【人】 片連理 “椿”[気がつけば湖のほとりに座っていた。 すっかり日は暮れて、遠くにゆらめく夕焼けの残り火も東からやってきた暗い青にやがて塗りつぶされようとしている。青に沈んだ世界に時折緩やかに風が吹き、湖面にさざなみが揺れる。 まるで夢の世界だ、と彼女は思う。 一体ここがどこなのか、どうやってここまでやって来たのか、さっぱり思い出せなかった。今より以前の記憶は黴臭いアルバムに挟まった古い写真のように色を失い、擦れてぼやけている。 もう随分まえから、夢の中にいるように現実感が乏しかった。もしかしたら、実際に夢を見ているのかもしれない。ほんとうの自分が今どこにいて何をしているのか、あるいは生きているのかすらもあやふやで、何ひとつ確かなものがないというぼんやりとした不安だけが確かに存在している、そのように思われた。] (40) 2023/03/01(Wed) 0:10:26 |