【人】 1年生 工藤美郷[きっかけは、小泉先輩が与えた。 工藤がやっていることは、工藤個人で考えたやり方ではなく、小泉先輩から引き継いだものだ。>>3:221彼に認識されていなかったとしても。 けれどどうしても完璧には再現できない。工藤の手で育てた生地は、工藤の形に焼き上がる。 だから何度でも繰り返す。 その様子を、朝霞さんは静かに見守っていた。>>250 痛みを表現できぬ工藤が、流せない涙の代わりにパンを焼く姿を。 やがて工藤のパン作りは、徐々にあの日の小泉先輩と同化していった。 例えば手の洗い方。粉を振るう時の手首の返し方。オーブンを覗き込む角度。 レシピに関係ない仕草まで模倣していれば、いつかは同じ味に出会えるのではないかと信じて。 パン屋に行こうというLINEが来たのは、再現できない日々が続いた後のことだった。 工藤は食べられるものが無い。だから食事の誘いは悉く断ってきた。 だが、その日は行くと答えた。] (299) 2022/09/19(Mon) 9:55:37 |