【人】 因幡 フウタ[理恵がぶぅと鳴いた後、和らいだ唇で話し掛けた言葉を聞いても、まだ呑み込めない。ぽか、と口を開いて、 のろのろとその意味を紐解こうとして、 そうしてようやくその意味に心が当たれば、] ─────、 [ぼろっと、大粒の涙が零れた。 彼女の前でこんなにはっきり涙を見せたのは初めてだっただろう。 しかし言葉を探している内に時は過ぎていて、 既に何組か入れ替わった後の隣の、人の良さそうな中年女性が「痴話喧嘩はここじゃないところでやった方がいいわよ」とやんわり注意してくれた。 謝ろうかと思ったけどその言葉すら出てこなくて、こくっと頭を深く下げて、理恵の手を引いた。 列からも見えない落ち着ける場所まで来て足を止めて、理恵を振り返る。涙こそ出ていないが、少し情けない顔をしていただろう。 それは、恐れや哀しみからではない。 またしばらく言葉を探して押し黙ってしまったが、理恵をじっと見下ろしていた。 やがて、「あの、」と、カサカサに乾燥した唇を開いた] (46) 2021/01/10(Sun) 6:48:41 |