【人】 1年生 朝霞 純>>325 小泉さんのパンは、このお店のパンと製造過程は同じだと思います。 小泉さんはこのお店のパンを作ろうとして、そうして小泉さんの味を持つパンが出来ました。 そして工藤さんは小泉さんのパンを作ろうとして、工藤さんの味を持つパンを作っています。 それは小泉さんと同じことです。 小泉さんの味は再現できないけれど、小泉さんと同じことを繰り返して、自分なりに小泉さんのパンを解釈することは出来る。 そもそも、全く同じパンは、誰であっても多分作れません。 工藤さんならもしかしたら作れるかもしれないけれど、私には出来ない。 多分、小泉さんも作る度に味が変わったと思う。 だから、同じ味はそもそも存在しないはずで。 それでも工藤さんは小泉さんのパンを自己解釈した。 小泉さんがこのお店のパンを自己解釈したのと同じように。 …それではダメですか? [彼女の行いは決して無駄ではない。 たとえ同じものが作れなくても、小泉さんのパンは、その味は形を変えて工藤さんへと受け継がれていくから。 それは紛れもなく小泉さんが工藤さんに遺してくれたものだから。それを大切にしてほしい。] (326) 2022/09/19(Mon) 14:53:20 |