【人】 学生 涼風>>173 夕凪 手と手が重なる。指が触れ合う。 少年は母親と瓜二つの姿をしていたけれど、決して柔らかくしなやかな女の子などではなく。 一瞬落ちた視界の中に、男の少し強ばり始めた長い指と、女のゆるやかな曲線を描く細い指が映った。自分たちは成長したのだと、時間が随分流れてしまったのだと、嫌でも気付かされてしまう。 「夕凪、姉ちゃん……。わた、し、私は……」 はく、と唇が何度も開いては閉じて。それでも言葉が音になって溢れてくることがない。 言いたいことがいくつもあって、ありすぎて、喉の奥で詰まって縺れて出てきてくれないのだ。 期待しながらいつまでも待たせてしまうこと。 今ここで、はっきりと切り捨ててしまうこと。 いったいどちらが残酷なのだろう? 「…………」 かすかな微笑みさえも上手く装えない。完璧に隠し通せるほどまだ大人になりきれていなかった。 決して変わる事のない貴方の思いを包んだ言葉が、泣きたくなるほど嬉しくて。だからこそ、苦しくて。 貴方の手の中で、指がきゅっと少しだけ丸まった。曖昧極めたぼやけた答え。はいともいいえとも付かないそれが、少年に出来る精一杯の返事だった。 今が私たち人生の中で一番夢を見ると決められるときだと思うから。 一番楽しくて、惨たらしくて、きらきらしていて、どろどろした気持ちが溢れて止まらなくなってしまうんだ。 ああ、決める事から逃げ出して、まるで夢の中のようなこの場所にい続けられたのなら。夢の中に溺れて沈んでしまえたのなら。 夢の中でずっと夢を見続けることができたなら。 どれほど幸せだったことでしょう。 (175) 2021/08/12(Thu) 16:58:10 |