【人】 京職 一葉「────?……あれ、は」 軋む轅と足音、鈴の音に、近くの街道に目を遣れば、牛車の影。 牛車を引いているのは牛ではなく、数人の見目麗しい半裸の男衆だ。 それはこの都に居を構える豪商奥方の無粋な習慣。 己の──ではないな。夫君の、だ──権力を誇示したいものか、悪趣味としか言い様のない美意識ゆえか。 奥方の斯様な趣味もさることながら、かの家の商売自体、飢饉の際に米野菜を売り渋るなどの行いが鼻につき、私は全く奴らを気に入ってはいなかった。 「団子が気に入ったのなら、あの牛車に付いて行けば良い」 足元の妖に語りかける。 豪勢な食卓から多少の食べ物をくすねるなど、仔兎程度の小さき妖怪ならば造作も無い事だろう。 家に憑けば貧乏神になるやもしれぬ? それは私の知った事では無いな。 「私は……妖怪を全て滅ぼしたいわけではないのだ」 人は人の世界に。妖は妖の。 今日のこの行いは、それを些か逸脱していたやもしれぬけれど。* (35) Valkyrie 2021/04/21(Wed) 10:12:15 |