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【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人目指したのは、 地続きのリノリウムの世界の外なんかじゃない。 タータンを走る、あとわずか追い付かない、 眩いスポットライトを浴びる誰かのその先。 「俺の異能のこと……聞いて、くれますか?」 ヴェールの如く秘密を包んだ暗闇はきっと邪魔だ。 隠し通すという報われない努力は、もうやめにしよう。 (-169) backador 2021/11/01(Mon) 19:44:55 |
【人】 遅れて来た 世良健人>>+23 談話室 竹村 「おぉおうゎ」 跳ねた体は危うく後ろにひっくり返るところだった。 幸いソファの重量がしっかりとしているので、怪我をする心配もない。 人に、それも後輩に見られた気恥ずかしさを、唇を尖らせてごまかして、 ついでに買ってきていたフルーツ大福をがさがさビニール袋から取り出した。 「……なんか童心に帰る機会ってのもないなって……」 苦しくもそれ以上でもない言い訳をぽそぽそこぼす。 人のはけた談話室はそれでも封をし直したお菓子があったり、人の気配を残していた。 (119) redhaguki 2021/11/01(Mon) 20:02:39 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 紫の苧環は咲く 御旗栄悠「単純に、疑問だったんだ。騒ぎ起こしたり、引きこもったり。 力が強くなることで得たり残ったりするものもあったんだろうけど。 俺、そういう騒動の中にいたやつのこと知らなくて。何を、してみたかったんだろうなって」 窓の外に降り終わった雪の照り返しが少しだけ残っていた。 単純にやりたかった、やりたくなかった、望んだ力だった、そうじゃなかった。 そんな、言い切れる話じゃなくて。 弱い異能も強い異能も、知らない薬の手助けも、その人の全てじゃなかっただろう。 「この暴走に、関わってたんだなって思った。 でもさっき聞いた感じじゃ、何かいいものがあるはずだって言い方だったろ。 なんとなく、騙して言ってる感じじゃあないよなあ……って。不思議だったんだ」 例えば何か恐ろしい陰謀の為に生徒たちが普段と違う行動をした、とか。 そんな風に一面的に結論づけるにはどこか不都合で、だからこの数日、気にかかっていたのだろう。 自分のことより、周りのことの方がよく気にかかった。 この違和感は完全には消えないだろう。だって子供達はいつも惑っている。 だから。目を閉じて、開いて。言い切ってしまえない胸の内に、耳を傾けることにした。 「うん。俺も、答えを出すまでは。 ちゃんと黙って、聞いているから」 (-173) redhaguki 2021/11/01(Mon) 20:15:40 |
【人】 遅れて来た 世良健人>>+24 談話室 竹村 「くそ、マジで油断してた……もうちょっと頼れる先輩のイメージでいたかった」 大してフカフカというわけでもなんでもないソファは、 それでも食堂の少し固いイスとも教室の木椅子とも違う。 寮暮らしだとフカフカで寛げる場所というのは案外限られてくるのだ。 しっかり地についた膝に肘を立てて頬杖をつき、不服そうな顔を向こうにそむけた。 「竹村、体育祭なんか出るんだっけ。水泳部? この様子だとけっこう大変だよな、何やるにしても」 (121) redhaguki 2021/11/01(Mon) 20:36:32 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「交通事故に遭って数日寮に戻らなかった日、あったじゃないですか」 血相を変えた先輩にいろいろ聞かれて、それでも押し黙ることしかできなかった情けない自分までの、今でも鮮明に覚えてる一連の思い出。 「ある女友達と遊びに出かけてて。 よくある、踏み間違えによる急加速で、車が一台猛然とこっちに突っ込んできたんです。 無我夢中でその子を突き飛ばして、自分はそのまま壁との間に」 ぺち、と手を叩く。 噛み締めるように深呼吸を挟んで。 「目が覚めたときには病室のベッドの上で、医者には、異能のおかげで特に後遺症はないなんて言われて。 酷い目にあったし、つくづく世を呪ったけど。 好きな子を守れたし、ついでに生きてるし、この異能も捨てたもんじゃないなって思ったんですよ」 眩しそうに窓の外を見やる。 大したことのない光が、少し足を動かせば届くそれが、とてつもなく遠くにでもあるように、目を細めて。 「それでさ。 お見舞いに来た彼女の一言目が、」 (-177) backador 2021/11/01(Mon) 20:53:56 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「勿論無茶苦茶な語弊があったと思いますよ。ピンピンしてるのが信じられないほどの有り様だったんでしょうね。 そう、そこからです。ただでさえ好きじゃなかった異能に、絶望的な負の感情を抱き始めたのは」 ひたすら、暗い笑みを浮かべている。 でも今は、信頼が勝るから。言葉を紡ぐのを止めたりなんかはしない。 「俺の異能(ちから)は。 “御旗”の名が示す通り。 『某不快害虫の身体能力を得る』もの。 うざったいほど足が速くて、高く跳べて、気持ち悪いくらい生命力に満ち溢れている、最高なほど───最低な異能」 故に。常に自信が足りず。 故に。人の目に努力を晒すことがなく。 故に。スポットライトを浴びる誰かが、とてつもなく羨ましくて、仕方がなかった。 自分は、どうあっても、地を這う暗がりの嫌われ者の烙印からは逃れられないというのに。 ▼ (-179) backador 2021/11/01(Mon) 20:55:26 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「薬の実験に関わったのは、本当に何となくです。 持ち掛けられて、断る理由もなくて、 とんとん拍子で、加担することになって」 「まあ多分。変えたかったんですよ。今の自分を。 今もずっと陸上を続けてるのだってそうです。 薬をあの手この手で人に与えるのも、そう。 最大限、ちからを活かせる場で、 俺は凄いんだぞってことを見せつけたかった。 暗がりから眩い人たちを捻じ伏せて、 そうしてやっと、 自分は多少は異能を、自分を誇れる気がしたから」 でも、と続けて。 「結局、健人先輩。あなたには異能を使わず、正面から話してみたくなっちゃいました。 迷わず走り切れって助言してくれた人が、いたのに」 (-181) backador 2021/11/01(Mon) 21:03:13 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「おぉ〜……」 視覚的にも、感覚的にも、癒えていく様に声が漏れる。 まるで魔法みたいだなと思いながら、その手を見つめて。 間が空いたところに、かかる疑問。 予想はしていたその質問に、どう答えようかと。 「んー……人にぶつけられた、かな? 私の異能が異能だから、気をつけなきゃいけねぇのは私だ ……ま、それよりも優先せねばいかんことがあったんでな 見た感じでは、私だけみたいで良かったよ」 怪我をしたのは。 (-200) tamachi 2021/11/01(Mon) 23:20:55 |
【人】 遅れて来た 世良健人>>+26 談話室 竹村 「季語ないじゃん。キャッチコピーにすんな、もう……」 これには参ってしまった。夕焼け色の髪が項垂れる。 そのまま、放置されていてもなんとなく抵抗の薄い飴玉の袋なんかをくしゃくしゃと手の中に収めて、持て余したりしている。 「二刀流かあ、大変だろ。どっちの練習にも出たりしてさ。おまけに雪だし。 例年ギリギリ雪の季節は免れてた気がしたけど、今年は気象も恵まれなかったかなあ。 俺は、マネージャーだし。みんな危なっかしくてベンチの中からじゃなきゃ見てらんないの」 練習メニューの一部にはきちんと参加している分、体作りの部分では選手たちにもひけはとっていない。 それでも実際に動いたならば、日頃から体を追い込んでいる選手たちには劣ってしまうだろう。 もっともらしい言い回しをしながら、ギザギザの袋を弾いている。破ればイチゴの香りが浮き上がった。 (166) redhaguki 2021/11/02(Tue) 8:58:35 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 紫の苧環は咲く 御旗栄悠「……なんでそんなこと、言ってしまったんだろう」 見も知らぬ誰かの心中なんてわかるわけはない。声は小さかった。聞こえなくてもいいように。 きっとはずみで出た言葉に、字面以上の驚きなんてのはないのだろう。 誰かに好かれる人であるなら、どこかに希望を持って想像したいところだけれど。 それ以上に、目の前の彼が負っただろう心の傷の深さの方が、ありありと想像できてしまった。受け入れ難い言葉だろう。 「それは何かを変えてみたいと、思うかもな……俺だって、きっとそう思う。 誰かに懐疑的に思われた異能を自分だけは愛して抱きしめるなんて、できない。大人になれば違うかも知んないけど」 モラトリアムの中に揺蕩う自我に強固な自信を持って、胸を張るのは難しい。一人で立つのはとても厳しい。 臆面もなく自分ならどうしただろうなんて考えてみて、同じような帰結に辿り着いたんじゃないかと、納得した。 立ち上がって改めて目の前の少年の姿を見て、けれどもその姿が立派な誰かではなく少し背で勝った後輩であることに、頷いた。 「機会があったからって掴めたかどうか、俺にはわからない。御旗はすごいよ。 まあだからって見方が変わるわけじゃないんだろうな、って思った。そんな簡単な話じゃないだろうから。 ……俺も、自分の異能をなんだこの、って思ったこともあったから、もっと衒いもなく受け入れられたらってのは、わかる」 → (-239) redhaguki 2021/11/02(Tue) 9:12:27 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 紫の苧環は咲く 御旗栄悠なんとなく自分の頭の上に手を置いて、それから同じ高さのままで御旗の頭の上に手をかざしてみた。 5センチメートルの差異があって、それは成長期の変化を伴っても大きな差はない。仕草そのものは、ともすれば不遜だっただっただろう。 けれども目の前の少年が急成長した誰某かではなくて同室の御旗栄悠であることを認めて、ふっと息を吐いた。 「どんな結果になるかわかんねえけど、薬の話受けるよ。 ただ、必ずしもその結果は教えられないかもって事だけ、約束してもらっていいか。 たぶん俺のなりたい姿には届かなくて、情けない姿を見せると思うから」 (-240) redhaguki 2021/11/02(Tue) 9:16:35 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 朧げな陽光 守屋陽菜「ん〜〜……そうか。 守屋は目立ってるし、なんだ。人に対して積極的だからな。 相手が怪我してないなら良かったとは手放しには言いづらいけど、気持ちは軽いわな」 少なくとも納得済みの結果に見えるし、自慢げな話でもないようだから口をつぐんだ。 若干の抗議と不満は息遣いに漏れ出すけれど、無神経に言葉を重ねるほど世話焼きなわけでもない。 見える範囲の傷を治しきってしまえば、歩いていて誰かに咎められるような見た目ではなくなるだろう。 「体育祭、ちゃんと出来んのかな。なんか立て続けに問題あって、教師に咎められなきゃいいけど。 なんかもう少しの間、あちこちで変わったことが起きるような気がすんだよ」 (-241) redhaguki 2021/11/02(Tue) 10:17:55 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「目立ってる、か 君に言われるとこそばゆいものがあるね ……ん、と……どうもありがとう、助かったよ」 自分自身の腕を見直して、君の手際の良さを褒めよう。 可愛い女の子に頼られた方がよかったかな? 付け合わせにそんな軽口でも。 「……あぁ、問題ねぇ 君にも話は届いているんじゃない? 御旗クンとかから いやぁ、どうなるのかねぇ」 かちゃり。 眼鏡を両手でかけ直す。 じっと、あなたの顔を見つめて。 「────君なら、心配ないのかな?」 (-242) tamachi 2021/11/02(Tue) 10:39:09 |
【人】 遅れて来た 世良健人>>+40 談話室 竹村 少しくしゃくしゃになったビニールの中に鎮座する、稚気の表れみたいなぼんやりした模様が凹凸で表現された赤い飴を見た。 これを、と傾けて示し確認したけど、そうでないのなら余った飴の袋から探せばいいはずなのだ。 ちょっと考える合間があってから、ソファから乗り出してイチゴの匂いを近づけた。 「ほら。 ……怪我を治したからって怪我した事実が消えるわけじゃないんだ。 見えない後遺症が残らないかどうかまで保証できないし、本番でトチッたらスコアに響くだろ。 練習も本番も、怪我するようなやり方するなよな」 (168) redhaguki 2021/11/02(Tue) 11:41:01 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 朧げな陽光 守屋陽菜「御旗? ああ……最近、早出でもあんまり出る時間合わないんだよな。 同室だけど、サッカー部の朝練より早く部屋出てるっぽくて。夜しか話せてない感じ」 薬について持ちかけられるのは、夕方を過ぎてからのこと。まだ、健人はその話を聞いていないようだった。 どこか的を射られていないような顔をしながら、自分の手をじっと見る。今しがた怪我を綺麗に治して見せた、手品のような手のひら。 「守屋は自分の異能が本当に効いてるか、不安になったことってあるか?」 (-246) redhaguki 2021/11/02(Tue) 12:13:10 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「……あぁ、そうなのか 彼もかなり練習熱心なようで、 その頑張りが実を結ぶことを願っているよ」 いつぞやに贈った言葉を思い出す。 前を向いているといいなと。 「……? どうしたんだい急に? 私は、そういった不安を感じたことはないなぁ むしろ効きすぎて困ってるくらいだ」 にひひと笑いながら、手をひらひらと振ってみせる。 さて。 「世良は、そういう風に思うことがあるのかな? ……今しがた、私を綺麗にしてくれたのに?」 (-250) tamachi 2021/11/02(Tue) 12:42:31 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 朧げな陽光 守屋陽菜「あいつ、頑張り過ぎるからなあ。早寝早起きのが調子いいみたいだけど。 子供って本当は八時起きでも早過ぎるらしいって知ってる?……いや、高坊が子供かはわかんないけど」 朝日と共に起きるのが推奨される昨今、それは人間という動物が自然に会得するリズムとは異なるものらしい。 守屋を見る目は少しだけ眩しそうだった。嫉妬というには遠過ぎて、憧れというにはすぐそばで。ああいいなあと、自然と願うもの。 健人の掌は綺麗だった。年頃の男子にしては擦り傷ひとつなくて、皮膚は柔らかくて滑らかだ。外遊びを知らない子供のように。 「俺はたぶん、自分にはできないことがあるのを知ってるから不安になるんだと思う。 たとえば寒さに強い異能の持ち主が深海に潜れるわけじゃないし、 たとえば温泉を掘り当てられる異能の持ち主が、火山のそばにいても平気じゃないように。 どっか近しい現象なんじゃないかと思っても、そこまで広く手を繋がせてはくれないみたいに。 近しいからって、できることがあるわけじゃないのを知っている。 だからかな、あんまり信用してないのかも。 努力して上手くなること、勉強して得られることと、全然違うだろ」 (-260) redhaguki 2021/11/02(Tue) 14:46:44 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「ん〜……子供と言っていいんじゃないかな? もちろん、その意味での子供ではないかもしれないが」 私たちは子供だと。 間違えることもいい、失敗することもいい、 それは挑戦し続けた証なのだから。 それが許される、子供なのだから。 「ほうほう……出来ないことがある、ね こんな世の中だ、適材適所…… 異能で職業が選ばれるようなこともあるだろう 異能でしか、辿り着けないものもなぁ ……持って生まれたもので何者かになれるのなら、 それはとても幸運なことだろうね」 生憎と、私にはそんな考えは分からないが。 「それで、出来ないを知っている世良はどうしたい? その不安をどう抱えている? ……君は、何者になりたい?」 眼鏡の奥で、細めた瞳が柔らかくあなたを見つめる。 (-261) tamachi 2021/11/02(Tue) 15:12:15 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「……だから、そうやって」 また、たっぷりと息を吸い込む。 震えた声をどうにか抑え込むように。 僅かに顔の角度を上げて、振り絞る。 「そうやって俺に寄り添わないでくださいよ。俺の頑張りはまだ成就してなくて。だからまだ肯定されてはいけないんです。 なのに、それなのに。そんな言葉をかけられてしまったら……そしたら」 抱いた感情にふさわしい相応しい言葉を知らなくて、思わず拒絶をしてしまうようなその態度は。 紛れもなく、あなたの良く知る後輩のもの。 「でも結局……優しい言葉を望んでいたのかも知れません。 だって、もっと問答無用な手段をとれた。話し合う必要だってなかった。 心の奥底では、独りで走り切る覚悟が足りなかった」 (-263) backador 2021/11/02(Tue) 15:48:29 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「……薬、受け取ってください。 俺が踏み出せなかった道は、あなたへ」 一粒の、袋に入った錠剤を、 手元に軽く放り投げる。 「俺は、俺の道を行きます。 その結果、どんな姿になろうとも……俺はきっとまた、ここに戻ってきます。 何があろうとも、ここは俺の居場所で、無理して走る必要のない場所ってことが分かったから。 その代わりに健人先輩は、 なんなりと好きにしてくれたらいい」 重ねて約束です、と告げた。 (-264) backador 2021/11/02(Tue) 15:49:46 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 朧げな陽光 守屋陽菜そう、今ここにあるのは皆モラトリアムの途中を歩く子供たちで、どんなに力を持とうとも誰かが守るべき存在で。 きっと大人の目の届かないところは、互いに手を取り合うしか救いの手立てはない。そんな自分達だからこそ、口にできることがある。 もうずいぶん大きくなった体、掌、伸び切った背は自動販売機よりも大きい。安っぽい机の下からローファーの黒がはみ出す。 「俺はこの……俺のじゃなくて、異能という力は、実はなんにも役立たないと思ってる。 一人一人違う力は理解を得るのも難しくて、個人ではなくもっと大きなものになった時、助けてくれるものじゃないと思ってる。 そんな曖昧なものに人生を賭けるのは、俺は怖いことだと思ってるよ」 鞄の中の参考書、赤い表紙に、新書の本。 それらでなければ助けられないものがある。 「俺のなりたいものは。俺はさ、頼れる兄になりたいんだ」 それはきっと、どんな異能をもってしても確かな成就をもたらさない願い。 (-265) redhaguki 2021/11/02(Tue) 16:15:37 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「────…………何にも役立たない力、か」 ぽつり。言葉を反芻する。 意識して出した声ではない。無意識に吐いた声。 思わず、羨望の視線が向いた。 鋭くなる目線を抑えようと、瞼を閉じた。 「────それも、正しいと思う ……いや、私は正しいと信じている 異能とは、読んで字のごとく“異なった能力”だ たとえある分野でそれが優れていたとして、 その分野しか道がないのかと問われれば違う ……選択肢は、自由だよね?」 言葉を紡いで、本心をいくらか混ぜて、間を持たせて。 ようやく、いつものように。 「……あの弟に頼れる兄、かぁ……きっと大変だねぇ」 軽口を。 からからと、渇いた笑いが出てきた。 (-267) tamachi 2021/11/02(Tue) 17:01:07 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 紫の苧環は咲く 御旗栄悠「かわいい後輩を突き放すのもやだよ。かといって、変に構ったりもしない。 今の話聞いて、お前はもう少しだけ自分の出来ることを試したいんだって判った。 だから、なんだろ。俺ももうちょっと待つよ。 全部終わるか、その前に何かがどうにかなっちまったなら、また話を聞くよ」 サッカー部の朝練は早い。そしてそれよりも、貴方が朝練に出かけるのは早い。 こうして話ができたのが今まで至ったのも、ちょっとの生活のズレがあったからだろう。 けれどいま起きていることが、手遅れになることなんていうのはない。 御旗が駆けて、トラックを周って戻ってきたなら。きっと、互いのゴールを見つけられるだろう。 「わかった。俺は俺なりに、やってみる。 ……きっとこれに頼っても、早道にはならないって俺はわかってる。 少なくとも俺にとっては。けれど、託された希望の先を、ちょっと覗くだけならいいよな」 手のひらは大きい。その真ん中に握られた薬は頼りないくらい小さかった。 いっそ外国のサプリメントくらい大きかったら、逆に笑えていたかも知れない。 小さな冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開ける。 「これさ、どれくらいで効果出る感じ?」 (-300) redhaguki 2021/11/02(Tue) 19:57:29 |
【秘】 紫の苧環は咲く 御旗栄悠 → 遅れて来た 世良健人「俺が見た範囲だと……放課後だかに飲んで、翌日に効果が出て休んだり騒ぎになったりといった感じなので。 即効性はないと思いますよ。個人差もあると思いますが」 緊張の糸が切れたように、肩の力を抜いて、 自分のベッドに勢いよく突っ伏しに行く。 「……もっと夢のあるモンだと思ってたけど、 聞く限りじゃ、やっぱり強くなりすぎて不便になってる、てのばっかり。 俺の意地とは別に、ここで起きたことがもう少しまともな薬の開発に繋がればいいなあ」 唇に布団が触れているのか、もぞもぞと微妙にまとまらない発音でそんなことを言って。 「明日はちょっと遅めに学校に行こうと思います。雪溶けてなきゃ練習も雪かきもできないし。 ので、まあ。できるだけ深く寝入れるようにしときますよ」 (-305) backador 2021/11/02(Tue) 20:14:54 |
【人】 遅れて来た 世良健人>>+42 談話室 竹村 なんだか手持ち無沙汰になって、自分も新しい飴を手に取る。 ショッキングピンクのまばゆい煌めき。わざとらしい桃の香りを口に放り込んだ。 「うん。そうやってラインを見極められてるのは、選手として偉いと思う。 去年、いたんだよな。練習で怪我して、本番に……出られなかったやつ。 だから今年はあちこちで注意するようにしてる」 選手としての自分を高めるために引き際を弁えられているのは、感心すべきことだ。 なんとなく遠くの方を見ていたような目は、瞬きの間に緩んだ。 外から聴こえる歓声に、なんだかしゃんとした空気も砕けてしまって、少し吹き出した。 「雪遊び、混ざってきたら?」 (186) redhaguki 2021/11/02(Tue) 20:24:17 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 朧げな陽光 守屋陽菜怪我を直したのは事実。部員の擦りむいた怪我を塞いでやったこともあるだろう。 騒動の合間に転んだ生徒を助けたりだってした。昨日も、今までも。 それなのに、この力に意味なんて無いと言う。それは過小評価でさえ、ないようだった。 「頼れる力が手の中にあるのは、どんなにか怖いことだと感じる。 とりかえの利かない力を頼って、自分が辿り着けなかったら、俺はどうするつもりなんだろう。 でもさ、医者だったらたくさんの人を助けられるし、 報道カメラマンだったら必要な情報を必要な人に届けられるし、 生身で奇跡のようなプレイをするスポーツ選手がいるのが、現実なんだよ。 俺は、誰かであっても出来ることのほうが、いいなって思う」 柄にもないことを言ってしまったように、わざとおどけた表情を作った。 ひらひらと気を散らすように手が揺れる。放課後の鐘がなる。 「本当、そう。一生追い続ける夢になるんだろうな。 でもこれ以上の未来とか望みなんてないよ」 (-307) redhaguki 2021/11/02(Tue) 20:35:19 |
【秘】 遅れて来た 世良健人 → 紫の苧環は咲く 御旗栄悠「そっか。じゃあ、今のうちに飲んでおいたほうがいいんだな。 ……自分の持ってる力が変質したら、やっぱりビビると思う。 今戸惑ってるやつらも、そのうち小さい頃みたいに何かつかめるんじゃないかな」 "それ"に気づいたときからすぐに使いこなせたわけでは、誰だってないだろう。 今だって持て余しているのだから、いつかは自分自身のように馴染むはずだ。 口の中に錠剤が放り込まれて、追って水を二口三口飲み下した。 キンキンに冷えた水が冷えた体にちょっと染みて、足をバタバタさせてみる。 「おやすみ、俺はもうちょっと勉強してから寝るから。 この期間、公式全部吹っ飛びそうであやういんだよな」 なるべく音をたてないように、光が漏れないように机に向かう。 スマホの明かりを使えばほとんど部屋に響かないくらいの光を得ることができた。 「……門限申請はもう出せないよな。 じゃあ、朝早い内に……そしたら……」 独り言はノートの白に吸い込まれていった。 微睡みの中へは通り抜けていかないだろう。 (-311) redhaguki 2021/11/02(Tue) 20:43:05 |
【置】 遅れて来た 世良健人早朝。 生徒が寮の門を飛び出してもいい時間、そのいの一番に自転車が敷地を飛び出していった。 慣れた道。休みの日に必ず通る道。週に一度、頻度は段々と空いて、遠のいて。 冷えた朝の空気を切って回る車輪は、音の無い通学路を上がっていく。 吐いた息が白かった。車だってほとんど通ってはいない。 家につくのはとんでもなく早い時間で、誰も起きてやしないだろう。 息を切らして、希望の道を進もうとしていた。 リノリウムの廊下から伸びた輝線は、まばゆい未来に続いているのだろうか。 今も。 (L3) redhaguki 2021/11/02(Tue) 20:56:38 公開: 2021/11/02(Tue) 20:55:00 |
【秘】 朧げな陽光 守屋陽菜 → 遅れて来た 世良健人「…………あぁ、なんだ ────カッコいいじゃん?」 それなら心配はいらなさそうだと。 この先にある未来に思いを馳せながら、 目の前のあなたを見る。 過負荷な自分がたどり着いた結論に、君もいるのかと。 ……ちょっと、嫉妬しちゃうね。 「私も、君ら二人が仲良くいてくれると嬉しいなぁ ……あぁ、喧嘩した時は君を助けてあげるよ なんていったって、君と私の仲だからね」 鐘が鳴り終われば、体育祭の準備の時間だ。 各々にやるべきことがある、さらっと別れてしまうのがいい。 じゃあねと手を振って、女はどこかへと歩き去った。 (-319) tamachi 2021/11/02(Tue) 20:57:31 |
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