【見】 療育 クレイシ男が見たもの、それは正確には黒い上着と赤い靴だった。 後に、三途病院連続殺人事件と呼ばれる凄惨な出来事について調べに来た人間の手によってチサと呼ばれる少女のものだと分かる日が来るかもしれない。 死んだ猫と死んでほしいと願ってしまった少女。 もはや冷静な判断がつかなくなっていた。小さな命達が自分を迎えにやってきたと狼狽し、逃げようとして転落する。 「──ぁ」 頭から真っ逆さま。 天と地が揺れる感覚も一瞬のこと。叩きつけられるような衝撃と共に目も開けられない激流に飲み込まれる。 「……ッ、ぁ、ぅぶっ……た、たすっ、助け……ッ!」 必死に手を伸ばす。必死に足をばたつかせる。 けれど誰一人として助けてくれる者はいない。水をたらふく飲まされた服が水の底へと引っ張ってくる。ぐちゃぐちゃに心を掻き乱してくる言葉や幻が死の淵へと引き摺り込んでくる。 「……ッ!…………、…………………………」 走馬灯を見ることさえも許されない。 肺の中に水が満ちて、重しとなってその身は底へ。 嵐に、言葉に、虚弱な心に。 踊らされ続けた男の末路は実に呆気ないものだった。 男の遺体が発見されるのは、きっとずっとずっと後の事になるだろう。 (@8) 2021/07/11(Sun) 18:06:46 |