「ぇぅ…」

詰められて、たじたじ。
でもちょっと嬉しそうな顔をした。
（すぐ顔に出るので、全然こっそりとかではない。）

「ん…　ぁ、んむ。げんかん置いちょった」

カナイは結構……というか案の定。よく、ものを置き忘れる。

「ぁ。ぅ、　……　」

きみの忌避（かもしれないそれ）に気づけなかったことを、
申し訳なくとか、恥ずかしく思う。

「た」

躊躇いがちに、恐る恐る。
選ぶほどの言葉を持たないから、只、たどたどしく。

「　たち。　」

「」

どこぞで遭遇したカナイの第一声。
懲りもせず、ひとりでうろついてたらしい。ビビりの癖に。

「うわ、出た」


歩みを続ける先に、それはいた。

「なにやってんの？」

よく知った同級生の声に、ぺとぺと近づいてきた。

「そぉまだぁ」
「ねーちゃんは　でんき、さがしとぉ」

無くしてしもた、と言うそれは、
最初らへんに落としたマグライトのこと。

「そぉまは、なにしとんの」

「なんだ、つまり迷子か」

合流すればいいだろ、とは態々言わない。
マグライトに思い入れがあるわけでもなし。


「推理。頼まれたから」
「考え中だ」

迷子。あながち外れでもない。
この廊下はきっと落としたのと別の廊下なので。



ので、図星です！みたいな鳴き声をあげて。



「推理」
「どんな」

「　　シュヒぎむ、」

「戻れないのか？ いいだろ、別にマグライトで怒る奴はいないよ」

怖がりの癖に変な行動力だけあるそいつを珍獣を見るかのような目つきで見やり。

躊躇はない。誰に対してもこうだ。
いつもの続きかのように言葉を吐く。

「鳥飼が僕らの中の誰に殺されたかの推理」

「　…んぅ」

中途半端な首肯は否定と同義の、けど、
言い切られた『いない』に逆らって主張するほどでもない。



「だ　　……　て。」

探偵さんは、誰かに殺されたのだと断定しているらしい。
カナイは、賢いきみが言うんならそうなんだろなと、思うわけで。

ぁ」

▽

「あ、ぁぁ、だろ…！」
「なにが……と、……んん、
　『鳥飼が僕らの中の誰に殺されたかの推理』だ、よ」
「す　　すひ　しゅぃ…　」

だばだば喋って、よっぽど流暢に畳みかけて。
ぼたぼた汗をかきながら、
わし、と栗栖の二の腕あたりを掴んで見上げている。

「ぼ、」

「あのさあ、違うなら違うって言いなよ」
「僕だって全部合ってるとは思ってないんだからさ」


そんな言葉を吐きながら、目を細めた。

吐息をこぼす。へえ。とでも。

「反応するんだ」

▽

“いる”を前提に話した。
それが意味するものに、興味を示しながら。
吐息に微笑みを乗せながら。笑って、返す。

「きみじゃないからね」

まぁ。仮に君だったとしても、変わりはしないが。なんて言葉は言わない。


「僕の言葉の方を信じられるんだ、きみは」

彼らより。
それはどこか、

見上げられたその視線に、打ち払うわけでもなく。
ただ、見下ろして。

「なんで？ 信じてあげないの？ 彼ら」

「……ん、変なこと言ったかな」

心配そうに貴方の顔を覗き込む。
その様子は、生徒を助けようと席へやって来る教師の姿を彷彿とさせる。

白間梢はいつも通りだ。
白間梢は昔からこんな子供だった。
正月に親戚で集まった時だって、隅に座る貴方の隣にいたのは決まって彼女だった。

「……それに、先生になるならさ。
　何事死体にも動じず構えてなきゃいけないだろう？」

嬉々として語り出すのは、時代遅れも甚だしい教師像。
そもそも。
彼女は、進学を諦めた筈である。

奨学金という手段もありながら、少しでも早く家を出たいからと。
数年間の通学が保証される家庭ではないからと。

　


けど、危ないって言ってるだろ。


「し　　……　」

もどかしさに、臍を噛む。
だめなカナイに、何かを聞く奴なんてあんまりいないから。
だめなカナイがそれでも伝えたいことなんて滅多とないから。

言葉を探す羽目になる。


▽

掴んだ腕に力を込める。
長袖の先から覗く指先は多少、冷えて。

「　だったら！」
「ぼくも、　　…も、そう！
　そうしたい　って、ぃ　言ってんだ」


「　から、な…」


カナイの脳裏に矛盾はない。
不出来な回路に、ハナから整合性なんてものはない。

「　し　……からって
　き　　信じちゃ、いけないこと。」


「な　」

薄暗い廊下で、月の明かりを仄かにうつして。
暗色のフードと野暮ったい前髪を透かした瞳が、真っ直ぐ。

「なんでんな嬉しそうな顔してんの？
　お前そんな蚊に刺される体質だっけ？」

じろじろとあまり出ていない肌の部分を無遠慮に見た。

「お前一人でうろうろすっと逆にアブねぇだろ。
　忘れ物したならラインで誰かにたのんどけよ」

間が抜けていてふらふらしている相手の事も心配だが、自分の身の危険的な意味も含まれている。

「オラ、もうおとなしく座ってろ」

軽く肩を叩いて適当壁にもたれるようにして窓際に座った。

「じゃあみんなのこと疑えるか？」
「みんなを信じるなら、僕を疑えるか？」


至極簡単な、至極単純な、過程に合理性はなくとも。
結果を出すならばつじつま合わせをしなくてはいけない。

「わがままだな、司馬は」
慎ましやかにその奥に隠されてきた強欲なそれが表にでも出たのだろうか。分からない。



「別に、それでいいよ」
「でも少し考えてみて」


「ねえ、司馬」
「今まで手に入らなかったものでも、あった？」

「で　

勢いだけの言葉はつんのめって。
なけなしの啖呵はよろめいて、答えを出す前に、ぼと。

墜落。

わがままだな。瞳がぐらぐら揺らぐ。
目をうまく逸らせないから、固まっていることしかできない。

それでいいよ。




▽

不可解な問いかけを、真っ直ぐ受けとって。
ぽかん、と間抜けづらを晒した。

「ぁえ。な　」

目を見ている。

その目を見ている。

「きみが、ほしがり、だからだよ」

「自分の矛盾にすら気付かないほどに、無垢にほしいものを、欲しいと言える」


「普段そういうそぶり見せないくせにね」

「きみは、それを抱えていた」


「どこかアンバランスで」
「“興味がある”」

▽

「それに固執するきみは」



「失われたことがあるんじゃないかってね」


抑圧されたもの。自分自身すらから。
だから、それは無垢に欲しがってしまう。
こうして、発露するまでに。

どうかな。どう思う？

「きみが、欲しかったものをね」

「ぇう、さ　」

こくん…頷いて。
「ね　ねーちゃんのじゃけ」
一人称がややこしい。自分のものは自分で…と言いたい。

そうして、ぽん、と肩を叩かれる。
またちょっと嬉しそうな顔して、裏道の隣に座りこむ。
のそのそ、すとん。

「うらみち、ずっとここ　いんの」


くっついたと言って過言でない距離だったりする。

「、まえ……」

ナチュラルに隣に座るまではよかった。
だがくっつかれると思わず声が裏返ってしまう。

「………」

居心地が悪そうに微妙に顔をそらした。
子供の頃はくっつかれても平気だったのに、暫く皆と離れている間に自分の中で何かが変わってしまったのか、昔みたいにはいかなくて。

「ん、んん……別に、探索興味ねぇし……」

「ずちゃん…」

覗き込んでくる顔を、呆然と見つめ返す。
当然返ってくるはずの否定は、行方知れずで。

「こずちゃ　」





白間梢は、そばにいてくれた。
血を分けた人たちにすら馴染めない、鹿乃のそばに。
梢は優しい。しっかり者の、こずちゃん。
皆の人気者で、何でもできるすごい子なんだ。

昔っから、ずっとずっと。


　　　


▽

　


「んせぇ　なるの　」



脳の裏がバヂバヂ煩くて、チカチカ火花が舞い散って。
けれど、細い細い糸が。こんなに煌めくから。

のろのろと、縋りつくように白間の上着を握る。
そうしなければ───
目の前の少女が急に、遠くに行ってしまうような気がして。

「え？　ああ、やっぱりボクにしか見えないのか」

「鹿乃くん」

その声は一瞬だけ上がって、それでもやはり寂しそうに。
悲しそうに、まるで冗談に聞こえないように。

「。ボク、彼らを知っているんだ」

　


……ぐるる。
場違いな腹の音がどこかで鳴った。

「うん……やっぱり、諦めきれなくてさ。
　こうなったら自力で先生になるしかないと思ってね」

が口に出すのはおかしなことばかり。
しかし声色は変わらず、自信に満ち芯の強さを持っている。




「でも先生って、生徒がいなきゃできないだろう？」

上着を掴む手に、そっと自分の手を重ねる。
その手のひらは、焼けた様に熱い。

▽

　
「」

貴方達である必要はあるのだろうか。

「誰も置いてけぼりにしない。
　誰もがありのままの自分でいられる。
　そんな学級を作りたいんだ。」

貴方である必要はあるのだろうか。

「……カナ姉にも、手伝って欲しい。
　私達だけじゃ、難しいことだから」

それでも。
貴方を、��ねーちゃん�≠�、頼った。

「んぇ？」

ひっくり返った声を、不思議そうに見上げる。
引っ付いているカナイはじんわり、あたたかくて。



ちいさく、含むように笑う。
抱え込むようにこっそりした笑い方は、昔から。

「こわがりやもん、なぁ。うらみち」

「　。」

ﾋﾟｬｯ、というような跳ね上がりかたをして、もごもご。
カナイの声は不明瞭で、それでも、怯えだけではないような。

「……　…どんな子が　いるん」