【人】 1年生 工藤美郷[休日になれば、工藤はパンを焼いた。 武藤先輩からもらった気に食わないレポート用紙は、夢から目覚めた時白紙になっていた。その真っ白なレポート用紙をじっと睨み付けると、あのツルツルとした、ペン先がやけに滑る感触が思い起こされた。それと同時に脳内に焼き付けたメモの内容も。 粉を量る。水温を測る。生地を捏ねる回数も数える。発酵時間もオーブンの温度も夢の中と同じように作った。猫型に整形した時も同じ形になった。 しかし出来上がりは、工藤の舌には小泉先輩のクリームパンとは違って感じられた。全く同じレシピのはずなのに、膨らみ具合も不思議と違った。 おそらくは捏ねる力の入れ具合や、卵や強力粉の水分量や、微妙な室温やオーブンの違いが、そういった味の差異を生み出すのかもしれなかった。] 作りたいものと違う味になりました。 [そう言いながら、工藤は自分では食べきれぬそれらを朝霞さんに分けた。あるいは墓前や仏壇に供えた。研究室のメンバーに振る舞うことを自分では思いつかなかったが、誰かに促されれば分け与えたかもしれない。] (221) 2022/09/18(Sun) 21:21:26 |