨のことは朗らかで楽しい話し相手であり、バーテンダーとしては真面目な人物である、と思っていた。その青年がこの船に乗り合わせていると知れば、下船後の新たな話題がひとつと言わず増えることだろう、と喜ぶのである。] (34) 2020/07/10(Fri) 23:32:27 |