【人】 渡りに船 ロメオこっくり、こっくりと舟を漕いでいる。 陽光差すベーカリーのカウンターに腰掛ける男は、 腕を組み目を伏せていた。 木製のドアベルが鳴らす温もりある音色で、 瞼が隠していた翠の目が開いてすい、と上を向いた。 「……しゃいませー。ごゆっくり」 欠伸一つ。 到底接客をする態度ではないが、許されている。 事実訪れた夫人はその姿を上品に笑い、香り良いパンの並ぶ棚を眺めはじめた。 男は丸めた背を伸ばし、一応は店番の形を取る。 屈められた長身が伸びてカウンターに少し影を落とした。 時計を見る。バイト終わりまであと2時間。 「……今日は何件入ってんだっけか」 ──ここの空気は温すぎる。 仕事が終わればまた仕事。それを良しとしている。それを望んでいる。 時間になれば席を立つ。 ゆらりと店を出れば眼鏡を外した。これからの仕事にこれは必要ない。 そのまま店の隙間、路地の奥に、ゆらり。 (35) susuya 2023/09/04(Mon) 11:37:51 |