これはこの場にいるあなたにしか聞こえない声。
音を直接、あなたの耳へと届け響かせる。

「――――……当たったらかなり痛いと思う。ゴメンな」

「――――……終わったらまたお茶しよう」

「――――……俺はアンタを許すよ。ムルイジ」

刃はあなたの身体を。
切り裂くかもしれない。切り裂かないかもしれない。
それでも。あなたの脳と心臓を揺らす声の音だけは。
どこまでも優しく、心地の良い振動のはずだ。

「なんだよー……遠慮しなくていいのに。
　まあアンタが大丈夫そうなら俺はそれでいいや」

くすくす、からから。喉が鳴って。
手を振られたら、片方の腕を高く上げて振り返そう。

「　ロベリア！！」

遠くにいてもちゃんと届くよう音にして。
俺はきっとしつこいぜ。また会いに行く。
だから"またな"と音にして。立ち去るあなたを見送った。

なんで俺にそんな優しい言葉がかけられる。わからない。
ホームレス街あの場所にいた時も。
Sound explosion,202あの事件の話をしている時も。
優しくされたことなど無い。わからない。

羨望の音。そこに微かに混ざる。妬みの音。


「…………う゛う、ひっく……う゛うぅ……っ……」

嗚咽の揺れは徐々に、徐々に小さくなっていく。
背を叩く揺れ。頭を撫でる揺れ。もう少し欲しいとか言えない。
疲れたのだろうか、少しだけあなたに寄りかかって。


あなたがこの出来損ないの機械を見捨てないのなら。
この出来損ないの機械は落ち着くまで甘えてしまうのだろう。

「あっ、」

探していたあなたを見つけ思わず大きな声が響く。
男はあなたの元へひょこひょこと駆け寄り。

「アンタのこと探してた！」

「……」



「…………俺……死ぬの？」

男はきっと自室にいるのだろう。
扉は不用心にも開きっぱなし。

「…………〜♪　〜♪　〜♪」

椅子に座ってギターを弾いている。
きっとこの音は、開いた扉から漏れ出ていて。

誰が立ち止まっているのか理解できる。
あなたの音は覚えている。

ノックの音。それと同時に止む弦の音。

「ンー！　あるよー！！」

部屋の中から声をかける。
男はまだ椅子から立ち上がらない。

「……」

見下ろされれば見上げる。真っ直ぐにあなたを見据える。

「……ン、俺も自分にビックリしてる。案外元気」

自嘲を含んだ音で言う。あなたに伝わるかは知れないが。

「…………いいよ、暇だし。アンタの行きたいトコについてくよ」

銃に対しても驚きの反応は示さない。


男は素直だ。いつものようにギターを背負って。
これから何が始まるのか分かっていないような物言いであなたの誘いに乗るだろう。

肯定的な声には力なく首を横に振り続けた。


自分に対して優しく親身に……一人の人間として接してくれるのはこの男にとって理解し難い事で、戸惑いの音を響かせながらも暫くはその慰めに身を任せていたのだろう。

「…………、…………」

"落ち着いた？"と声をかけられれば。少しだけ身体を離して、目元を擦って。
しゃくり上げているから上手く声が出せない。
だから、俯いたままこくこくと。二回ほど頷くだろうか。

先導して歩くあなたの後ろをついていく。
ポケットに両の手を入れて。いつも通り左右にひょこひょこと。

「…………〜♪　〜♪　〜♪」

着くまではきっと鼻歌まじり。だから言葉は交わさなかった。
開いたドアの先、トレーニングルームを覗き込んで。

「…………おお。……え、なンで……？」

用意されていた舞台。スポットライトの眩しさに懐かしさを感じ。
ギャラリーだと言わんばかりに並ぶロボットを見て心が踊り。


「…………アンタ、俺を殺すんじゃないの？」

そんなことを口にする。

「…………ああ」

用事なんて特に無かったんだけど。
どこまでも素直な優しさを持つあなたが気になったから来ただけで。

「…………そっかあ、俺……死ぬのかー……」

言葉に噓が含まれていないと理解できる。
自分が死ぬのだと理解できる。

「…………ッハハ」

理解できたからこそどこか上の空。乾いた笑いが空を揺らす。


「こんなトコで中途半端に……死にたくは、、」

ぐらり。崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「ン、…………」
手を引かれる。

「…………、？」
舞台へ歩を近付ける。

「…………ッハハ、なんだよそれ。……えっと、アリガト？」
舞台へと続く道を上がる。

「…………、ッ！！！！」
ステージの中央で歩みを止める。それでも男はあなたをしっかりと見据えて。

いつだかに話していた事を覚えていてくれたのだろうか。


「ああ……そういうコトか……
　」

銃口が向くと同時にギターを構える。
まずははじまりのFの音。俺のだいすきな優しい音で迎えて。
▼

は笑う。大胆不敵に。
ギターのをかき鳴らして。最の音量で。



衝撃波が巻き起こる。風が舞う。
埃を含んだ風圧はあなたにもきっと届く。

ステージから降りるなんてゴメンだね。

音が無数の刃となる。風を纏う。処刑時に使用しただ。
中央へと向かう弾丸の雨を、刃を当てて切り裂く。
勿論あなたの元へも無数の刃が駆け襲うハズだ。




カラカラと音を立てステージ上に弾が転がり。
全てを捌ききれてはいない。脚に、腕に、掠めて血が滲む。



歌う。叫ぶ。猛る。がなる。その音はになる。
上から振り下ろされるハンマーのように。身体を揺らして。

あなたの視線が動けば男もそれを追うようにして視線を動かす。こちらに戻した視線でやっと目が合うだろうか。目元がほんのりと赤い。

「…………、ン゛」

短い返答。頷きも添えたので承諾したのは伝わるだろう。
揺れる肩。身体はずっと震えている。
努力はするが、立ち上がれるか、歩けるかがわからない。

「…………、、」

あなたの両の腕を、己の両の手で掴んだ。
もしかしたら抱っこのおねだりにも見えてしまうかもしれない。

「……あは、いや、えへ、うん、大丈夫ー……」

口角は緩く上がっているものの。
目元からぼろり。
零れる大粒の涙が大丈夫でないと物語る。

「……やー、ゴメン、アンタは、悪く　ない、よ　何も
　あは、は、アンタ、やっぱ優しい　よな」

大丈夫かと背を撫でられる度に、それはぼろぼろと零れる。

投げつけられた爆弾の風圧で音圧は相殺された。
熱を帯びた衝撃波が巻き起こる。空を揺らす。




打ち込まれた弾丸を再び音の刃で迎えて撃とうとする。
捌けない。押し切れずにそれは中央の演奏者の元へと。




男は避けない。音の壁を貼る事も可能だがそれをしない。
男は弾丸を太腿に受ける。血が溢れ。痛みに一瞬顔が歪み。

バランスを崩しそうになっても踏ん張る。
靴音を響かせる。再び衝撃波が巻き起こる。