【独】 閻魔参そもそも閻魔参とて、とうの昔にヒトではない。ヒトであったことがあるかないかも、今となっては定かではない。 ただ天と人とを繋ぐ者、下される託宣の仲介者として、永い時を生きてきた。 その身にヒトの備える欲はなく、糧も伴侶も必要とせず、気の向くままに生き暮らしてきた。 ……それなのにどうだ。 いま目前にしている女の気配の、香りの、甘さは。堪らなく芳しく慕わしく、手を伸ばさずにはおれないほどの愛しさは。 くらり、と頭が揺れた。 辛うじて残っていた理性の一片が激しく警鐘を鳴らす。 「…ハ、っ…」 前に踏み出したがる足を抑えつけ、無理矢理一歩後ずさる。サリエーラは小さく首を傾げると、自ら距離を詰めてきた。 ──おいでと言うのに。素直におなり。 ──妾の傍に来たかろう? 両の瞳に負けないほど紅い唇が囁き、小さな手が閻魔参の袖を引いた。これ以上退がることもできなくなり、すとん、と呆気なく膝が折れる。 間近で視線を合わせられた途端、脳裏の警鐘が嘘のようにふっつりと途切れた。 (-115) 2022/07/26(Tue) 22:41:49 |