【秘】 雷鳴 バット → 高等部 ラピス「そうか」 貴方があの場所、あの時の立会人だと知らない青年は、 ただただ貴方になんらかの疑いが及ばなかったことに安堵した。 教員棟から出ることの叶わなかった一日、 それからもう一日を経て周りの変化を目にして、やっと安心したのかもしれない。 「バット、であってる。ただ、そうじゃない呼び方をする人もいる。 人によって違う、のかな。わからない。家族は、バットって呼んだ」 日の落ちるごとに青年の動きはしっかりとしてきて、言葉も明瞭になる。 まるで陽光に押さえつけられていたかのように、背筋は真っ直ぐに伸びる。 鬱蒼と茂る木々は森ほどではないが、周りの光を遮って。 下生えの長いところまで足を進めると、木の根元に腰掛けた。 「先生の中には、そう呼ぶのを咎める人もいる、みたい」 (-225) redhaguki 2022/05/06(Fri) 19:27:13 |
【秘】 雷鳴 バット → 神経質 フィウクスしんと静まりかえった伽藍堂の部屋の中を見回す。 一人で過ごすのがどうにも寂しく、一人のうちにも何度か見渡した景色。 そこにあるものは決して賑賑しいものではなく、……ただ、そこにある優しさに、 与えたものの名前を聞いて合点がいったようにうなずきもした。 「ここは、落ち着く」「フィウクスの時間を奪ってたら」 「申し訳ない……けど」「僕はひとりでもそうでなくても」 「フィウクスは、僕が黙ってても」「怪訝に思わないから、いい」 文節のつながりのふんわりとした言葉は要するに、 自分がこうして使うことを肯定されるのと同じく、 貴方のまだ見ぬ部屋の使い方がなんであれ、肯定するつもりだという意思表示。 逆はどんな気持ちが抱かれているのだとしても、 青年の方はこうして優しさを橋渡しされることについて悪い気はしていなかった。 「大人は」「ゆっくりこれから」 「おまえに合った解決法を探そう、と」 果たしてここにいる子どもたちがどんな病を抱えているのかはわからない。 大人たちだってその善性の程度は様々で、悪意を隠しきれないものもいる。 ただ、青年は誰かのように、帰ってきてすぐに怯えを抱くこともなく。 自分が子どもたちにどう思われるようになったかを気にする素振りが増えた以外は、 以前と様子が変わったようでは、なかった。 「僕は……」 「フィウクスやみなと一緒に」「ご飯が食べられるような」 「ちゃんとした身体がほしい」 → (-228) redhaguki 2022/05/06(Fri) 19:42:42 |
【秘】 雷鳴 バット → 神経質 フィウクス青年は自分がどんな瑕疵を抱えているのか、適切に他者に伝えたことがない。 理由は彼の学力の低さもある。周りに比べると、追いつけていないフシがあった。 周りの助けや努力もあって深刻な落ち込みを見せているわけではないが、 それでも同年代の子供に比べると、"しようのないもの"なのは確かだった。 だからそれというのはいつでも的外れで、貴方の状態をしっかり捉えてないこともあるだろう。 「フィウクスは?」 「フィウクスは、どうなりたい?」 それでもまっすぐ、青年の目は貴方へと向けられる。 貴方がこうして他者に向けた気の回しがきまぐれであったとしても、 与えられたものは、あったのだ。 それを受け止め見上げる人間が、こうして己から返るものを少し意識しただけの。 ほんのささいな、幼い善意や厚意であるのかもしれない、小さな問いかけだ。 (-229) redhaguki 2022/05/06(Fri) 19:42:55 |
【秘】 雷鳴 バット → ライアー イシュカ「……」 「なにか、よくないこと」「されたの?」 青年の目は少しの驚きを湛えていた。光の薄い目が小さく丸められる。 その実、貴方やこの飼育小屋に対して遠巻きにしていたのは別の理由だったから。 おそるおそる、もう一歩、二歩。腕を伸ばせば届く距離。 それに合わせてがたがたと、飼育小屋の中の動物たちがざわめいた。 一匹欠けた兎小屋の獣たちは、手の届かない方へと壁を作るように追いやられた。 「わからない」「ただ、これからは」 「僕にあった解決法を探す、って」 「今までは、そうじゃなかった」「みたいだった」 たとえその扱いは理不尽に見えるものだったとしても、 例えばかつての子どもたちのように苦しめられたりということは、 青年から見ればなかったのかもしれない、ただ。 実習生へは、青年は学力の遅れや社会行動性の未発達、 いわゆる精神遅滞のきらいがあることを伝えられていた。 実際に青年に行われたことが客観的に見て妥当性のあるものかどうかは、 一面的な意見だけでははかれないものだろう。 「……」 「イシュカは?」 口籠る。貴方が自分と同じように感じていないのは、明らかだったから。 (-231) redhaguki 2022/05/06(Fri) 19:49:11 |
【秘】 雷鳴 バット → 月鏡 アオツキ「……ツキは……」 頭を撫でる手に手を添え、指を絡めて膝の上へ下ろす。 心の中を吐き出すように訴える貴方に、頷きながら目線を返す。 ぱち、ぱちと呼吸にあわせるように降りる瞼は、耳を傾けていると示すよう。 少しだけ、沈黙だけが挟まる時間があった。 そのうちに腕の中に掛かる重さを受け止めて、髪の硬い感触に頬を寄せた。 ぐったりと弱ったような貴方の背中を見下ろして、青年は考える。 「ツキは」 「可哀想だ」 「誰かがなぞった人間の形をしていないと」 「耐えられないんだ」 「ツキは、普通じゃなかったんだね」 「普通じゃないから、誰かの普通に憧れて」 「自分じゃないものになったんだね」 とつとつと語る。耳に聞こえた言葉への、純朴な感想だ。 それを理性的な形で表すのならば、同情なのだろう。 ひどく脆弱な精神を曝け出す貴方を、悲哀の目で眺め下ろす。 「ツキは幸せに"された"んだ」 「自分が思うものじゃない」 「他人の思う幸せに」 「ツキは本当は」 「僕じゃなくて、誰かを幸せにしたいんだ」 「その代わりを誰かに、やってほしいんだね」 (-236) redhaguki 2022/05/06(Fri) 20:03:27 |
【秘】 雷鳴 バット → 月鏡 アオツキとん、とんと背中に回した手が子供をあやすように叩く。 落ち着かせ、心の安寧を取り戻すことを望むように。 純粋に、無雑に。青年はそこに一変の屈折もなく、貴方の言葉を受け入れた。 貴方が誰かに言われた言葉の正誤を断ずることは青年には出来ない。 そこまでの知性を持ち備えるほど、青年の精神は習熟していないのだ。 大きな成人の身体に、まだ彼よりも年下の子供にも劣り兼ねない柔らかい心だ。 貴方を真に救う方法は、未熟な心は持ち得ていない。 「僕が幸せになって」 「僕が普通になったら」 「ツキは、嬉しい?」 「僕、アオの代わり、やってあげる」 「だからもう、苦しくないよ」 それはまるで、片割れを亡くした母親に、子供が父親の代わりを申し出るように。 家族をなくした生き物に、誰でもないものが無邪気に寄り添うように。 耳元で流し込まれる声は大人のそれであるのに、抱く気持ちはひどく幼い。 だからこそ、そんなことも簡単に言ってしまえるのだ。 「これからは、僕がアオの代わりだよ」 (-237) redhaguki 2022/05/06(Fri) 20:03:38 |
【秘】 高等部 ラピス → 雷鳴 バット『では、私は今まで通りバットくんと呼んで良いのですね』 人によって違う。 そこにどんな意味や目的が隠れているのかはわからない。 でも、今まで接してきた"少女にとっての青年"はバットだから、これからもそのままで良いかなと思った。 『呼び方がいくつかあるのは不思議な気分です』 『なぜ、咎められてしまうのでしょうか』 同じように、適当な木の根元にちょこんと座る。 小さな体躯はすぐに木々や茂みに紛れてしまいそう。 普段より更に低くなった目線で、また頭上の枝葉を眺める。 ぼうっと過ごす時間は嫌いではない。 (-242) dome 2022/05/06(Fri) 20:20:30 |
【秘】 雷鳴 バット → 高等部 ラピス「わからない。でも、理由はあるんだと思う。 ……ミゲルって呼ばれたのは、久々だったかも。 先生たちもたまに、そう呼ぶ人はいるけど」 曖昧に混在している理由は、少なくとも青年はきちんと認知できていないようだった。 どうして自分がそう呼ばれているのか、意味や実情も理解していないのだろう。 だから含みもなく、貴方と同じように首を傾げるだけ。 傍に座った貴方の横に身体を寄せて、じっと見下ろす。 視線の向いた先は自分と同じように、手袋をした手先。 しばらく黙ったまま視線だけが刺すように落ちた。 考えていることを隠すように他愛のないことで間をつなぐ、なんて、 器用なことは青年には出来ないらしかった。 不自然な間があってから、ようやくといったふうに声を出す。 「……ラピスは…… どうして、手袋をしているの。」 (-244) redhaguki 2022/05/06(Fri) 20:35:11 |
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新