【人】 黒眼鏡>>138 『…もしもし?』 その電話を取ると、 男の声が聞こえた。 ──君はきっと、よく知っている。 思い出せるかは分からないが、思い出してもおかしくないくらいに。 ……あのジェラート屋の店主だ。 『──ああ。ええと。今日、あんたから電話がくるか、 あんたが電話に出たら、こう言えと言われてます』 彼はあなたの声を聴くと、 何も尋ねることなく、 『「俺が一番好きなのは、カップのバニラ」って』 『お届けしましょうか、なんて聞いたんですが、いや、食いたいわけじゃないと……』 咳払い。 『すみません、私が首を突っ込むことではなかったです。 それだけ…ああ、その電話はやるから好きにしろと。 それだけ伝えろと言われていますので、伝えました。 あ、私は姿を晦ましますのが、店は娘が継ぎます。 今後とも、ごひいきに』 がちゃり、と電話がきれて、それきり。つー、つー、つー、という電子音だけが聞こえた。 (139) 2023/10/01(Sun) 20:36:14 |